医学界新聞

寄稿 小島 太郎

2020.10.12



【寄稿】

高齢者に対する薬剤の適正使用のために

小島 太郎(東京大学医学部附属病院老年病科 講師)


 高齢者は高血圧や糖尿病,骨粗鬆症など,中年期からの生活習慣病に加え,心不全や動脈硬化性疾患,骨関節疾患,がんなどの複数の慢性疾患を合併することがある。どの疾患も治癒することが少ないため,疾患数は増加しやすい。慢性疾患が蓄積すると処方される薬剤も増える傾向にある。一般に複数の薬剤を飲んでいる状態を「多剤服用」と呼び,この多剤服用患者のうち,有害事象がすでに起きている,あるいは起きやすい状態を「ポリファーマシー」と呼ぶ1)。また,薬剤が増える要因は薬物治療が推奨されやすい便秘や不眠,疼痛など老年症候群と呼ばれる症状も影響する。

薬物有害事象の発生リスク低減のためにまずは処方の見直しを

 薬剤は病状の改善のために必要なものであるとはいえ,多数になると良いことばかりではない。高齢者,特に入院患者における薬物有害事象は,図1に示すように約10%程度と報告され2),6種類以上服用する患者においては有意に有害事象発生率の増加を認めた。そのため,特に6種類以上処方されている場合はポリファーマシーのハイリスクと考えるのが妥当である。6種類以上の薬を服用する患者では,薬物相互作用を有する薬の組み合わせとなるリスクや,副作用などの薬物有害事象に遭遇しやすいリスク,飲み忘れや飲み間違いによる服薬アドヒアランスの低下など,服薬によるメリットの低下だけでなくデメリットの上昇も考えられる。他にも複数の降圧薬を服用することで血圧が下がり過ぎてしまうなど,同系統薬の複数処方による効き過ぎが起こることもあり,ポリファーマシー患者によって注意すべき点は異なる。すなわちポリファーマシーを防ぐための画一的な方法は,残念ながら存在しない。

図1 ポリファーマシーと薬物有害事象の関連(文献2をもとに作成)
1995~2010年において東大病院老年病科に入院した65歳以上の患者2412人を対象に,薬剤数と有害事象発生率の関連を解析した。6種類以上で有害事象発症のリスクが特に増加することが示唆される。
*:P<0.05,vs.5剤以下

 とはいえまず必要なステップは,高齢者の処方薬を一度全て見直すことである。一般に,後期高齢者に対する薬剤の有効性に関するエビデンスは少なく,フレイルや要介護状態,認知症を有する患者を対象としたエビデンスはほとんど存在しない。そうした現状もあり,さまざまな薬剤が若年者のエビデンスに基づいて処方されている。個々の薬剤が本当に有効であるのか,他の選択肢はないか,検討の余地は十分あるだろう。処方薬の見直しに関する具体的な方法は,日本老年医学会が発刊した『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』3)に記載されている。ぜひ参照されたい。

慎重な投与を要する薬剤 PIMを意識する

 上述のガイドラインには,特に慎重な投与を要する薬剤であるPIM(Potentially Inappropriate Medication)に関する記載がある。このPIMの使用を可能な限り避けたり,減薬・減量を行ったりすることが薬物有害事象を回避するのに有用である。PIMに該当する薬剤を列挙すると,例えばふらつき・転倒,認知機能低下などの有害事象を引き起こすベンゾジアゼピン系睡眠薬や,上部消化管出血,腎機能低下を引き起こすNSAID(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)をはじめとする鎮痛薬,さらには低血糖のリスクを有するスルホニル尿素薬などが含まれる。これらの薬剤はどれも効果は十分な薬剤である一方,とりわけフレイルや要介護状態,認知症などを有する高齢患者ではリスクが高く,可能な限り安全性の高い薬剤への変更あるいは減量・中止を考慮したい。使用する場合にはリスクに関して十分な説明を行い,継続的に有害事象の有無を確認することが重要である。

 この他,服薬アドヒアランスの悪い患者にも注意を払いたい。こうした患者に対しては内服可能な方法を模索し,服薬回数を減らして服薬の負担を減らす,あるいは介護者が確認可能な時間に限定して服薬させるなど,できる限りの処方体制の見直しに取り組む必要がある。病状の改善のためには継続的な薬物療法が必要不可欠であるが,ポリファーマシー患者では安全性への継続的な配慮も求められる。

OveruseとUnderuseについて考える

 一方で,PIMに該当しない薬剤に対しても処方を見直す必要がある。それは薬剤のOveruseとUnderuseについて考えることである。Overuseとは使用の必要性が低いにもかかわらず過剰に薬が使用されている状態であり,Underuseとは使用の必要性が高いにもかかわらず使用されていない状態を指す。

 Overuseが起きる場合としては,過去に必要であった薬剤が漫然と何年も継続され,処方理由がわからなくなってしまっているケース,腎機能低下等の臓器障害が新たに出現しているにもかかわらず減量せずに使用されているケースなど,さまざまな原因が考えられる。特にPIMのOveruseは避けるべきであり,入院中に一時的に見られた不眠のために処方された睡眠薬が退院後も続けられる,あるいは一時的に認められたせん妄のために処方された抗精神病薬が退院後も続けられるなどは珍しいことではない。

 Underuseも高齢患者では重要な問題である。多剤になりがちであるために必要な薬剤の処方控えが起きたり,そもそも予後に影響を与えるような疾患が未診断なケースもあったりする。COPDや骨粗鬆症などは呼吸不全や骨折のリスクでありながら,診断のために必要な検査がされないこともある。Underuseで特に問題になるのは,疾患に対し処方すべき薬剤が処方されていないPPO(Potentially Prescribing Omission)の状態である。前述のガイドラインにはPPOがリスト化されているため,Underuseのスクリーニングに際し確認をしてもらいたい3)

 高齢患者に対する薬剤の使用法は,若年者と異なり多大な配慮や注意が必要である。疾患を十分に治療できているかどうかだけでなく,特にPIMやOveruse,Underuseなどへの配慮が求められる。疾患の治療に対しては処方が必要であったとしても,特にフレイルや要介護状態,認知症を有する患者では予後が限られていることも多く,処方された薬剤に期待されるメリットが得られないことも多い。図2のように厚労省も薬の見直しに関する指針を出している1)。若年者であれば豊富なエビデンスがあり有用性の高い薬でも,高齢患者では減薬・減量を検討できないか,常に見直しを行う習慣を身につけていただきたい。

図2 処方見直しのプロセス(文献1をもとに作成)(クリックで拡大)

参考文献・URL
1)厚労省.高齢者の医薬品適正使用の指針――総論編.2018.
2)Geriatr Gerontol Int. 2012[PMID:22998384]
3)日本老年医学会(編).高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015.メジカルビュー社;2015.


こじま・たろう氏
1997年東大医学部卒。国立国際医療センター(当時)循環器科,東大病院老年病科での勤務を経て,2007年より宮内庁侍従職。18年より現職およびHip Fracture Board室長。専門は老年医学,特に高齢者の薬物療法。

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