書評  診断,病態解明,治療につながる抗体の確立にかける熱意

7004表紙 5年前に本誌増大特集として出版された「Antibody Update 2013」をさらにアップデートした増大特集号が,本誌編集委員の山口大神経内科神田隆教授の企画で出版された。抗神経筋抗体の病因性が分子レベルで語られ始めた1980年代初期から40年近くなるが,この分野における最近の発展がそれだけ目覚ましいということであろう。実際,特集を読むとこの5年間に新たに報告された抗体,抗体の病因性がより確実にされた抗体が紹介されており,治療に直結するようになった例も増えていることがわかる。また抗体を切り口にした疾患分類が進んだ疾患群もある。認識抗原の詳細が明らかにされ,臨床像との対応が明らかにされたものもある。そうした進歩は抗体検索や抗体機能検出における洗練された技術の導入によるものがあるが,何と言っても患者の診断,病態解明,治療に直結させたいと願う医師の熱意のたまものが根底にあることは間違いない。

 特集を概観すると,自己免疫性の脳炎・脳症,大脳基底核障害,視神経脊髄炎,小脳障害,末梢神経疾患,自律神経節障害,神経筋接合部疾患,筋疾患,傍腫瘍症性神経症候群と障害部位が実に多彩であり,症候の切り口からみれば,免疫性疾患とは縁遠いと従来思われた,認知症,てんかん,精神疾患なども,少なくともその一部は免疫介在性の機序で生じているということが示されている。

 病因となる自己抗体が満たすべき条件として,(1)抗体が患者群で特異的に検出される,(2)抗体が標的となる抗原と反応する,(3)抗体の投与により病態が再現される,(4)対応する抗原の免疫により疾患モデルが作成できる,(5)抗体の力価低下により病態が改善することが以前から挙げられている。特集で取り上げられた疾患に伴う抗体は,これらの条件を全て,あるいは部分的に満たしている。そして今なお,残る条件を満たす証明を求めて研究が進行中である。著者らがわかりやすくクリアカットに著述しており,表にきれいにリストされた抗体を見て,読者は抗体が全てを取り仕切ってくれると思うかもしれない。しかし著者らがあえて書いていない抗体そのものの悩ましさも大きい。さまざまな疾患や症例において,おびただしい種類の抗体が検出されているが,同じ臨床像の患者群で検出されない場合や,対照群にも検出される場合もあり,病的意義が不明で立ち消えになることも多い。抗体検出のカットオフの設定や染色性の判定などで悩むことも多い。また同名の抗体であっても認識部位によって意義が異なる場合もある。一方で臨床像が多様でも,ある抗体の存在が疾患単位を形作る場合もある。また表面上同様の臨床像であっても,抗体によって合併症や予後が異なる疾患群もある。なかなかよい動物モデルができない場合もある。このような耐え難い苦労を経て作られたリスト上の抗体名を見ると,拝みたくなるような気持ちにもなる。

 依然残されている基本的な問題として,自己組織に対する抗体産生機序,抗体の血液脳関門の越え方,細胞内抗原へのアクセス,神経筋の組織傷害機序,患者側の免疫状態,特に細胞性免疫との関連,診療に使える容易かつ迅速な抗体の検出・測定システムの構築などがある。免疫学,細胞生物学,分子生物学,分子遺伝学などから新しい技術の応用がさらに進み,抗体の機能と病態へのかかわりが明らかにされ治療法が確立していくことを願っている。

岐阜市民病院認知症疾患医療センター長・岐阜大名誉教授犬塚 貴

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