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病院 2012年4月号(71巻4号)巻頭言

特集
患者の医療情報探索

井伊 雅子(一橋大学 国際・公共政策大学院 アジア公共政策プログラム 教授)


 本来,医療とは患者と医療者の「協働」作業である.しかし,医療に関して日本では「知らしむべからず,由らしむべし」の伝統が生きており,「良い患者」とは医師の言うことをよく聞く従順な患者とされてきた.また,医療をとりまく制度やサービスについて患者が体系的に学ぶ機会が日本では少なく,いざ病気になって口コミやインターネット,雑誌を頼りに情報収集しているのが現状である.この10年くらいで,患者はとてもよく勉強するようになったが,情報の質も様々なうえ,たくさん情報を持っていても混乱し,苦悩している人もいる.本特集では,医療を患者と医療者の「協働」作業として捉え,現在様々な形で行われている市民の医療情報探索行動の支援のあり方を探った.

 日本の医療制度改革は,病院改革を中心に,特に急性期病床の在院日数の短縮を進めてきた.患者情報に関しても,がん,心血管系疾患といった急性期の医療情報が比較的充実していると言えよう.しかし,われわれの日常に起こる医療や健康問題の8割はプライマリ・ケアの分野である.良好なコミュニケーションで医師-患者関係を築き,患者に寄り添い,責任を持って医療情報を提供してくれるプライマリ・ケアの専門家,いわゆるGP(General Practitioner,家庭医)の制度が日本には存在しない.これが患者満足度の低い理由の1つであろう.

 最近日本でもかかりつけ医や総合医の重要性が指摘されるようになったが,世界標準のGPとの大きな違いは,日本では医療機関を利用する患者だけを診ている点だ.GPのゲートキーパー機能は医療費削減の手段と解釈されがちだが,本来の役割は,退院後にも患者の不安を受けとめ,地域での療養・在宅生活を一緒に歩んでくれる存在である.病院の総合内科については,その機能や実態はまちまちで,小児科や産婦人科は診ないことも多いし,情報リテラシーのギャップを埋め,地域住民のための真の代理人として健康な時にも継続して関わるGPの役割は果たしていない.

 現在政府は「社会保障と税の一体改革」を議論しているが,政府の医療制度改革は,財政のつじつま合わせの議論が主で,これでは国民の納得と支持を得ることは難しい.国民が必要としているのは,質の高いプライマリ・ケアである.その機能を明確に定義・共有したうえで,国を挙げてそのシステムを構築することではないだろうか.