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●病理との付き合い方 明日から使える病理の基本【実践編】

第1回テーマ

上部消化管

武内英二(滋賀県立成人病センター病理部)


 病理診断が病名の決定,治療方針の決定,治療効果および予後判定に重要な役割を果たす,ということはすでに総論を読んだ読者には十分理解していただいたと思う。本号からの実践編(各論)では,臓器別に具体的な病理との付き合い方を学ぼう。

病理との付き合い方」今後の連載予定(各論)
2.下部消化管(小腸・大腸)
3.呼吸器
4.乳腺
5.婦人科
6.リンパ節
7.肝臓,胆道系・膵
8.骨髄
9.皮膚
10.神経,筋肉
11.甲状腺
12.泌尿器

 上部消化管は食道から十二指腸までを指すが,特に重要なのは胃である。胃癌はわが国において男性では肺癌に,女性では大腸癌に死亡率トップの座を譲ったが,頻度の高い癌であることに変わりはない。というわけで胃を中心に話を進める。

■細胞診

 上部消化管病変の擦過細胞診という手技は,内視鏡の発達によって,より正確な組織診が可能となってからは姿を消した。関連する胆汁,膵液,腹水の細胞診に関する注意事項はすでに総論で述べられている。ここでは,胃癌の術中腹水細胞診陽性ならば自動的にStage IV,Curability C(末期,根治性なし)であることだけ覚えよう。

■生検

 病変の確定診断のために生検が行われる。上部消化管においては,炎症の質的診断が目的となることは稀で,ほとんどの場合,癌の検出が最大の目的である。そのなかでも,胃生検の病理組織診断は全病理診断件数中,群を抜いて多いという事実を認識しておこう。

1. 組織採取の注意点

 病理診断はevidenceがあってこそ確定可能である。当たり前だが,悪性腫瘍の場合は悪性細胞そのものが得られなければ確定診断はできない。苦しい思いをして検査を受ける患者さんのことを思えば,pitfall(総論5,42巻8号1488頁参照)やfalse negativeは極力避けねばならない。では,どのような場合にpitfallに陥るかを具体的に挙げてみよう。

1) SMT(粘膜下腫瘍)の場合(図1)
 SMTは文字通り粘膜下に存在するので,通常の鉗子生検ではSMTの組織は採取されない。SMTの組織は採れなくとも,その部分を覆っている粘膜が腫瘍でないことを確認するという場合であれば,SMTの粘膜生検もそれなりに意義がある。ただ,SMTの形態をとる癌(図1)が少なからず存在するので要注意。癌の場合は,どこか外観が違うものである。

図1 粘膜下腫瘍
前庭部後壁のSMT型胃癌,癌臍の部分の生検で癌が検出された。

2) Type 4の場合
 Type 4の場合は,癌が粘膜深部から粘膜下以深を広汎に広がっていて,粘膜には顔を出していないことが多い。したがって,大胆に深く採るか,潰瘍やびらんなど顔を出していそうな部位をねらって,よほど慎重に採らないと,癌組織が採取されないことがある。

3) 特殊なType2の場合(図2)
 これは筆者がタコツボ型Type2と呼んでいる,深い陥凹と狭い間口を特徴とするType2病変である。癌は陥凹部内面を裏打ちするように分布し,正常粘膜が陥凹部に覆い被さっているので,潰瘍縁から採取したつもりでも,正常粘膜しか得られないことが多い。透視や内視鏡では明らかに進行癌なのに生検で確定診断できないという事態は避けたい。潰瘍縁の下に鉗子を潜り込ませて,周堤部の粘膜下部分から採取すべきである。

図2 タコツボ型Type 2
a:術後標本。b:固定後割面。
腫瘍はbのように粘膜筋板下に潜り込み内腔を裏打ちしている。潰瘍縁には正常粘膜が覆い被さっている。

4) Vater乳頭の腫瘍の場合(図3)
 Vater乳頭に発生する癌はやっかいで,表面に癌が顔を出していないのに,深部(乳頭部胆管,乳頭部膵管,共通管部)では明らかな癌の組織形態をとり浸潤していることも稀ではない。また,表面に顔を出していても組織学的に異型が少なく,癌と確定できないこともある。十二指腸癌の高分化型腺癌は腺腫との線引きが非常に難しいことも,この領域の癌の診断を難解にしている一因である。乳頭腫大があり粘膜表面に肉眼所見が乏しい場合は,できるだけ深部の組織を生検するとともに,胆汁や膵液の細胞診検体を採取することを勧める。
 これらのほかにもいろいろな場合があるが,要は肉眼所見が異なれば組織所見も異なるということである。最後に,いかなる場合も癌を疑ったら,最低でも2カ所は生検すべきである。1カ所のみの生検よりもfalse negativeとなる確率はぐっと低くなる。

図3 乳頭部腫瘍
合流部を中心とする径5mm程度の癌。Vater乳頭の腫大と開口部付近の発赤のほかは所見に乏しい。

(つづきは本誌をご覧ください)


文献
1) 日本胃癌学会(編):胃癌取扱い規約 第13版,金原出版,1999

お勧めテキスト
・胃癌取扱い規約:金原出版(必須)
・月刊誌「胃と腸」:医学書院(商業誌だが,早期胃癌研究会が編集しているので内容は濃い)
・月刊誌「病理と臨床」:文光堂(特集で上部消化管があれば買い)