HOME雑 誌medicina誌面サンプル 45巻12号(2008年12月号) > 連載●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係
●患者が当院(ウチ)を選ぶ理由 内科診察室の患者-医師関係

第12回テーマ 最終回

医師の原罪

灰本 元(灰本クリニック)


 いわゆる医者嫌いの患者をしばしば見かける.そういう患者は薬だけ取りに来るが決して診察室に入ろうとしない.たまに診察すると,びくびくしたその表情から私に恐怖を抱いているように感じられ,診察を受けたくないのも無理はないと思う.また,白衣高血圧の原因は緊張だが,会社や井戸端会議では決して緊張しないのに,病院だけで緊張する患者がかなりいるのではないか.

 医師が冷たい態度を取ったからでも,誤診したわけでもなく,医師という存在そのものが患者の症状を発現させ,悪化させる,そのような医師の原罪について心気症を題材にして最後に書いてみたい.心気症は内科医が最も苦手とする疾患であるが,身体を診る技術,検査の技術,それに患者から逃げない強さが必要で,内科医が最も鍛えられる疾患であると思う.


■さまざまな検査を頻回に要求する患者

 患者は60歳台の女性,主婦.主訴は膀胱痛,心窩部痛,下腹部痛,乳房痛,多発性口内炎(潰瘍形成)などで,多いときは心療内科,口腔外科,泌尿器科,消化器科,婦人科それに当院など6カ所の病医院に同時に通院していたときもある.私とのつきあいは10年におよぶが,苦戦していた.さまざまな抗不安薬や抗うつ薬も含む対症療法はほとんど無効で,いろいろな検査を頻回に要求してきた.

灰本 こんにちは.その後お乳の痛みはどうなりましたか?

患者 検査(乳腺エコー)の後,ちくちく痛かったけど……その後薄れてきた.

灰本 そうでしょう,毎度のことだけど,やっぱりお乳の痛みは神経でしょー.

患者 ……そうかなー……今日来たのは3日前からここ(下腹部全体をぽんぽんたたきながら)がちくちく痛いの.

灰本 (カルテをめくりながら)……こっちのほうも……また神経じゃないのかなー.

患者 (強い口調で)先生こっちを見て,私はここが痛いの(手で痛い部位を指しながら)!

灰本 ……この腹痛もずっと前からあるからねー…….

患者 だって痛いんだもん,本当に痛いんだよ,先生.

灰本 うんうん,痛いのは嘘じゃないのはよくわかっていますが,検査を繰り返すのはもう止めましょう.薬で様子見ようよ.

患者 いや,心配だから大腸カメラやってください.

灰本 でも半年前にやったばかりですよ.

患者 大腸癌が心配なんです!

灰本 大丈夫,大丈夫,癌はありません.

患者 先生,絶対に大丈夫ですか? 本当に癌はありませんか?

灰本 大丈夫,絶対癌じゃない.

患者 でも不安だから,もう一度カメラやりたいんです.

灰本 私は30年も医者やってます.自分の技術には自信持っている.だから1年も経てばまた考えるが,今は絶対検査しません! どうしてもやりたいなら他の病院でやってください.

患者 ……(渋々)そうですか……先生がそう言うのなら…….

 結局,少量の抗不安薬で様子を見ることになった.心気症の患者はパワフルで,そしてどこか悲しみや滑稽さが漂っている.そして患者-医師関係はいつも緊迫感がみなぎる.

■患者→医師→患者という不安の連鎖

 上のような言い方をすると次に来院しなくなるのではないかと心配する読者もいるだろうが,この患者は他院へ逃げたりはしない.

(つづきは本誌をご覧ください)