HOME雑 誌medicina 内科臨床誌メディチーナ > 研修おたく海を渡る
●研修おたく海を渡る

第4回テーマ

週80時間ルール
-俺の若い頃は

白井敬祐


 「週80時間ルール」とは,研修医の長時間勤務が,研修医のみならず,疲労による判断ミスなどで患者にも不利益を及ぼす可能性からACGME(注1)により,全米の研修プログラムで2003年7月から導入されたルールです。週の勤務時間は当直含めて80時間以内,連続勤務は30時間(24時間+引き継ぎ,教育のための6時間)を超えない,また週に一度は連続24時間以上の休みがなくてはならないなどとさまざまな制約ができました。ニューヨークなどでは以前から同様のルールがあったようです。

 これらを満たさないとプログラム自体が取り消されることもあります。そのためタイムカードのように病院での仕事始めと終わりにIDカードを機械に通すことで時間を管理したり,web上で毎日の勤務時間を自己申告させたりしています。またSleep Deprivation(睡眠不足,断眠)が及ぼす影響をテーマにしたレクチャーを受けることが必修とされています。このルールを満たし,かつ教育面の基準も達成するためにプログラムディレクターはいろいろと頭を悩ませるようです。

 研修医にとってはバラ色のように見える「週80時間ルール」ですが,もちろん賛否両論あります。「やっぱりフレッシュなレジデントと働くのはいいなぁ」(いやみ?)という指導医もいれば,「俺の勤務時間が増えた」との愚痴を聞かされることも。入院させた患者の評価もそこそこに堂々と帰っていくレジデントを見れば,「俺の若い頃は……」といいたくなるのもわかります。ちなみに僕はルール施行前の2002年に研修をはじめており「俺がインターンの頃は……」派です。

 このルール導入前後で,研修医のミスや燃え尽きることが減ったといった論文がある一方で,経験だけでなく教育時間も減った,またしわ寄せを受けた指導医の熱意がさめたなどとの指摘が研修医側からも出ています。ナイトフロート(注2)が入院させた患者を朝に引き継いだと思えば,その日の夕方にはワークアップが不十分なままナイトフロートに引き継いだり,患者ケアの連続性が失われることも指摘されています。連続性が失われる,つまり引き継ぎ回数が多くなることでミスが増えている可能性があるというのです。超過勤務で起こる判断力低下によるミスと,増えた引き継ぎによるミスとどっちが重大なのでしょうか。

 外科レジデントの友人も,今までの根比べのような研修ではなくなったけど,腹痛の時間経過を追っていたのは自分なのに,いざ手術となったときには,時間制限のため,おなかの中を見ないまま帰らされることがあると不満を漏らしていました。

 レジデンシーそのものについても「経験数が減るので(研修の)仕上がりも不十分だし,医学の進歩で学ぶことも増えているのだから,期間延長の必要があるのでは」との意見がある一方,「そんなことをすれば,整形外科,眼科,皮膚科などといった専門科に比べて,ただでさえ人気のない内科がますます人気がなくなるのではないか」との心配もあります。

 いずれにしてもまだ多施設での研究があるわけではなく,仕上がり具合についてもどうやって評価するのか議論の分かれるところです。答えがでるには,もう少し時間が必要なようです。

(注1) ACGME:Accreditation Council for Graduate Medical Education,卒後医学教育認定委員会。
(注2) ナイトフロート:夜7~9時頃にやってきて夜間の新規入院と,すでに入院している患者の対応を朝まで引き受ける。1週から4週までプログラムによってさまざまだが,その間はずっと夜の勤務となる。

文献
Archives of Internal Medicine Vol.165 No.22 2005。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。