HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻10号(2007年10月号) > 連載●研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第22回テーマ

病気のテンポ

白井敬祐


 「あとどれぐらい残されているのですか?」

 がん診療をしていると,日々直面させられる質問です.過去のデータをもとに,がんのタイプとステージから大まかなことはわかるのですが,それが目の前の患者さんに当てはまるかどうかは,僕にはまったくもってわかりません.

 死期がかなり迫った患者さんには,Palliative Performance Scale(PPS)といったものもあります.このスケールを使うと,難しいと言われる予後判定がかなりの確率でできると言われています.以前に紹介したホスピスでも,週一回のスタッフミーティングあるいは,日々の看護師さんの申し送りで,「先週はPPS30だったけど,今週に入って10に落ちた」とか,「2週間前は10だったけど,30に持ち直した」といったように使われていました.ただ症状もほとんどなくて,日常生活にも支障がない初診の患者さんに,「あとどれぐらい残されているのですか?」と聞かれると,困ってしまいます.

 シカゴ大学のDr. Christakisによると,prognostication(予後告知)が正確にできる医者はなかなかいないようです.過去のデータをもとにすると当然,統計学的にある程度の幅が出てくるのですが,短めに言うタイプ(もしはずれたら神様,仏様?),長めに言って希望をもたせるタイプ,あるいはまったくわからないというタイプに分かれるようです.僕はまだ読んでいませんが,“Death Foretold:Prophecy and Prognosis in Medical Care”という本が有名なようです.

 今回は僕の大好きな先生の話をさせてください.彼は,このようなときによく「病気のテンポ」という言葉を使っていました.長くなりますが,彼との外来を思い出しながら,よく使っていたセリフを書き起こしてみます.

 「過去のデータからはあなたと同じ病気で,同じ進行度の人では,あとどれぐらいということが言われていますが,あなたの病気のテンポを僕はまだ把握できていません.手ごわい相手ですが,一緒に病気のテンポを見極めながら,その都度方針を決めていきましょう」

 「あなたの肺がんはStage 4というように分類はされますが,これだけでは大体のことはわかっても細かなことはわからないのです.小学1年生のクラスを思い浮かべてください.小学1年生と言われると,雰囲気はわかった気になりますが,クラス全体をよく見回すと,背の高い子から低い子まで,気の強い子から弱い子まで,かなり幅があることに気づかれるでしょう.早く背が伸びる子も,あとで背が伸びることも,ゆっくりゆっくり大きくなる子もいますね.あなたの病気の性格を,またテンポを見ながら一番いい方法を探していきましょう」

 「あとどれくらいあるかと言われると,正直これに答えるのは難しいです.Let me put it in this way.もし,ここ1カ月であなたが急に悪くなったり,亡くなってしまうことがあったとして,僕を含めた医者が驚くかというと,驚かないと思います.それぐらい差し迫っているということです.ただあなたが,あと6カ月,あるいは1年人生を楽しんだとしても,驚かないと思います.それぐらい残された時間を言い当てることは難しいのです」

 僕の大好きな先生だったのですが,もう少し自分の時間をもちたいと,大学を去ってしまいました. 最後の外来で彼は,「Keisuke,どんなに忙しくても,患者さんと診察室で過ごす時間は,その患者さんだけのためにあることを忘れちゃいけない」と,アドバイスを送ってくれました.

 自分のことを「おれはDeath Watcherだ」と言っていた彼のことについて,次回ももう少し書かせてください.


白井敬祐
1997年京大卒.横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする.2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで血液/腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow).米国内科認定医.