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●研修おたく海を渡る

第38回テーマ

不況の波

白井敬祐(サウスカロライナ医科大学)


2008年末にやってきたアメリカ発の不況は,医療にも確実に影響を及ぼしています.そのまっただなかで日々の臨床で感じたことを紹介したいと思います.

患者さんがもっている保険のことをあまり考えずに診療できるということも理由の一つとして選んだ今の病院なのですが,状況は厳しくなっています.チャリティケアと言われる無保険者のために割り当てられた予算が毎月減らされているのです.waiverといって診察する医師が個々の裁量で許可すればdeposit(前払い金)がなくても診察できたのですが,それにも事前に各科のトップの許可がいるようになりました.“命にかかわる”状態であるとの証明ができればそれはいらないということなのですが…….僕が診察しているのはがん患者さんだけなので,“命にかかわる”といえばそうなのですが,それすらフリーパスではないようです.

先日も,生検でがんの診断はついたものの,Staging(病期決定)のためのCTが撮れないという患者さんがいました.CTを撮るのにも75$の前払い金が必要なのです.

前述したwaiverがあるので,「waiveするから」と言って画像診断部の受付に駆けつけ,サインをしようとすると,「あなたは放射線診断医じゃないからダメ!」とあっさり断られてしまいました.高いガソリン代を払って遠くからやってきた患者さんなのに…….

抗がん剤はもちろんのこと,制吐剤をとっても,薬代もばかにはなりません.初診時に,必要になりそうな薬をリストアップし,製薬会社のもつ援助プログラムをフルに使います.外来にはその申請を,書類の記入から一手に引き受ける専門家がいます.お金がない人にはメディケイド(Medicaid)と呼ばれる低所得者層の医療保険があります.ただ新たに申請する人が増えたため,認定に数週間かかり治療開始に遅れがでています.前年の確定申告をしていなかったりすると,ときには数カ月もかかってしまうのです.

影響を受けたのは,患者さんだけではありません.知った顔の看護師さんも,すでに数人いなくなりました.今までは勤務時間の希望がかなり通っていたのですが,家族の都合などで,融通をきかせることができない人が退職を余儀なくされたようです.国の基準以上に看護師がいることを,宣伝文句にしていたのですが,それも再考の対象になっています.

医療産業以外の民間企業では,Furlough(ファーロー)と呼ばれる無給休暇を自発的にあるいは強制的にとらせるような方法が解雇の次善の策としてとられています.もしかしたら医者も,そのファーローをとらされるかもしれないといった噂も流れました.なんといっても,医師は高給取りです.全医師が,2~3日ずつ無給休暇をとれば,州の予算カット分ぐらいには対応できると,噂が流れたのです.そんななか,「噂でみんなが心配したり,推測をするのは本意でないから」との理由で内科のトップによる説明会が開かれました.

「医師は患者を診ている病院経営のエンジンなのだから心配はあまりしなくていい.ただ診療報酬の請求はもれがないようにチェックを厳しくしてほしい」「もっと苦しい状況も乗り切ってきた」「チャレンジングな状況だが,僕は楽観的にものを見ている」といった言葉で,現状を示すスライドを交えながら説明が行われたのです.「ファーローで,確実に支出は減らすことができるが,問題の先送りにすぎないから,今は考えていない」と前述の噂に対する回答も出されました.ただところどころで「low performarは,考えてもらわないといけない」と恐ろしい言葉も聞かれました.

日本で働いていたときには,多くの病院は赤字であることは,知っていましたが,それについての具体的な説明を受けたり,再建策や見通しを示されたことはありませんでした.これから不況がどれだけ長く続くのか,対応策をどうとっていくのか,先はまったくわかりません.オバマ新大統領の政策のもとで何が変わるのか,医療界の外での動きにもアンテナをはれるようになりたいものです.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,サウスカロライナ医科大学で血液/腫瘍内科のフェローシップを修了.2008年7月より,同大Assistant Professor.米国腫瘍内科専門医.