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研修おたく海を渡る

第2回テーマ

Retreat

白井敬祐


 今回から数回に分けて,レジデント対象に開かれるRetreatとよばれるワークショップについて綴ってみたいと思います。

 「Retreat」には隠れるとか逃げ込むという意味があるようです。大学近くのホリデイ・インの会議室をかりて,半日ですが文字どおり病棟業務から隠れられます。テーマは「プロフェッショナリズム」だったり,「インターンをどう教えるか」などと堅苦しいのですが,このときだけは病棟業務から逃れられるのです。こんなうれしいことはありません。

 第一回目のRetreat,テーマは「プロフェッショナリズム」。ベーグル,ドーナツというおきまりの朝食の後,インターン全体を相手にテーマとワークショップの目的の説明がありました。その後,5~6人のグループに分けられ,小部屋に閉じこめられます。

 指導医と呼ばれる人が司会進行役を務めます。医学教育ウン十年という人から,チーフレジデント上がりで指導医になったばかりという人までさまざまです。彼らは彼らで,ワークショップをいかに進めるかの打ち合わせが事前にあるようです。

 僕の参加したグループでの出来事です。「プロパーさんが,教科書を無償で提供してくれるといいます。そんなときあなたはどうする?」というオープンクエスチョンが投げかけられたのです。

 同じグループにいた10年近い看護師経験のあるインターンはまったく臆することなく「私は,医者になるためにかなりの投資をしてきたから,もらえるものはなんでももらうわ。それに医学関係のものなら,なおさらよ」とあっさりと言ってのけたのには驚きました。確かに多くのレジデントが1千万円前後の借金をしており,彼女の言い分にも一理あります。これに対して進行役の指導医も顔色ひとつ変えずに「そういう考え方もあるんだね」とさらっと流したのには,「おーっ」と感心。あまりに堂々としていたので,恐くて反論できなかったようにも見えましたが。

 その後「ヤンキースのチケットを配偶者の分までもらえるそうだが行ってもいいかどうか」というわかりやすい質問や「担当しているレジデントが,妻以外の人とバーでかなり親しげに飲んでいるのを目撃しました。指導医としてあなたはどうする」なんていうのも続きました。唯一「激務のなかでうつ症状が見え隠れする同僚を見たらどうするか」というケースだけは,レジデント専門の心理療法士や,ホットラインといったリソースが紹介されました。もちろんプログラムディレクターも含めて,誰にも知られずに相談できるのです。

 ただそれ以外のケースでは,ガイドライン好きのアメリカにもかかわらず,具体的にこうしなさいという指示はなく,参加者それぞれが私ならこうすると思い思いに述べていきました。「医療関係者に限る」という製薬会社のディナーの参加条件に対して「配偶者あっての自分。配偶者は最大の理解者なんだから,当然連れて行っていい」と大まじめでいうインターンも登場。さんざん好き勝手なことを言わせといて,最後には「まぁ常識の範囲でね」とまとめられてしまいました。インターン生活がはじまってまだ2~3カ月のことでした。「こんなんでいいんや」と不思議な気分だったことを覚えています。

 過激なことを一言も言えずじまいの僕がこっそり「こんなんでいいの?」と聞くと「スポイルされていない(?)若いうちに問題意識を持つことが大事なんだ」と主催した先生もなぜかこっそり答えてくれました。


白井敬祐
1997年京大卒。横須賀米海軍病院に始まり,麻生飯塚病院,札幌がんセンターと転々と研修をする。2002年ついに渡米に成功,ピッツバーグ大学でレジデンシー修了,2005年7月よりサウスカロライナ州チャールストンで腫瘍内科のフェローシップを始める(Medical University of South Carolina Hematology/Oncology Fellow)。米国内科認定医。