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病院 2012年9月号(71巻9号)巻頭言

特集
高齢先進国のビジョン

井伊 雅子(一橋大学 国際・公共政策大学院 教授)


 高齢化は地方の問題と捉えられてきたが,都市の高齢化は地方を上回るペースで進んでいる.10年後には,65歳以上の高齢者の過半数が三大都市圏に居住するという試算だ.世帯の4割が高齢者世帯となり,その7割が親子では住まない世帯,つまり多くが独居もしくは老老世帯となる.人口構造,世帯構成が急速に変化する中で,わが国は高齢先進国としてどのような社会モデルを世界に提供できるのか.日本がこの未知の領域にどのように取り組むのか,世界の注目が集まっている.

 今回の特集では,臨床現場,医療政策,医療産業の視点から,健康,コミュニティ,地域社会,経済といったテーマを見据えながら,あるべきわが国のビジョンを示すことを試みた.

 武内和久氏には,制度が複雑化し,細分化した議論が先行しがちな状況において,システムとして日本の医療が目指すべき方向性について執筆いただいた.被災地では,日本全体の医療システムの問題が凝縮されているが,石巻で,官民が志を合わせ恊働するコンソーシアムとして「高齢先進国モデル構想」を展開する武藤真祐氏と園田愛氏には,被災世帯の全戸調査に基づいたコミュニティの復興モデルを,酒向正春氏は現在の地域医療連携において最も遅れている維持期の環境整備として実際に関わってきた健康医療福祉都市構想の具体的な取り組みについて論じていただいた.

 日本初のベンチャー生命保険会社を立ち上げた出口治明氏には,国際的な視野で今後の国のあり方から社会保障改革にいたるまで様々な提言を,石橋智昭氏と池上直己氏には介護人材確保に向けた視点を整理し,わが国で進めようとしている介護人材のキャリアパス構想について諸外国との対比からその内容を検証いただいた.

 井上肇氏は都市の高齢化を特徴づけるのは,地域力とでも言うべきソーシャルキャピタルの希薄さであり,平林信氏は過疎地に必要な視点は地域社会の健全性を支えることのできるコミュニティであることを指摘されたが,これからの医療機関が果たす役割は病気を診るだけでなくて,住民の生活を支える役割も担っていくことになる.医療と介護の連携にはIT活用も重要となるが,有倉陽司氏に政府の取り組みについて論じていただいた.

 日本は少子化と老齢化という人口成熟化社会において,財政健全化とも両立するような医療制度改革に取り組まないとならない.この特集が,日本の歴史的・国際的立ち位置を再確認し,進むべき方向性についてビジョンを示す一助になればと思う.