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病院 2008年5月号(67巻5号)

特集
変容する患者像
求められるヘルスリテラシー

大道 久(日本大学医学部医療管理学分野教授)


 患者・家族の医療へのかかわり方が大きく変わりつつあることが強く認識されている.昨今,病気は治って当たり前で,治らないのは病院や医者が悪いからと言わんばかりの患者・家族の態度に辟易している医療人は少なくない.済んだ医療に納得したかに見えて,突然に代理人を引き連れて診療録の保全手続きに及ぶ事例が経験されたり,故なきクレーマーに苦慮することも日常的になりつつある.未集金の増大も,経済格差の拡大に帰するだけでは説明がつかない状況といえる.

 このように変容しつつある患者・家族の背景には何が起こっているのか.医療だけでなく教育や福祉にも共通する状況が出現しているが,世代交代が進行して価値観が多様化し,家族や地域の変質,あるいは形骸化も指摘されてきたところである.急速な社会環境の変化と氾濫する情報のなかで,医療の受け方と提供のされ方の間でミスマッチが拡大し,新たな調整による秩序が求められているといえる.この問題の改善に向けて期待されているのが,ヘルスリテラシーの向上である.

 ここでは,氾濫する医療情報の中で患者・家族の受療行動がどのような影響を受けているのか,また,その適切な選択や活用を図るためにはどうしたらよいのか,すなわちヘルスリテラシーのあり方について論じる必要がある.医療を受ける者と医療を提供する者との関係を調整することは,すでに社会的な業務となりつつあり,医療コーディネーターの役割のあり方と現段階での問題点を明らかにしておくことは有益であろう.

 一方,今後の医療施策で最も期待されているのが,個人のみならず地域・職域におけるヘルスリテラシーの向上であるといえる.すなわち,「特定健診」・「特定保健指導」で生活習慣病予防の実を上げ,もって医療費の適正化を図ろうとする現下の基本政策である.その有効性を疑問視する向きもあるが,ヘルスリテラシーの本来的な意義はヘルスプロモーションに向けた戦略的教育手順であるとされ,医療提供の立場からも追求されるべき課題であることに異存はないであろう.

 医療の現場でヘルスリテラシーの向上を図る有効な方策として患者図書室があり,徐々に普及しつつあるのでその意義を確認して将来展望を探っておく.また,変容しつつある患者・家族の象徴として医療クレーマーの増加があり,最近の実態と対応策について,法律家の立場からの示唆を得ておきたい.そして,増加する苦情は時に紛争化し,病院にとって重い負担となっている.苦情や紛争に適切に対応することは,すでに病院管理者にとっての重要な課題となっており,この領域の専門家による経験は,今後の病院にとって有効な指針となろう.