書評  最新脳科学が解き明かすブロードマン領野の諸機能

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 ここにご紹介するのは通常の書籍でなく、雑誌の増大特集号だが、脳に関心ある人にはぜひお勧めしたい実にユニークな号である。これだけで完結した書物になっている。

 ブロードマンの領野と聞けば、医学や心理学や脳科学を勉強した人なら、たぶん誰もが、「あ、あれか」とピンと来るのではなかろうか。脳の表面図に解剖部位名の代わりに番号が打ってある、あれである。ブロードマンは、ヒトを含めて全部で8種の哺乳動物の大脳皮質神経細胞の分布状態を調べあげ、その6層構造の違いによって大脳皮質を52の領野に分け、それぞれに1から52までの番号を振った。細胞構築の違いに基づいたこの領野番号は、その後、脳科学の共通語となって今日に至っている。ブロードマンは、ヒトおよび他の哺乳類で、皮質層構造が共通する部位に共通の番号を振っているので、ヒトと哺乳類の比較研究には、今も欠かせない便利な地図なのである。筆者も現役時代、机の引き出しにいつもブロードマン脳地図をしのばせて、1日に何度も引っ張り出しては、参照していたのを思い出す。

 本特集号の企画者は河村 満氏である。氏のブロードマン領野に対する入れ込み方は半端なものではない。既に、大著『MRI脳部位診断』(医学書院、1993年)で、ブロードマン領野番号について徹底的な検証を行い、52領域のうち、ヒトのマップでは、動物マップには書き込んである8つの領域が落としてあること、そのうち1領域は後年のマップに加えてあることなど興味深い事実を明らかにしている。

 本特集は18本の論文から成っていて、1領野(領野52)を除いて、ヒトのブロードマン領野のすべてが扱われている。どの著者もそれぞれの大脳領野についての最先端の研究者であり、大脳研究の現状がわかりやすくまとめられている。

 編集は実に行き届いている。例えば論文は領野番号の若いほうから順に掲載されている。まず巻頭に河村氏のブロードマン領野の総論があり、次いで岩村 吉晃氏の3、1、2野についての「タッチの階層仮説」がスタートする。そして、最後は山田 亜虎、酒井 邦嘉氏の44、45野についての「ブローカ野における文法処理」で締めてある。

 前頭葉の4、6野や、後頭葉の17野、18野などはみつけやすいが、頭頂葉内側の32野だとか側頭葉内側の36野などなかなかみつからない領野も多い。ブロードマンには原則があって、サル脳の水平断切片で研究を始めたときの、最初の切片でみた領域から番号を振っていったらしいのだが、実際の地図では番号は複雑に前後している。本特集では、論文ごとにタイトルの左側にブロードマンの脳地図を置き、タイトルの右側に、扱われている領野番号が大きく打ってある。その上、左側のマップの該当領野と右側の領野番号の色が合わせてあるので、どの領野が主題になっているのかが一目瞭然である。

 ブロードマンの原著『Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde (木村書店復刻)』と並べて本特集号を読み進むと、100年を超えて、なお絶えることなく続けられてきた大脳研究の歴史の厚みに圧倒される。それにしてもこの素晴らしい企画を立案し、実現された河村 満氏の高い見識と飽くことのない熱意に心からの敬意を表したい。