HOME雑 誌medicina誌面サンプル 47巻13号(2010年12月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第60回テーマ

薬が足りない!
―こんなところまで影響が

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


 9月の初めに腫瘍内科で緊急会議が開かれました.抗がん剤が来週から手に入らないかもしれないというのです.アドリアマイシン,エトポシド,シタラビンという昔からありかつ今でもkey drugとなっている3つの薬が手に入らなくなるという通知がありました.薬の原料の入荷が遅れているとか,製造ラインに汚染があったとか,はたまた経営上の判断から製造が中止されたなどの噂が流れましたが,真相を知る人は誰もいないようでした.

 今後これらを使う場合は前もって必ず薬剤部に投与レジメン,実際の投与量,治療日程を連絡するという取り決めがされました.FDAからも製造元からもはっきりとした理由は明かされないまま,在庫量,予定使用患者,どのように分けるか,何月何日に○mg入荷予定といった情報が毎週更新されました.また代替薬となるエピルビシン,経口エトポシドなどの在庫情報も添えられました.

 薬剤部の責任者から受けた説明では,アドリアマイシンのように,昔からある薬は,重要な薬にもかかわらず利ざやが少ないそうです.このような薬では一度製造ラインに問題が起こったときに,再投資して再開させるのではなく,製造中止という判断をする会社もあるようです.残った数少ない工場でも,既存のラインをフル回転することはあっても,あえて新しいラインは作らないようです.

 乳がんの治療にアドリアマイシンはもういらないという極端な乳がんの専門家もいる状況です.乳がんのマーケットが将来的になくなる可能性もあるのです.いまだに肉腫の治療では,アドリアマイシンは欠かせない薬なのですが,いかんせん肉腫は稀な疾患です.いつ改良薬が出るかもわからない古い薬のためには,国からの補助でもなければ,製薬企業がお金を使えないのもわかる気がします.

 このようなdrug shortage―薬剤不足がもたらしている影響についての詳細な全米レポートが当院でも配られました.在庫管理,さらにその報告で余計な仕事が増えただけでなく,情報が入ってこないストレスが問題になっているようです註).それだけでなく医師や患者の怒り,不安,不満までもが薬局担当者に向けられているそうです.また普段使わない代替薬を使うことで,投与量や希釈に使う溶剤の間違いも報告されています.もともと足りなかった薬だけでなく,代替薬も在庫不足に陥りつつあります.法外な値段で売りつけるブローカーも出てきているそうです.

 重症度,代替薬の有無を考慮しながら,投薬の優先順位を主治医間で話し合ったのですが,幸い治療を遅らせるような事態には当院ではなっていません.

 抗がん剤だけではなく,抗菌薬,麻酔薬の不足も問題になっています.特定の抗菌薬が手に入らず,患者が亡くなったとか,節約するために麻酔薬を希釈しすぎて,術中に覚醒した事例も報告されています.麻酔薬のチオペンタール不足で,いくつかの州で死刑執行が2011年以降に延期されたというニュースが大きく流れていました.医療界にとどまらず,余波はひろがっているようです.

p. s. 薬の話題が2回続きました.妻が図書館で借りてきた『Extraordinary Measures』(邦題:小さな命が呼ぶとき)という映画は実話を元に作られたそうです.新薬開発にかかる大変さをうかがい知ることができます.

)今はFDAのホームページで薬剤不足の状況が確認できます.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学で内科レジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.