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●研修おたく海を渡る

第7回テーマ

EBM(Evidence Based Medicine)

白井敬祐


 1990年代の後半から日本でもEBMという言葉が,少しずつ取り上げられるようになったのを覚えています。横須賀の米海軍病院に応募するときのPersonal Statementにも,EBMを身につけたいなどと書きました。

 ところで米国の研修の現場ではEBMはどんな感じなのでしょうか。ある指導医から,「学生は教科書をしっかり読みなさい」「インターンはあれやこれや忙しいので,耳年増になれればいい。無理せずに指導医や上のレジデントから聞いたことを身につければ,それで十分だ」「レジデントは雑用から解放された時間をreviewを読んだり,さらに余裕があればオリジナルの文献にあたることに使いなさい。そして自分の進路を決めなさい」と言われたのが非常に印象に残っています。

 その先生は続けました。「成長していく過程でそれぞれ必要なステップがある。雑用や,看護師さんにまったく頼りにされない経験も必要だ」と。

 話がそれてしまいました。

 こちらではとにかく耳年増になる機会が与えられています。僕が渡米したのは心房細動のレートコントロールとリズムコントロールを比べたAFFIRM()が話題になっていた時期でした。グランドラウンドでもJournal Clubでも,モーニングレポートでも同じ話を聞かされた記憶があります。指導医がけちをつけているのを聞きながらこうやって批判的に読むのか,あるいは完全な文献などこの世には存在しないことを知っていくのです。

 Tumor Board と呼ばれる癌の症例検討会では,ほとんどは淡々と進むのですが,患者の希望と医者の見立てが違っていたり,若いから何とかしたいといったときは,「どこどこの研究ではどうだ」とか,「それはOpinionにすぎない」とか騒然とした議論になります。こうした議論に参加しながら,Key Studyと呼ばれる文献をフェローはこつこつ集めていきます。

 もちろんエビデンスがあるのは,まだまだほんの一部です。回診中には,こんな台詞をしょっちゅう聞きます。

「ここからはサイエンスじゃなくてARTの世界だ」
「EBM はEBMでもこれは,Experience Based Medicineだ」
「これはEvidenceに基づいてやっているけど,こっちは,Dr.○○メソッドだ。いろいろ試してみて一番俺にしっくりくる(Comfortable)から使っているんだ」

 いいところは,エビデンスがあるのか,経験によるものか決断の理由をちゃんと教えてくれるところでしょうか。

 アメリカの指導医は「ほんまにUPDATEできてるの?」というのが渡米直後の僕の率直な疑問であり,多くの方からも同じような質問を受けました。

 結論です。少なくとも自分が専門とする領域に関してはUPDATEされています。あたりまえですが,英語は彼らの母国語です。日本語なら日経,読売,朝日についでにスポーツ新聞まで,たとえ日刊でも少なくとも見出しぐらいカバーするのは可能なように。おそろしいスピードでやってくるように思えるあのNew England Journalですら週刊です。ただ病棟担当の間はさすがに忙しいようです。2週間,あるいは4週間の病棟当番が終わると,「たまった文献読んで,追いつかなきゃ」とか,「これから家族の絆を取り戻さなきゃ」と言っています……。

(注)
文献】The atrial fibrillation follow-up investigation of rhythm management (AFFIRM) investigators: A comparison of rate control and rhythm control in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 347:1825-1833,2002


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。