Editorial

“あなた”に届く認知症診療
片岡仁美
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 地域医療人材育成講座教授・総合内科

認知症診療を考える時、忘れられないエピソードがいくつかあります。

1つは医学科1年生の時に観た映画「レナードの朝」。コンタクトが取れない状況になっていた患者が薬によって劇的に改善、治ったかのようになりますが、薬の効果は一時的でまた元の状態に戻ってしまいます。「レナードの朝」は患者と医師の心の交流を描いた作品ですが、私は、「こちらからは意思疎通ができないように見えても、実は相手は完全にわからないのではなく、意思疎通の可能性は0ではない、そう信じたい」と思い、非常に心を動かされたのでした。

「認知症になっても、その人の本質的な部分は残されていると信じたい」という思いは、中学生の時に認知症になった祖父を介護した経験に起因するものでもあったでしょう。しかし、医師1年目で出会った沢山の「コミュニケーションが取れない認知症の患者さん」に、「どう対応してよいかわからない」と上の先生に尋ねたことも、忘れられない出来事です。また、2012年にわが国に導入されたユマニチュードを知り、日本の医学部で2番目に学部教育に取り入れたことも、自分にとって認知症診療がいかに重要なものだったか、ということを示しています。

認知症診療は、このように私の医師人生の始まる前から、取り組むべきテーマとして繰り返し私の前に提示されてきました。

一方で、認知症診療は、内科医としてのトレーニングでは十分とは言えず、無力感や苦手意識を感じる場面が多かったことも事実です。

なぜ難しいのか?

それは、病歴聴取を主体とした通常の臨床推論のアプローチだけでは不十分であること、また、マネジメントが「治療」だけでは解決しないこと、が理由だと考えます。そのような思いで上田諭先生の『認知症はこう診る─初回面接・診断からBPSDの対応まで』(医学書院、2017)を読んでいたところ、「医学モデルからの脱却を」と書かれた一文を目にしました。まさに、自分が感じていることそのものであり、今回上田先生には総論をご担当いただきました。

本特集は、認知症の専門医ではない私の視点からの素朴な疑問や思いを、どうすれば「患者さんに届く」診療ができるのか、岡山大学精神神経科の寺田整司先生をCo-Editorとして、専門医の視点をいただきながら構成しました。診療を時間軸で見る「step by step」、事例で見る「case by case」を通して、具体的にどんな診療や対応を行えばよいのか、一流の執筆陣の先生方にご寄稿いただきました。

タイトルにある『“あなた”に届く認知症診療』の“あなた”は患者さんであり、この本を手に取っておられる“あなた”でもあります。認知症診療に奮闘している先生と、認知症で困っている患者さんの双方に、本特集が届きますことを願っています。