HOME雑 誌medicina誌面サンプル 47巻4号(2010年4月号) > 連載●アレルギー膠原病科×呼吸器内科 合同カンファレンス

●アレルギー膠原病科×呼吸器内科 合同カンファレンス


喘息と関節リウマチの既往がある患者の咳嗽
他科から処方される薬剤に注意!

岡田正人(聖路加国際病院アレルギー膠原病科(成人・小児))
仁多寅彦(聖路加国際病院呼吸器内科)


後期研修医 喘息,関節リウマチの既往のある65歳男性が,感冒様症状の悪化により自宅から電話で連絡してきた症例です.

 患者さんは20歳頃から喘息があり,数年前に当院呼吸器内科に受診しましたが,吸入治療にて状態が安定したため,近医で治療継続することとなり,当院呼吸器科へは半年に1回検査目的で来院する程度となっていました.

 関節リウマチは,両側の対称性の多関節炎から診断され,他院で治療していましたが,当院呼吸器内科通院開始後はアレルギー膠原病科にて治療していました.

 前医でメトトレキサートによる間質性肺炎の既往があったとのことで,プレドニゾロン5 mg,タクロリムス1.5 mg内服していましたが,十分なコントロールが得られていないということで生物学的製剤を開始し改善したところでした.いままで,足関節炎による歩行困難がありましたが,散歩もできるようになり大変満足で,来院3日前は雨に濡れながらも散歩してしまったとのことでした.その翌日には上気道症状が始まり,ごく軽度の咳嗽がありました.来院当日は発熱などありませんでしたが,軽度の労作時息切れをも自覚し,膠原病科の主治医から「感染症には十分注意し,何かあれば連絡するように」と言われていたことを思い出し,少し大げさかと思ったが,念のため電話連絡したとのことです.

アレルギー膠原病科医 患者さんは呼吸器内科の主治医の先生に電話連絡されたのですが,その時の状況に関して教えていただけますか.

呼吸器内科医 お話を聞いていると,数日前から感冒様症状があり,治りが良くないが,特に発熱やひどい咳嗽などもなく,切羽詰って電話してくるほかの患者さんと比べると軽いという印象でしたが,きっと何か理由があるのだろうと思って聞いていました.その時の記憶では,関節リウマチに対してプレドニゾロンとタクロリムスが少量投与されていた喘息の患者さんが,風邪で喘息がちょっと悪くなって息切れが出たのかなという感じでした.

アレ では,特に緊急で来院を促す必要性が高いという印象ではなかったということでしょうか.

呼吸 たしかにそうだったのですが,よく聞いてみると,喘息が悪化している感じが全くないというのと,「最近,新しい薬を始めたので,膠原病科の先生から特に注意するようにと言われていたので電話した」というので,電子カルテを開けてみました.そうしたらアクテムラ®(トシリズマブ)というあまり聞きなれない新しい点滴が呼吸器科の最後の外来以降に始まっていたので,患者さんには家で待機するようにお願いして,アレルギー膠原病科の先生にご連絡したという経緯です.

アレ 医学的なことではありませんが,電子カルテなのでその場の端末から患者さんの情報が処方,検査,画像まで含めてアクセス可能であることと,すべての内科専門医は同じ内科所属なので気軽に声をかけやすいことも,今回の症例でよかった部分だと思います.感染症の自覚症状がマスクされやすい薬剤と注意喚起がなされていましたので,念のため来院していただき診察をしたところ肺炎を示唆する聴診所見でした.ご本人は至って元気でしたが血液検査(表1)と胸部単純写真を行いました.

表1】 症例の検査結果表
      トリシズマブ初回投与
    入院日
    退院日
    採取日 7月25日 8月8日 8月21日 8月27日 9月1日 9月3日 9月12日
CRP 0.00
0.30
mg/dl 1.86 0.04 0.04 0.39 0.04 0.04 0.04
WBC 3.7
9.7
×103 11.6 7.7 5.7 16.5 4.7 4.6 6.5
ESR 1H 2
10
mm/Hr 26 2 3 1 7 3 1

呼吸 受診時の胸部単純写真(図1b)では,トシリズマブ投与前のもの(図1a)と比較して,明らかに左下肺野の心陰影に重なる部分に,気管支壁の肥厚と浸潤影の出現が認められ,肺炎が疑われます.

図1 症例の胸部単純写真
a. トシリズマブ開始前
b. 今回入院時

 一般的な市中肺炎患者の入院適応を考える際の重症度分類はいくつかありますが,日本呼吸器学会が実地臨床医を対象として作成した「成人市中肺炎診療ガイドライン」では,A-DROPシステムが採用されています(図2)1)

図2 市中肺炎における入院適応指標1)

 この患者さんの場合は,通常通り当てはめてしまうと0点ですので,外来で治療可能となりますが,やはり使用薬剤のことを考えると入院加療は正しかったと思います.受診時の尿中肺炎球菌抗原検査が陽性(その後の喀痰培養でも肺炎球菌が検出)となり,2週間抗菌薬を静脈投与し退院となっています(図3).

図3 症例の治療経過

アレ トシリズマブという薬剤は,日本で開発され2008年に発売された関節リウマチに対する薬剤で抗TNF製剤に続く生物学的製剤として大変期待されており,世界でも米国,ヨーロッパの10数カ国を含む20カ国以上で認可されています.作用機序としてはIL-6をブロックするということで自己免疫疾患との関与が最近注目されているTh17細胞に対する抑制作用があり,TNF阻害薬無効の症例でも効果が期待できます5)

 ただし,どの薬剤でも同じですが,やはり残念ながら副作用が全くないということにはなりません.特にこの薬剤の作用機序(図4)から注意が必要なこととしては,感染時の発熱・倦怠感などの症状に加え,CRPなどの急性時蛋白の産生も抑えてしまうことです.今回の患者さんに関しても,倦怠感や高熱などなくCRPもごく軽度の上昇しか認められていませんが,逆に言うと通常の市中肺炎と同様の症状が出るころには相当病状が悪化してしまっている可能性があります.とはいえ,感染症の頻度もそれほど高くなく,今回の症例のように患者さんに説明しておくことによって早期治療ができますので,通常は安全に使用しています.

図4 IL-6の主な生理作用とIL-6阻害による生理的影響

呼吸 免疫抑制作用のある薬剤を使用している患者さんでは,それぞれの薬剤の特徴を理解したうえでの注意が必要ですね.あまり呼吸器科が使わない薬でしたが,アレルギー膠原病科に確認することで適切に対応できてよかったと思います.

★1:A-DROPシステム1) (1)男性70歳以上,女性75歳以上,(2)BUN 21 mg/dl以上または脱水あり,(3)SpO2 90%以下(PaO2 60 Torr以下),(4)意識障害あり,(5)血圧(収縮期)90 mmHg以下,を評価の指標とし,5つの項目のいずれも満足しないものは軽症,1つまたは2つを有するものを中等症,3つ有するものは重症,4つまたは5つ有するものを超重症(ショックがあれば1項目のみでも超重症)に重症度分類する.この分類で,軽症例は外来治療,中等症では外来または入院治療,重症例は入院治療,超重症例ではICU入院が原則的には選択される.
★2:尿中肺炎球菌抗原の検査 初期治療に役立つ微生物検査として前述の「成人市中肺炎診療ガイドライン」にも記載されている.肺炎球菌感染症で病初期から尿中に排泄される肺炎球菌莢膜多糖抗原を検出するもので,感度・特異度ともに高く2, 3),Dominguezらの報告では感度80.4%,特異度97.2%とされている4).簡便かつ迅速に外来,ベットサイドでも実施可能な検査で,免疫クロマトグラフィー法による迅速診断キットは2005年1月に保険収載されている.

Take home message
*患者の病状を評価するにはほかの医師から処方されている薬剤も含めた服薬歴が重要である.
*ガイドラインを理解することは原則であるが,個々の患者のバックグランドを加味した個別化医療の実践が求められる.
*まれな有害事象発現時の対処法を患者に理解してもらうことが,重篤な副作用を回避する有効な手段である.

文献
1)日本呼吸器学会感染症に関するガイドライン作成委員会(編):成人市中肺炎診療ガイドライン,2007
2)Murdoch DR,et al: Evaluation of a rapid immunochromatographic test for detection of Streptococcus pneumoniae antigen in urine samples from adults with community-acquired pneumonia. J Clin Microbiol 39:3495-3498,2001
3)Roson B, et al: Contribution of a urinary antigen assay(Binax NOW)to the early diagnosis of pneumococcal pneumonia. Clin Infect Dis 38:222-226,2004
4)Dominguez J, et al: Detection of Streptococcus pneumoniae antigen by a rapid immunochromatographic assay in urine samples. Chest 119:243-249,2001
5)Furst DE, et al:Updated consensus statement on biological agents for the treatment of rheumatic diseases, 2009.Ann Rheum Dis 69:i2-i29, 2010