Editorial
産業医はワクチンだ

伊藤 澄信国立病院機構本部総合研究センター臨床研究統括部


 オフィスで管理職をしていると,部下の勤務時間管理や体調管理が気になる.とりわけ,一番頼りにしている事務官の超過勤務時間が100時間を超え,産業医面談の対象になったりするとなおさらである.企業の経営者の方も同様のようで,経営者から部下の方をご紹介いただくことがある.経営者も知っているし,紹介された方(患者)も知っているし,産業医と同じジレンマに悩むことになる.産業医制度指定講習会に参加しても,職場復帰のコツや産業医のジレンマ,自閉症などの方の職場への適応障害など,すっきりしない疑問点を持ち合わせていた.

 本特集はそんな臨床医の悩みを解消することを目的に企画した.職場復帰の可否判断にはいつも悩んでいたが,津久井先生の「午前中から図書館などへ行けて午後には軽い運動が可能である」といった明確な指標は,明日の診療の役に立つ.産業医に期待されている役割は職場における健康障害の予防であろう.残念ながら平成24年に労災申請された印刷業務に従事した労働者から発症した胆管がん症例はなぜ防げなかったのか,その疑問にも本特集は対応した.

 ワクチン後進国といわれた状況の打破を目指し予防接種推進専門協議会を設立された神谷齊先生が亡くなられて3年半になる.VPD(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで防げる病気)はワクチンでという考え方が一般化し,日本版ACIP(予防接種諮問委員会)に相当する厚生科学審議会・ワクチン分科会が2013年4月から開催され,いわゆる「ワクチン・ギャップ」の解消,定期の予防接種の接種率の向上,新たなワクチンの開発並びに普及啓発および広報活動の充実を目標とした予防接種基本計画(厚生労働省告示第121号)が公示された.平成25年度からHib感染症,小児の肺炎球菌感染症およびヒトパピローマウイルス感染症の3つが定期接種になり,水痘と成人用肺炎球菌については本年10月1日から定期接種化される.財源などの関係から遅れているが,おたふくかぜやB型肝炎についても定期接種化が予定されているし,さらにはロタウイルス感染症についても導入が検討されている.それだけでなく,麻しん・風しん混合(MR)ワクチンを含む混合ワクチン,百日咳・ジフテリア・破傷風・不活化ポリオ混合(DPT-IPV)ワクチンを含む混合ワクチン,経鼻投与ワクチン等の改良されたインフルエンザワクチン,ノロウイルスワクチン,RSウイルスワクチンおよび帯状疱疹ワクチンの開発が優先されることになっている.昨年3月31日に中国政府が3名の感染を公表した鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症は,新型インフルエンザになる可能性が高いとされていたH5N1亜型を上回るスピードで感染者が広がり,今年3月時点で中国大陸東部の省・都市を中心に394名の感染が確定し,118名が死亡している.わが国でもH7N9亜型インフルエンザワクチンの開発が進行中であるが,2009年の悪夢が頭をよぎる.また,西アフリカのギニアで2014年3月に報告されたエボラ出血熱は患者1,048人,死者632人(7月17日)となり,国際感染症の脅威は続く.海外赴任をされる方への情報提供も産業医の仕事の1つであろうし,成田空港検疫所長(当事)に書いていただいた国際感染症・予防接種の知識のエッセンスも本特集にはある.産業医は労働関連疾患から人を守るという意味では,ワクチンと同じだと思う.臨床医のための産業医のPearlが詰まっていると感じていただけたら望外の幸せである.