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●研修おたく海を渡る

第10回テーマ

チーフレジデントとソーシャルチーフ
昼のチーフと夜のチーフ

白井敬祐


 みなさん「チーフレジデント」というのはどこかで聞かれたことがあると思います。レジデンシー修了後に,モーニングレポートと呼ばれる毎朝の症例検討会の司会をしたり,当直のスケジュールを決めたりするレジデントのお兄さん,お姉さん的な存在です。医学の知識のみならず,信頼のおける人格者がリーダーとして選ばれます。僕の直接の友人だけでもチーフをやった日本人が4人もいます。すごいものです。レジデントのみならず医学部生を引き連れてHistory TakingやPhysical Examの指導もします。またミドルマンとも呼ばれ,指導医とレジデントの板挟みになることも任務の一つです。

 モーニングレポートをいかに仕切るかが,チーフのもっとも華々しい一面です。事前に発表するケースをレジデントから教えてもらうかわりに,ていねいな準備をして配付資料まで用意してくれるチーフもいれば,予備知識なしにその場で自分の経験,知識だけで鮮やかにまとめ上げるチーフもいました。病院中のshareする価値のある症例がチーフのところに集まってくるので,臨床経験の幅を広げられるという利点もあるようです。

 そういった華やかな活躍の裏には,「この週末は友達のWeddingがあるので,当直をはずしてほしい」だの,「なんで自分だけ週末の当直が多いの?」「あいつ(あの子)とはうまく行かないから,同じチームは嫌だ」といったメールを一日に数多く処理する努力もあるようです。それだけでなく指導医や看護スタッフからのレジデントに対する注文も,チーフのところに寄せられるのです。この大変なチーフレジデントを一年間勤め上げることは名誉なことで,フェローシップ選考の際にも大きく評価されます。

 では「ソーシャルチーフ」というのを聞かれたことがあるでしょうか。僕も留学の本をいろいろ読みましたが,どこにも書かれてはいませんでした。「闇のチーフ」,「裏のチーフ」とも呼ばれる人たちです。海を渡ってはじめてその存在を知りました。製薬会社のプロパーさんからの連絡を一手に引き受けて,ディナー付きのレクチャー(レクチャー付きのディナー?)の開催をレジデントに伝えます。

 レクチャーをする人は,自分の大学の指導医であったり,クリーブランドクリニックなど有名どころの教授が招待されたりもします。教育的な一般論のこともあれば,特定の薬に焦点にあてたレクチャーのこともあります。ただ演者が大学の先生のときは,できるだけ中立になろうとする涙ぐましい努力が感じられます。「違いがあるように見えても,実はそれはなんとも言えないんだよ」といったコメントがプロパーさんの前でも出てきます。講演料をもらっているのが,どこかうしろめたいのかもしれません。チームに分かれ疾患や薬に関するクイズが出され,勝ったチームに教科書が与えられるなどという手の込んだ企画もありました。

 夜の企画を得意とする「ソーシャルチーフ」も,誰が選ぶのかはわかりませんが,きちんと引き継がれていくのです。顔が広く,多くの人を集められる魅力が必要なようです。もちろん履歴書に記載できないし,大きな評価につながることもないですが……。

 これを読んだからって,あわてて「ソーシャルチーフ」をみんなで選んだりしないでください。あくまで闇の存在なのですから。実際,あまりに激しい攻勢に,最近ペンシルバニア大学では,製薬会社の人が持ってくるペンやメモを使うことからはじまって,多くのことが禁止になったそうです。

 もう一度確認します。「ソーシャルチーフ」というのは,薬屋さんとよくつながっている人のことの隠語で,そんなポジションがあるわけではありません。どこにも出てこないわけです。「チーフレジデント」をめざすのはいいですが,まちがっても「ソーシャルチーフ」に立候補はしないでくださいね。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。