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●東大病院内科研修医セミナー

第14回テーマ

持効型インスリン製剤が原因と疑われる肝障害を呈しCSII導入となった劇症1型糖尿病の1例


Introduction
・糖尿病治療中に肝障害が出現した場合,何を疑うか?
・CSII(インスリン持続皮下注入療法)とはどのような治療か?

CASE

症例】 27歳・男性。

主訴】 頻回の高血糖・低血糖。

現病歴】 生来健康で,2005年1月 健康診断でも血糖は正常範囲であった。

 2005年3月2日 38°C台の発熱を認めるも翌日には解熱したとのこと。3月20日13時頃より突如口渇・全身倦怠感が出現し,15時には仕事が継続できないまでに増悪した。3月22日 近医受診,糖尿病と診断され緊急入院となった〔BS 930mg/dl,HbA1C 6.4%, U-Ket(+)〕。ボグリボース0.9mg内服と食事療法(1,840kcal)開始とともに,超速効型アスパルト(以下Q)と中間型NPH(以下N)の4回打ちを導入され,4月6日 退院。

 その後外来にてインスリン量の調整を受けるも,軽度の運動でも低血糖をきたし,その後著明高血糖となるなど血糖値の変動が大きく(40~400mg/dl),またHbA1Cも上昇傾向が続いた(6月23日 8.8%)。

 7月20日 本人の希望で当科初診,7月27日 血糖コントロール目的で当科初回入院となった。

既往歴】 肝疾患・自己免疫疾患なし。

家族歴】 食道癌(父),糖尿病・自己免疫疾患なし。

体重歴】 理想体重 54.9kg,最大23歳時 55kg・BMI 22.0。

入院時処方】 アスパルト8-10-10-NPH10;ボグリボース0.3mg 3T3×;1,840kcal。

入院時現症】 身長 158cm,体重 50.8kg(BMI 20.3)。バイタルサイン:正常範囲。頭頸部:甲状腺腫大なし,その他異常なし。胸腹部:肝臓含め異常なし。四肢:異常なし。神経所見:深部腱反射正常,触・痛覚正常,振動覚正常,異常感覚なし。

一般検査所見】 〔血算〕 WBC 3,900/μl(Neu 36.3%,Eos 6.0%,Baso 1.3%,Mono 9.3%,Lym 47.1%),RBC 397×104/μl,Hb 13.0g/dl,Ht 38.3%, Plt 18.5×104/μl。〔生化学〕TP 6.6g/dl,Alb 4.5g/dl,ChE 281IU/l,LDH 167IU/l, GOT 28IU/l,GPT 51IU/l,γGTP 19IU/l,ALP 97IU/l,TBil 0.4mg/dl,BUN 14.3mg/dl,Cre 0.7mg/dl,Na 138mEq/l,K 4.9mEq/l,Cl 101mEq/l,TCh 155mg/dl,HDL-C 71.5mg/dl,TG 53mg/dl,CRP 0.02mg/dl,fBS 251mg/dl,HbA1C 8.8%,GA 31.8%,HBs-Ag(-),HBs-Ab(-),HCV-Ab(-)。
〔尿定性〕Pro(-),Glu(-),Ket(-),OB(-)。〔尿生化〕Ccr 110ml/min,T-Alb 5.2mg/day,T-CPR <2μg/day。

画像所見】 〔胸部X線〕 心胸郭比 43%,大動脈石灰化含め異常なし。〔腹部X線〕 異常なし。〔心電図〕 正常洞調律,ST-T変化なし,CVR-R 5.93%。

特殊検査所見】 〔免疫・内分泌など〕 GAD-Ab 0.8 U/ml,Ins-Ab 結合率 8.1 %,ICA (-),IA-2A (-),TSH 0.67 μIU/ml,Tg-Ab <0.3 U/ml,TPO-Ab <0.3 U/ml,〔グルカゴン負荷〕BS 177mg/dl→191mg/dl,CPR<0.2ng/ml→<0.2ng/ml。〔HLA〕抗原:A 2,26 B 35,60 DR 4,8。DNAタイピング:DRB1:080201 040501,DQA1:030101 0303,DQB1:030201 0401。〔その他〕 腹部エコー:異常所見なし。HAV,HBV,HCV,CMV,EBV:陰性または既感染パターン。RA,ANA,抗ミトコンドリア抗体:陰性。IgA,IgG,IgM,IgE,ESR:ほぼ正常範囲。銅動態 正常範囲,鉄動態:Fe 73μg/dl,UIBC 162μg/dl,FER 384ng/ml。DLST(薬剤によるリンパ球刺激試験):ボグリボース・超速効型・持効型 いずれも陰性。〔肝生検病理〕肝小葉・脈管構造の変化なし,肝細胞の脂肪化・ウイルス肝炎の所見なし,小葉内に軽度の肝細胞巣状壊死,肝細胞内にリポフスチン沈着,門脈域にセロイド貪食組織球集(図1)。

入院後経過】7月27日入院時 GOT/GPT 28/51とほぼ正常範囲。すでにインスリン依存状態に陥っており,急激な発症経過・GAD抗体陰性と併せ,劇症1型糖尿病の可能性がきわめて高いと考えた。HLA(DR4,DQA10303,DQB1 0401陽性)も劇症1型として矛盾しない所見だった。

 血糖変動が大きいため,7月28日 Nに代えて持効型グラルギン(以下G)を導入。さらに午後の高血糖傾向を認め,8月13日 朝にもGを追加しQ/G-Q-Q-Gの5回打ちにていったん血糖は改善したかに見えた。

 しかし,8月8日 肝障害が出現し(GOT/GPT 158/250),以降増悪。8月15日ボグリボースを中止しグリチルリチン製剤を投与した(8/18~9/2)が,効果はみられなかった。8月24日 GをNに切り換えたところ,26日にようやく肝逸脱酵素のピークアウトを認めた(GOT/ GPT 381/1054;図2)。

 原因疾患の検索を進めたが,ウイルス感染・自己免疫性疾患・Wilson病・ヘモクロマトーシスはいずれも否定的で,またインスリン皮下注部位の異常も含め,アレルギー性の機序を示唆する所見も得られなかった。8月29日 肝生検を施行したところ,最近肝細胞が壊死に至ったことがうかがわれ,薬物性としても矛盾のない所見であった(図1)。一貫してGPT優位で胆道系酵素の上昇はみられず,肝細胞障害型と考えられた。

 血糖に関しては,肝障害改善後も不安定な状態が続き,9月14日 Qを用いたCSII(インスリン持続皮下注入療法)導入。当初は2段階の基礎流量+3回の食前ボーラス投与としていたが,朝食前高血糖と夜間低血糖が持続した。暁現象に対応するべく早朝を増量した3段階の基礎流量を設定したところ,ようやく血糖コントロール良好となった(図3,4)。

 10月1日 退院。退院時 GOT/GPT 24/57。

Problem List
・肝障害

薬物性の可能性も考え,必要に応じて肝生検を考慮
・インスリン分泌が枯渇した糖尿病

血糖が不安定な場合はCSIIも選択肢の1つとなる

(つづきは本誌をご覧ください)