医学界新聞

学生から新人,新人からエキスパートへ

対談・座談会 別府 千恵,三浦 友理子,奥 裕美

2020.11.23



【座談会】

学生から新人,新人からエキスパートへ
臨床判断モデルで思考をつなぐ

別府 千恵氏(北里大学病院副院長兼看護部長)
三浦 友理子氏(聖路加国際大学助教・看護教育学)
奥 裕美氏(聖路加国際大学教授・看護管理学)


 看護では今なお,基礎教育と臨床現場との間に大きなギャップがあると言われている。看護学生や新人看護師の教育に当たり,「どのように説明すれば,患者の反応から適切にその場で考え出して行う『臨床判断』やエキスパートの思考・実践をわかりやすく伝えられるのか」と悩む方も多いのではないか。

 この悩みに対する1つの提案として,三浦氏と奥氏による新著『臨床判断ティーチングメソッド』(医学書院)では,クリスティーン・タナー氏が開発した「臨床判断モデル」(1)の活用を含め,臨床判断能力を育むための取り組みを紹介している。本紙では臨床の立場から別府氏を交え,基礎教育,臨床現場での新人教育,そして新人以降の継続的な支援はいかにして行われるべきかを聞いた。また,その際期待される「臨床判断モデル」の活用法にまで議論は及んだ。

 臨床判断モデル(『臨床判断ティーチングメソッド』p.31より改変,原図は文献1


 北里大学病院に入職する新人看護師は毎年160人程度にのぼり,全員が受講できるよう同一内容の集合研修を年に2,3回行っているそうですね。このような集合研修を行うことには,人手も時間も掛かると思います。また,せっかく集合研修をしたのに,部署に戻ると「学んだことが役立っていない」と言う部署スタッフもおり研修主催者ががっかりしてしまう,という話もよく聞きます。

 別府さんから見て,現在,病院の看護教育に求められる体制は何だとお考えですか。

別府 新人看護師に対し現場でリフレクションを促せる人の育成です。現在当院では,リフレクションを促すための効果的な手法を持ち合わせた看護師が多くありません。そんな中私は,この問題解決の糸口として臨床判断モデルの存在を知り,興味を持ちました。

 お2人は「臨床で教える人をどう育むか」というテーマで教育・研究をされています。その際,臨床判断能力の探究を始め,臨床判断モデルに出合ったと伺いました。まずは,本モデルに注目した経緯を教えてください。

三浦 私は教員として実習で臨床に行く中で,悩んでいたことがありました。それは,学生が演習で練習したように看護計画を立案できても,いざ臨床で自身の予想と異なる反応が患者さんから返ってきたときなど,対応がわからず固まってしまう現状です。つまり,基礎教育で学んだことが,臨床でうまく活用できない。この問題に教育者側も頭を悩ませているのです。現場で求められる判断,すなわち「臨床判断」は,教員や指導者の経験知として語られることが多く,明確な説明手段を持ち合わせていないためにこうした問題が生じると考えています。

 このような基礎教育の課題に向き合っていたとき,タナー先生の臨床判断モデル1)に出合い,この課題を解決する何かを得たような気がしました。

 聖路加国際大では,2013~15年度文科省「看護系大学教員養成機能強化事業」として「フューチャー・ナースファカルティ育成プログラム(FNFP)」を実施しました。タナー先生はこの事業に外部評価者としてかかわってくださいました。それがきっかけとなり,本学の大学院生が臨床判断モデルを用いて学部生や新人看護師を教育し,その効果を研究するなどの活動につながりました。

判断や助言は,具体的な言葉にしなければ伝わらない

三浦 臨床判断の能力が基礎教育や新人教育で培われにくい理由について,別府さんの見解をお話しください。

別府 臨床は複雑性や個別性がとても高く,基礎教育やシミュレーションによる新人研修で学んだことが一筋縄には実践へとつながらないからでしょう。私も新人で初めてICUに入った時,自分が今何をしているのかよくわからないまま,見よう見まねでやっていました。「なぜこの処置を行うのか」を理解していなかったために,何度も失敗をして怒られました。半年ほどは雲をつかむような毎日で,何から手を付ければいいのかわからず,孤独感や焦燥感を感じたものです。

 私も新人時代,同様の経験があります。先輩看護師がなぜ今この行動をするのか,あるいはしないのかがわかりませんでした。

別府 現場で何かが起こったとき,新人看護師と先輩看護師では,その事象を前に見えている文脈が異なります。しかしそのギャップに気がつかないまま,双方が自分の目線で話を進めるうちに,ギャップがさらに大きくなる場面は多々あります。

 例えば新人看護師からすると何もしていないように見えている先輩看護師も,実は時間を空けた介入が必要だと判断し,あえて動いていない可能性があります。経験の浅い看護師には見えない「判断の理由」があるということです。この場合先輩看護師は,自身のケアに至った,あるいは至らなかった過程を新人に言葉で伝えることで,両者の文脈のギャップを小さくすることができるでしょう。基礎教育における臨床実習も同様に,看護師との対話から,学生にとって新たな発見が生まれるのではないかと思います。

三浦 そうですね。外からは患者さんをただ見守っているように見えても,看護師はその患者さんにとって重要な事柄に視点を置いて観察しています。臨床実習でも,ここぞという場面で看護師が注目したポイントや思考を話す――すなわち「思考発話」をすると,学生は看護行為の根拠を理解できるようになるでしょう。思考は頭の中で起きるため,話してもらわないと見えないのです。

 看護師はいわゆるフィジカルアセスメントだけでなく,患者さんとのコミュニケーションからさまざまな事象を察知し,ケアをしています。しかしこれは,一朝一夕に身につくスキルではありません。多くの学生や新人から見えている世界は,先輩とはかなり異なると思います。

別府 「見て学んでください」との言葉を使う先輩がいますが,その言葉の中には「言わなくてもわかるはず」という,前提があります。私たち教育を担う看護師にはまず,経験に伴う「前提」がある,との自覚が求められます。この前提があるから,普段の業務に対する助言もシンプルな言葉に集約されて,新人によっては冷たく突き放されたように感じてしまうのでしょう。新人に対する先輩たちの言葉の返し方や対応も,見直す余地があります。

 「見て学んでください」,あるいは「調べてください」と言う際にはぜひ,見るポイントや,調べる媒体やその調べ方を添えると良いと思います。

三浦 同感です。新人への積極的かつ具体的な思考の発話が,「リフレクションを促す」ことにもつながるのでしょう。

共通言語を用いて,見つける「Bestな臨床判断」

別府 先輩看護師が新人に対し,臨床の実践知を伝えるにあたり,どのような点に重きを置くといいでしょうか?

 新人看護師が見ている世界は自分とは異なることを理解し,共通の言語で語る点です。先輩自身は説明しているつもりでも,新人に正確に伝わっていない場面があるからです。

 先輩の多くは患者さんの置かれた状況,今までの経緯,患者さんと周囲の人々との関係性を理解した上で,ケアを行っています。その先輩がケアに至った経緯を新人看護師にも具体的にわかりやすく説明する共通言語として,臨床判断モデルは大変有効だと考えています。2)のように,①気づく,②解釈する,③反応する,④省察(する),の4つのフェーズに沿って語ることで,今まで意識せず行っていた看護を整理して言語化できるのです。

 臨床判断モデルのフェーズごとの問い掛けの例(『臨床判断ティーチングメソッド』p.56より改変,原表は文献2)(クリックで拡大)

別府 モデルに沿って話すと先輩自身も,今まで無意識に行っていたケアの過程に対する新たな①気づきがありそうです。リフレクションやカンファレンスにも活用できますね。

 リフレクションを行うときは1日の全体をただ振り返るのではなく,具体的なテーマを設定するとより効果的です。例えば,「今日のこの時の,あの患者さんのケアについて思い出してみよう」などと教育者が切り出し,臨床判断モデルに沿ってチーム全体で話し合えば,新人にとってはその事柄がただの「感想」ではなく次の日から生かせる「学び」に昇華されるのです。

別府 早速今日のリフレクションから実践できそうな例です。新人に限らず先輩看護師同士だけで臨床判断モデルを活用しても,さらなる臨床判断能力の向上が見込めそうです。せわしない医療現場だからこそ,年次にかかわらず看護師全体が日頃から自身の思考に焦点を絞って発話する訓練が大切ですね。

 共通の言語で語る,ということであれば,臨床に限らず基礎教育でも活用できそうです。

三浦 基礎教育で活用する場合,臨床判断モデルの1つのフェーズに焦点を当てて,臨床で考える力を育むことができます。例えば,学生のベッドサイドでの体験をもとに「患者さんに会って,何に気づきましたか」という問いを投げ掛けるだけで,ある現象に気づく力を育成することができます。

 そうですね。低学年次や新人看護師などでは,臨床判断モデルの①気づくは特に重視したいフェーズです。そして省察し,次に患者を理解するためのコンテクスト,背景,関係性などにまたつながるというところが重要なポイントだと思います。

 タナー先生が,看護師の臨床判断について「Correctはないけれども,Bestはあるはずだ」とおっしゃっていたことが印象に残っています。そのBestを皆で考えていくという意味で,本モデルは基礎と臨床,新人と先輩を問わず,臨床実践を話し合うときの枠組みとして幅広く活用できるのです。

コロナ禍を経て始まる看護教育のニューノーマル

別府 今年はコロナ禍の影響で,聖路加国際大の看護学生も実習に行けなくなったと聞きました。現在はどう工夫して対応しているのですか。

三浦 実習の代わりに,場面ごとに患者の状況が変わっていくシナリオや動画を用いて,現役看護師と学生によるオンライン対話を実施しています。

 基礎教育で扱うシナリオは正誤がはっきりしている例をもとに授業をすることが多いです。しかし臨床は,看護師の見解が一致するケースばかりではありません。そこが臨床判断の難しいところ。そこで,リアリティのある事例をもとに学生たちが自身の臨床判断を発表し,その後看護師らに自分たちはどう考えたのか思考過程を説明してもらったり,似たような状況の患者さんで経験したことを話してもらったりしています。双方がケアに至る過程を臨床判断モデルに沿って細かく語り合うと,学生の理解度が高まるようです。

 コロナ禍によってオンライン教育の可能性も見いだせたのですね。

三浦 今までは現役看護師の話を聞ける機会が主に実習のみで,それも1対1が主流だったのが,オンラインであれば看護師同士の話し合いを100人の学生が見ることも可能になります。それに,気軽に交流もできて学生のモチベーションも上がります。これらはウィズコロナの時代においても活用したいと考えています。

別府 オンラインはOJTや新人看護師の研修でも活用できそうです。当院の新人研修では例年,先輩看護師が,印象深かった患者と看護体験について語ります。先輩たちが生き生きと自身の看護観を語る姿は,新人たちにとって刺激的です。対面かオンラインかに縛られず,今後も継続したいです。

三浦 現場での実践を最優先にしつつ,コロナ禍でもできる限り効果的な教育を行いたいですね。例えば実習が難しい現在,シミュレーション教育への需要が高まっています。従来のシミュレーション教育に加え,看護師の思考を学ぶという意味で,中堅の看護師や熟達した看護師同士が集まってシミュレーションを行う様子を見せるのも面白いかもしれません。その様子を見た学生は,臨床判断モデルに沿って思考を振り返るのです。

別府 新しい発想ですね。新人や学生にとって大変勉強になりそうです。

 臨床判断モデルを用いれば,自分や組織の思考過程を再確認することもできると思います。結果,個人だけでなくチーム全体の成長につながる可能性があります。

三浦 臨床判断というキーワードによって,臨床的な思考の共有が基礎教育および臨床でのリフレクション,カンファレンスで幅広く行われるようになり,看護の質の向上につながると良いですね。基礎教育から臨床判断能力を育成するという試みが,看護学生から新人看護師,新人看護師から熟達した看護師への成長をシームレスにする一助となることを期待します。

別府 「なぜそう思ったか」を言葉にすることが,リフレクションを促すことにつながります。その際臨床判断モデルの使用が有効であることを改めて学びました。早速,当院の教育担当スタッフに提案してみます。

(了)

参考文献
1)J Nurs Educ. 2006[PMID:16780008]
2)J Nurs Educ. 2007[PMID:18019109]


べっぷ・ちえ氏
国立南九州中央病院附属看護学校卒後,京都第一赤十字病院に入職。1987年より北里大病院に勤務。2001年聖路加看護大大学院修士課程修了,同大学院博士課程満期退学。09年より現職。共著書に『実践家のリーダーシップ』(ライフサポート社)。「看護専門職としての成長が,患者さんの利益につながる人材の育成をしたい」。

みうら・ゆりこ氏
聖路加国際病院勤務を経て,2012年聖路加看護大学大学院博士後期課程修了(看護教育学)。博士(看護学)。13年より現職。看護師が主体的に学びを続けることをテーマとし,これをサポートする環境や学習方略について研究を行っている。共著書に『臨床判断ティーチングメソッド』(医学書院)。「人々に看護が届く場面で看護実践能力を発揮できる教育を考えていきたい」。

おく・ひろみ氏
聖路加国際病院勤務を経て,2013年聖路加看護大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。同大准教授などを経て,20年より現職。共著書に『臨床判断ティーチングメソッド』『ナースのための管理指標 MaIN2』(いずれも医学書院),『実践家のリーダーシップ』(ライフサポート社)。「最善のケアを提供するためにはどうしたら良いかを考える,想像力の育成を支援したい」。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook