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●東大病院内科研修医セミナー

第12回テーマ

発熱,皮下出血で発症し,
海外渡航歴からデング出血熱と診断された
人工弁置換術後の症例


Introduction
・弁膜症を有する患者の発熱で注意することは何か?
・海外渡航歴のある患者の発熱をみたら?

症例】 69歳,男性。

主訴】 発熱,全身倦怠感,皮下出血。

現病歴】 これまでに数回インドネシア,バリ島への渡航歴がある。2005年11月10日~11月19日,バリ島に旅行。11月17日から発熱がみられた。11月20日に帰国,発熱・皮下出血を主訴に近医を受診。翌日改善しないため再診し,血小板数3.1万/μlと減少を認めた。翌日さらに1.9万/μlと血小板の減少を認めたため,精査加療目的に11月22日当院に入院となった。

既往歴】 62歳時,僧帽弁閉鎖不全症のため当院で僧帽弁置換術を施行(同時にMaze手術施行),68歳時,パーキンソン症候群。

家族歴】 特記すべきことなし。

生活歴】 喫煙:40本/day×30年,飲酒:焼酎4杯/day。

身体所見】 意識 JCS I‐2,体温37.8°C,血圧114/80mmHg,脈拍60/min regular,心雑音なし(機械弁音),肺野に湿性ラ音を聴取,肝を3横指触知,リンパ節触知せず,両下肢は浮腫状で広範囲に点状出血を認める。

検査所見】<血算>WBC3,500/μl,Hb15.1g/dl,HCT45.5%,Plt 1.8万/μl
<生化学>TP5.7g/dl,Alb 3.3g/dl,GOT129IU/l,GPT55IU/l,ALP197IU/l,LDH691IU/l,TB0.7mg/dl,Amy110IU/l,CK669IU/l,CK‐MB16IU/l,BUN19.7mg/dl,Cr1.27mg/dl,Na135mEq/l,K4.8mEq/l,Cl102mEq/l,UA5.7mg/dl,CRP1.19mg/dl,Glu124mg/dl,Ca8.3mg/dl
<凝固>PT33.3%,PT‐INR2.29,APTT56.1sec。
<血液培養>3セットとも陰性。
<血液ガス(O2 cannula 2l/min)>pH7.455,PCO2 36.4mmHg,PO2 62.9mmHg,HCO3-25.7mmol/l,SaO2 94.5%
<心電図>心房粗動, HR60/min
<胸部X線>CTR62%,CP angle sharp,肺門部うっ血像(+)
<心エコー図>IVST 11mm,PWT 11mm,LVDd/Ds 48/30mm,asynergy(-),EF0.68,AoD35mm,LAD57mm,pericardial effusion(-),右心系の拡張なし,僧帽弁位の流速1.5m/sec,経胸壁では明らかなvegetationは観察されず。

入院後経過

#1,発熱・下肢点状出血・血小板減少
 本症例は僧帽弁置換術後であったことから,上記の主訴よりまず感染性心内膜炎(IE)を疑い,循環器内科に入院した。内服していた抗菌薬を中止し,経食道心エコー図検査を予定するなどIEの精査も進めていたが,一方でバリ島より帰国直後から上記症状が出現していることより,デング出血熱などの輸入感染症も疑った。持続する発熱,血漿漏出によると思われる下肢浮腫,血小板減少,出血傾向を認めることからデング出血熱の可能性が高いと考え,抗体検査などを国立感染症研究所に依頼した。その結果,迅速診断キットによるデングウイルスIgM抗体が陽性,さらにデングウイルスIgM抗体(捕捉ELISA)陽性かつIgG抗体(ELISA)陽性であることより,デング出血熱と診断された。治療は対症療法を中心とし,以前のヘマトクリット値を指標に輸液を行った。11月23日に解熱,同25日には血小板数10.8万/μlまで改善,下肢の浮腫・点状出血も軽快傾向となった。以後も血小板数は順調に回復し,正常範囲内に戻った。なお,有熱時(11月22日)の血液から,リアルタイムPCR法によりデングウイルス3型遺伝子が検出された。また,有熱時の血液塗沫標本でマラリア原虫感染赤血球もチェックしたが,陰性であった。

#2,黄色ブドウ球菌性肺炎
 デング出血熱が軽快傾向にあった11月25日頃より,右下葉に円形浸潤影が出現し,短期間のうちに浸潤影が右全肺野に拡大した。スルバクタム/アンピシリン 9g/日を開始したが,改善なく呼吸状態も悪化したため11月28日に気管内挿管,人工呼吸管理とした。喀痰培養からはメチシリン感受性黄色ブドウ球菌が連続して検出され,他に起因菌となりうる細菌がみられなかったため,黄色ブドウ球菌による肺炎を念頭に抗菌薬をセファゾリン6g/日とクリンダマイシン1,800mg/日に変更した。その結果,呼吸状態やX線所見および検査所見も改善傾向が認められた。しかし,12月14日よりふたたび発熱とX線上浸潤影の悪化がみられ,WBC16,000/μl,CRP12.4mg/dlと炎症所見の増悪も認めたため,その時点での喀痰塗沫および培養結果も参考にしてバンコマイシン2g/日およびシプロフロキサシン 600mg/日に変更した。また,12月15日に気管切開を施行した。2006年1月10日頃より,右肺野の浸潤影の改善を認め,炎症所見も改善傾向となった。1月25日には人工呼吸器から完全に離脱した。その後リハビリを進め,退院となった。

Problem List
・人工弁置換後の患者に発熱がみられた。
・最近の海外渡航歴があった。
・下肢が浮腫状で点状出血を伴い,血小板が著明に減少していた。

感染性心内膜炎のみならずデング熱の可能性も疑い,迅速な診断に至った。

(つづきは本誌をご覧ください)