Editorial

AIBOと「にゅう」
藤沼 康樹
医療福祉生協連 家庭医療学開発センター

 認知症と糖尿病で通院している1人暮らしの女性患者の診察をひととおり終えたところで、「1人暮らし、大変ですかね? 人としゃべることが減っちゃってますか?」と声をかけると──。

「さびしいんだけどね…。でも、アイボウがいるから大丈夫なのよ」
「???」
「ほら犬の人形よ。娘がくれたのよ」
「…あ! AIBO! ロボットね!」
「そうよ、かわいいわよ~(笑)」

 そう、それはソニーが1999年から販売している「ペットロボット」の話だった。近年、コミュニケーションするロボットはかなり進歩していることは知っていたが、すでに日常生活に溶け込んでいる事例が存在することを知った。その後、実際にどんな動きや発声をするのかを自分で見る機会があったのだが、自分自身でもびっくりするほど「え、かわいいじゃん…」と思ってしまったのだった。

 認知症高齢者のケアにおいて、犬や猫などによる「ペット療法」が有効なことはよく知られているが、それをコミュニケーションロボットで代替できないかという研究がある。非常に面白かったのは、そうした高齢者が好むロボットの形状が、実際の人間や動物の形をしたものより、コロッとした球状物を組み合わせたものであったという研究者の話であった。

 シリコンバレー在住の若いロボットデザイナーである近藤那央さんが取り組んでいる「ネオアニマ」というプロジェクトが、こうしたことを考えるうえで示唆的である。彼女は、工学的アプローチにより、「いきもの」を人工的につくろうとしている。この「いきもの」は、むろん比喩であり、“生物的な何か”である。たとえば、彼女が今現在集中的に取り組んでいる「にゅう」という、現実のどの動物にも似ていないロボットは、その動きの様子が実に「いきもの」を感じさせる。呼吸しているような、群れで何かをしようとしているような、不思議な現実感がある。

 近藤さんは、このロボットいきもの「にゅう」を開発する過程で、AIBOのようなコミュニケーションロボットとは違う設計指針を導入したという。それは、以下の4つである。

①常に動く。
②基本的に人間が好きではない。
③ロボット自体の欲求から動作が生成される。
④ロボットいきもの同士でコミュニケーションを行う。

 「にゅう」の動画をみると、これらの指針がかなり実現している様子がわかるのだが、いきものが自分と生活をしているという妙な実感が湧くのである。そして、なぜかその様子に癒されるのだ。

 おそらく、人間をそれらしく慰めるようなコミュニケーションや、どことなく嘘っぽい愛情表現よりも、むしろ本来の“いきものらしさ”のほうがヒーリング効果があるのではないか、という印象がある。そして、人間は生物のどこに愛着を感じるのか? それは生命自体にはないのかもしれないという、どことなくディストピア的な回答が頭に思い浮かぶのだ。