医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

変形性膝関節症を軸にしたアプローチ

連載 大浦 誠

2020.11.09



ケースで学ぶマルチモビディティ

主たる慢性疾患を複数抱える患者に対して,かかわる診療科も複数となり,ケアが分断されている――。こうした場合の介入に困ったことはありませんか? 高齢者診療のキーワードであるMultimorbidity(多疾患併存)のケースに対して,家庭医療学の視点からのアプローチを学びましょう。

[第8回]骨格/関節/消化器パターン 変形性膝関節症を軸にしたアプローチ

大浦 誠(南砺市民病院 総合診療科)


前回よりつづく

CASE

62歳女性。35歳の長男夫婦と6歳の孫との4人暮らし。家族で飲食店を営んでいる。40歳より高血圧症,アルコール性脂肪肝,脂質異常症,慢性腎臓病,骨粗鬆症,不眠症を指摘されて一般内科に通院中。45歳時の健康診断でHelicobacter pylori感染胃炎を指摘され除菌治療を受けている。55歳より腰痛症,変形性膝関節症のため整形外科に通院中。嗜好歴は喫煙歴なく,日本酒は0.5合/日であった。ADL・IADLは自立している。朝食と夕食の準備,洗濯・掃除を担当し,長男の妻との関係も良好である。寝る前に日本酒を少し飲むのが楽しみであった。

最近,両膝の痛みが悪化し,もともと内服していたセレコキシブを頓用で追加内服していた。胃部不快感と黒色便を主訴に受診し,上部消化管内視鏡で胃潰瘍を認めNSAIDs起因性胃潰瘍で入院していた。治療は終了したが,再発予防のために包括的な介入が必要と思われた。

【処方薬】一般内科でエナラプリル,ベニジピン,ロスバスタチン,レバミピド,カルシトリオール,整形外科でセレコキシブ。


 今回はマルモのプロブレムリスト()が骨格/関節/消化器と心血管/腎/代謝パターンに偏っています。ポリファーマシーチェックでも腎機能関連の薬剤と排便・消化器関連の薬剤に偏っています。心理社会的問題で,家事と仕事と育児のストレス,膝の痛みに対しての服薬の理解が不十分であったことが問題になっています。

 マルモのプロブレムリスト

日本人マルモには腰痛持ちが多い

 日本における60歳以上のマルモ患者を調べた疫学研究では,腰痛の有病率は25.7%と,高血圧(44.1%)の次に多いと言われています1)。同研究では握力の低下(男性26 kg未満,女性18 kg未満)と健康の自己評価(self-rated health:SRH)がマルモと関連する危険因子となっています。

 握力の低下はサルコペニアの診断基準と一致するところでもあり,マルモとサルコペニアの相関関係も推測されますね。またSRHはバランスモデルで言うところの疾患の理解,レジリエンスに相当するところでしょう。今回は整形外科疾患に関連するマルモについて紹介します。

変形性膝関節症がある場合はマルモを確認しよう

 デンマークにおける大規模研究では変形性膝関節症患者の約6割がマルモ状態で,高血圧(37%),心疾患(8%),糖尿病(7%),肺疾患(6%)の併存が多くなっています。また,併存疾患が多いほど鎮痛薬使用が増加し,4疾患以上の併存ではオピオイドの使用が19.5%に達することがわかっています2)

 これらの併存疾患はあくまで一般人口における有病率と同等であり変形性膝関節症との因果関係が示されたわけではありません。ただし,関節リウマチ患者ではそうでない患者よりも変形性膝関節症を発症するリスクが2.86倍高く3),パーキンソン病に変形性膝関節症を併発すると,併発しないケースと比較しADL低下が1.63倍みられることから4),関節リウマチやパーキンソン病患者は特に,変形性膝関節症の予防戦略が必要となります。もちろん年齢を重ねるにつれ併存疾患が多くなるため,変形性膝関節症治療との相互作用にも配慮が必要でしょう。変形性膝関節症がある場合は,介入すべき併存疾患がないか,鎮痛薬は本当に必要かを検討する姿勢が重要です。

介入手段にも個別性が必要である

 変形性膝関節症は歩行速度や身体活動の低下に関係し,心理的苦痛も発生するため,症状や生活に応じて早めに患者の目標,ニーズ,好みに適合したケアを提供し,併存疾患の治療と相互作用に対処する必要があります。例えばUpToDateの“Management of knee osteoarthritis”の項目では軽度の変形性膝関節症では運動や減量が推奨されています。

 そして,心肺機能に応じた強度の調整も重要です。最近の研究ではCOPD患者の身体活動パターンは5つ5),慢性のがん関連疲労は3つ6)のパターンに大別され,それぞれ異なる治療目標が必要であると指摘されています。2020年10月に発表された世界初の変形性膝関節症患者の行動パターン研究では,非活動的(座りがち),長時間座位,軽活動,活動的の4つに分けられ,長時間座位グループがもっとも身体的疼痛が少なく,非活動的・軽活動グループよりも身体機能が高いという結果がみられ,個々の生活パターンによって推奨する活動を変えなければならないこともわかってきました7)

 具体的には,大腿四頭筋訓練や股関節外転筋訓練などの筋力強化は有用性が高いが,膝に負担がかかりやすい場合はプール内歩行や膝関節伸展位での下肢挙上訓練が推奨されています。運動が苦手な場合は,体重を6か月で5~10%減量することでも有意に改善し,体重の11.4%減でNSAIDsと同等の効果(50%の疼痛軽減)を認めるという研究もあります8)。運動療法や食事療法が難しければ,歩行補助具も疼痛を軽減できます。もし,膝の痛みが片側であれば,健側で杖を使用し,両側であればフレームまたは車輪付きの歩行器の使用が推奨され,内反・外反がみられる場合はサポーター型の膝関節装具があれば安定性を改善し,転倒リスクを軽減できます。立ち仕事をしている場合は,靴に足底板の使用で症状緩和を期待することもできるでしょう。好みによってはヨガや太極拳,温熱療法や鍼治療もおすすめできるかもしれません。

 運動療法による改善効果はNSAIDsに匹敵するものの長期的な効果は期待できず,その理由としてはアドヒアランスの問題が指摘されています。患者教育が重要であることは言うまでもありません。

鎮痛薬は局所NSAIDsが第一選択である

 また,鎮痛薬の使用は心疾患や消化器疾患との相互作用を検討しなければなりません。UpToDateでは,軽症で運動と減量などで改善がない場合,局所NSAIDs(ジクロフェナクナトリウム1%ゲル)を3か月限定で使用することが推奨されています。それでも改善しない場合は経口NSAIDsを使用するか,経口NSAIDsが消化器疾患や腎機能障害,心血管リスクのために難しければデュロキセチンやステロイド関節内注射を選択することになります。

 コクランレビューでは,局所NSAIDsで患者の60%が少なくとも50%の痛みの改善を達成し,その効果は経口製剤と大差はなかった9)としており,胃腸や腎臓および心血管毒性のリスクは経口と比較し5~17倍も低いとされています。NICEの変形性膝関節症に対するガイドラインも局所NSAIDsを第一選択としています10)

実際のアプローチ

 生活リズムを聴くと,長男夫婦は飲食店経営のため家にいる時間は短く,朝は家族の朝食の準備,昼は店の手伝いなど家事全般を担っているとのことであった。孫の小学校が長期休校となった影響で自宅で面倒をみる役割が増えて,身体的にも精神的にも大変であったという。翌朝早く起きなければならないストレスで飲酒量も1合を超えることが増えていた。

【足し算】運動よりも減量が重要と考え,入院中に食生活の見直しと飲酒を控えることを提案。時間的に余裕が出てきたら自宅でできる膝関節伸展位での下肢挙上訓練と,仕事中に使用できる足底板とサポーターを導入する。

【引き算】セレコキシブを中止。代わりにジクロフェナクナトリウム1%ゲルに変更。

【掛け算】家事・育児・仕事の負担軽減のため長男夫婦に仕事の分担を依頼。その結果,膝への負担も軽減し,ストレスから飲酒量が増えることもなくなった。

【割り算】整形外科と内科を一元化。疼痛コントロールが困難になった時には整形外科とも相談することとした。

POINT

・整形外科領域のマルモに鎮痛薬のみでアプローチするのではなく,非薬物療法を考慮する。
・非薬物療法には運動や食事療法があり,鎮痛薬に匹敵する効果があるものもある。生活スタイルや好みによって個別に対応する。
・内服NSAIDsの前に,局所NSAIDsを試してみる。

(つづく)

参考文献・URL
1)Arch Gerontol Geriatr. 2019[PMID:31302504]
2)J Comorb. 2020[PMID:32489945]
3)Front Med. 2020[PMID:33015077]
4)J Parkinsons Dis. 2020[PMID: 32925102]
5)Chron Respir Dis. 2017[PMID:28774199]
6)Int J Behav Med. 2018[PMID:28699090]
7)BMC Musculoskelet Disord. 2020 [PMID:33023578]
8)JAMA. 2013[PMID:24065013]
9)Cochrane Database Syst Rev. 2016 [PMID:27103611]
10)NICE. Osteoarthritis:care and management. 2014.

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