HOME雑 誌medicina誌面サンプル 46巻2号(2009年2月号) > 連載●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより
●市中感染症診療の思考プロセス IDATEN感染症セミナーより

第11回テーマ

急性腹症のマネジメント

岩田健太郎(神戸大学 感染症内科)


■ケース
発熱,腹痛のある80歳女性

現病歴:ADL自立した80歳の女性が,半日持続する発熱,悪寒,戦慄,嘔気,腹痛の訴えで救急外来を受診した.呼吸困難や咳はない.既往として食事療法を行っている糖尿病があり,胆嚢胆石,総胆管結石を指摘されている.

身体所見:体温39.5℃,心拍数120/分,呼吸数24/分,血圧90/60 mmHg.全身状態:きつそうである.頭目耳鼻喉:特になし.心臓:I・II音正常,雑音なし.胸部:右下肺に呼吸音減弱し打診上濁音,ラ音なし.腹部:平坦,腹部板状硬,痛みで触診も十分にしにくいほど.明らかな肝腫大なし.脾腫なし.四肢:皮疹なし,下肢痛なし.リンパ節:触知せず.

検査データ:ヘマトクリット36%,白血球14,500/ml(好中球72%,桿状球19%,リンパ球3%,6%単球),血小板7×104/ml,CRP 34 mg/dl,電解質・BUN・クレアチニン正常,赤沈82 mm/hr,ALT 82 IU/l,AST 55 IU/l,ALP 122 IU/l,総ビリルビン1.5 mg/dl.胸部X線:右胸水(+),血液培養:グラム陰性桿菌(+),腹部エコー:胆石あり.総胆管拡張なし.

【Q1】診断は?

■さて診断は? と考える前に■

  • ・第一の原則は,病歴と身体所見から,厳密で正確な診断をするよう心がけることである.
  • ・個々の症例でできるだけ診断を決定するように習慣づけるとよい.そうすれば短期間のうちに,正確な診断を得る確率が急速に増すことに気づくだろう.
  • ・急性腹症の診断における不注意は,無神経な行為である.
  • ・正しい診断を下すことは,正しい治療を行うためには欠かせない行為である.
  • ・即座の診断は見事なものだが,健全な診断法ではない.
  • ・腸重積を疑い,胃潰瘍穿孔の可能性を考えながら,その疑問をそのまま8時間も10時間も放置しておくことは,命をかけた博打のようなものである.
  • ・患者が医師に診てもらうために夜遅く来院するという事実は,医師ができるだけ早く診断を確立すべきであることを意味している.
  • ・これまで健康だった患者が激しい腹痛をきたし,しかもそれが6時間も続いている場合,多くは外科的病態によるものである.
  • ・解剖学の知識を活用するという重要な原則に医師が従わないために,腹部の診察の多くが不完全なものになっている.
  • ・肩が痛いときは,十二指腸潰瘍穿孔や,脾破裂を示唆するかもしれない.
  • ・骨盤内の病変は症状が現れにくく,診断しづらい.
  • ・腹痛の出現後数分,あるいは1~2時間以内にショックに陥ることは,通常,腹腔内出血が起こっていることを意味している.
  • ・腸管は腹膜に達していない炎症や切開や穿孔では痛くない.痛いのは,引っ張られたときである.イレウスなど.
  • ・ステロイドを飲んでいる患者の急性腹症には要注意.所見に乏しい.
  • ・卵巣の病変ではT10-11(第10~11胸椎),臍のあたりに関連痛が起きる.前立腺も同様.
  • ・年齢は重要.2歳未満なら腸重積を考える.急性膵炎は20歳未満では稀で,胃潰瘍穿孔も15歳未満では稀.胆嚢炎,卵巣嚢腫茎捻転は成人の病気.

と,数々の心に染みる箴言を残したのは,名著“Cope’s Early Diagnosis of Acute Abdomen”の著者であるZachary Cope医師である(一部の表現は筆者が変更している).これだけを徹底的に遵守するだけで,急性腹症の診断は7割がたOKという気すらする.

■「まずはX線検査を」ではだめ?――?急性腹症を疑ったらエコーかCTを■

 急性腹症のワークアップに頻用される腹部単純X線写真には要注意である.

 日本のほとんどの医療機関であれば腹部エコー,大きい病院であれば腹部造影CTの診断価値のほうがずっと高く,腹部単純写真を撮るくらいならこれらの検査をさっさとやったほうがよい.腹部エコー・CT検査をやらないのなら,腹部単純写真も必要ない可能性が高い.フリーエアに対してすらも,腹部よりも胸部単純写真のほうが感度が高いし,実際のところ,CTであればさらに高感度である.感度のより高い検査を後回しにするのは,特に緊急性の高い疾患については合理的な判断とは言えない.急性腹症を疑って腹部単純写真をオーダーするくらいなら,さっさとCTを撮るべきである.

 しかも腹部CTは造影でなければ診断価値が低く,腎不全やアレルギーなどやむを得ない事情がない限り,必ず造影して撮影するべきである.もっとも,Cope医師は,「病歴聴取の診断的価値は,CTよりも高い」とも戒しめており,いずれにしても過度に画像に頼らないほうがよい.

(つづきは本誌をご覧ください)


岩田健太郎
島根県生まれ.島根医科大学卒業.沖縄県立中部病院研修医,セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェロー,北京インターナショナルSOSクリニック家庭医,亀田総合病院総合診療感染症科を経て,現在神戸大学感染症内科教授.米国内科専門医,米国感染症専門医,日本内科学会専門医,ロンドン大学熱帯医学衛生学校修士,米国内科学会フェロー(FACP),PHPビジネスコーチ.