医学界新聞

インタビュー 小川 朝生

2020.09.28



【interview】

DELTAプログラムで見直すせん妄ケア

小川 朝生氏(国立がん研究センター先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野長/同センター東病院精神腫瘍科長)に聞く


 高齢化が進む近年,急性期の病院ではせん妄のリスク因子を持つ患者が増加している。2020年の診療報酬改定では急性期病院を対象とした「せん妄ハイリスク患者ケア加算」が追加された1)。本加算の策定に当たっては,多職種せん妄対策・教育を目的とするDELTA(DELirium Team Approach)プログラムがベースとなっている。同プログラムを開発した小川朝生氏に,診療報酬改定により起こる現場の変化や,せん妄ケアを行う看護師に求められる実践とその教育について聞いた。


――せん妄ハイリスク患者ケア加算によって看護現場ではどのような変化が起こると考えていますか。

小川 以前からせん妄対策を行う看護師はもちろん,せん妄対策に二の足を踏んでいた看護師にとっても追い風となるでしょう。これまで病院が組織立ってせん妄対策に取り組むには,チェックリストの確認が増えることによる看護師の負担増などの問題が無視できませんでした。今回の診療報酬改定は,看護師がせん妄ケアに積極的に取り組む後押しになると期待しています。

せん妄は精神的な問題ではなく身体的な問題

――医療安全を重視したせん妄対策が現在,多くの病院で行われています。せん妄対策について小川先生はどのような点に問題意識をお持ちですか。

小川 せん妄の予防や早期発見・対応を看護師が十分に行えていないことです。

 従来,日本のせん妄対策では,転倒・転落を防ぐ医療安全面での環境整備や患者の興奮を鎮めるための声掛けなど,「せん妄になってしまった後の問題行動への対処」が中心でした。一方海外では,せん妄ケアは予防こそが最も効果的であると1990年代から言われており,せん妄予防の効果を示す経験やエビデンスが蓄積されています2)。それに対し日本では,せん妄の起こりやすいリスク因子に対する予防的なケアと,定期的なアセスメントによる早期発見・対応への理解が今なお不足していると言わざるを得ません。

――つまり,せん妄対策に取り組むためにまずはせん妄に対する認識のアップデートが必要ということですね。

小川 はい。せん妄とは意識障害であり,身体の問題だと認識することが大切です。せん妄は身体的な問題から引き起こされる症状であるにもかかわらず,症状だけを見て精神的な問題だと決めつけてしまうケースが多くあります。そのため「せん妄への対処法は,不穏の患者を寝かせるだけ」「身体拘束をするしかない」などの誤解が生じているのが現状です。

 今回の診療報酬改定を機に,特に急性期病院において,身体的な問題に目を向けたせん妄ケアが行われることを願っています。

リスク因子を知ることでケアに生かす

――急性期病院で高齢者がせん妄を発症する主な原因は何ですか。

小川 不適切な薬剤処方と,不十分な症状の評価が考えられます。せん妄の原因が薬剤であるケースは,数ある発症原因の中でも約3割を占めています3, 4)。患者の不眠時におけるゾルピデムなどの超短時間作用型睡眠薬の処方や,ベンゾジアゼピン系薬のクリニカルパスへの導入によってせん妄が引き起こされているケースは珍しくありません。

 また,脱水や痛みなど患者の症状に対しては,看護師による予防と早期発見・対応が不可欠です。せん妄への理解を深めることで,リスク因子を見逃さずとらえることができます。

――せん妄が起こるメカニズムと原因を踏まえて,看護師に期待される役割は何でしょう。

小川 多職種によるコミュニケーションを取り持つことです。薬剤選択の相談時や投薬の指示決定時には医師との話し合いが大切です。

――薬剤師との連携も重要になりそうです。

小川 その通りです。薬剤師とのかかわりとしては,薬を使用した患者の睡眠リズム等の変化をフィードバックしたり,患者とのコミュニケーションの橋渡しをしたりする役割を担うと良いでしょう。患者を24時間モニターしていて異変に気付きやすい看護師こそ,せん妄ケアの要となる存在なのです。

DELTAプログラムでそろえる「せん妄を見る目線」

――患者の症状を見逃さないために,組織全体で行えることは何ですか。

小川 「せん妄とは何か」という基礎的な教育と情報共有です。どのような状態をせん妄と呼ぶのかなど,「ケアの目線」は看護師の間でそろっているでしょうか。患者の容体に異変を感じて医師や他の看護師に「せん妄かもしれない」と伝えても,同意を得られず介入が遅れたりせん妄を見逃したりする場面もあるでしょう。

 せん妄に対する理解が不十分だと,チェックリストにマークを付けることだけが目的となってしまいます。確かにチェックリストの活用は大切です。しかし,その目的やケアの意識を共有するための教育も欠かせません。

――そのような問題を解決するため,小川先生は2011年にDELTAプログラムを開発されました。今般の診療報酬改定でもDELTAプログラム記載のチェックリスト(5)の使用が推奨されています。

 せん妄ハイリスク患者ケア加算にかかわるチェックリスト(文献5より改変)

小川 「せん妄ケアについて看護師の教育が足りていない。この教育に掛かる負担を少しでも減らして,病棟チームと多職種チームがより深い連携を組むことはできないか」。そう考えて臨床研究を始めたことが,DELTAプログラム開発のきっかけです。この臨床研究は2016年にAMEDで採択されました。

――小川先生の所属する施設では,せん妄対策にかかわる看護師の教育にどのような工夫をしていますか。

小川 当院ではDELTAプログラムを用いた講義を行っています。また,新人看護師が夜勤に入る6月前後に模擬患者による動画を見せて,せん妄で現れる注意すべき症状のポイントを視覚的に伝えるよう工夫しています。リアルな事例を共有することで,せん妄に対する曖昧な理解を標準化できています。

表現されにくい痛みにいかにして気付くか

小川 忘れてはならないのが,せん妄予防は基本的なケアの連続ということです。例えば「高齢者に水を摂取するよう促す」「痛みに注意する」などです。しかし,中には知っている,ケアをしているつもりでも気付けていない症状もあります。

 代表例は,せん妄を誘発する最悪の因子と言われる「痛み」です。海外では本人が言えない痛みに気付き取り除くことがせん妄ケアの一つとされていますが,日本では見逃されやすい項目となっています。

――なぜ痛みが見逃されるのですか。

小川 認知症の人や高齢者は痛みをうまく訴えられません。そのため患者の自己申告による痛みの評価スケールだけに頼ると,患者の痛みに気付けないことがあります。このギャップを埋めるために求められるのが,客観的な評価です。

――チェックリスト()の中にも「痛みの客観的評価の併用」という項目があります。どのような点に注目して評価を行えば良いでしょう。

小川 評価を見直すために,まず注目するのは表情,行動そして自律神経反応の3点です。「表情」は,顔をしかめる・唸る・泣くなどわかりやすい指針です。一方で,「行動」は注意が必要です。例えば院内でよく見られる,ベッドの柵や車いすの手すりを握りしめて離さない患者の行動をケアへの抵抗ととらえてしまう看護師もいるかもしれません。しかし握りしめる行為は何かに身構えている,あるいは怖いという感情の表現でもあるのです。

 本人の自覚症状を直接聞くだけでなく,患者の様子から「苦痛があるかもしれない」とその徴候を察知したら,客観的な評価を実施することが求められます。

――DELTAプログラムは,急性期病院で働く多くの看護師がせん妄ケアのスキルを高めるきっかけとなりそうです。

小川 専門家だけでなく一般病棟の幅広い領域を担う看護師が,「せん妄ケアは予防が大切」との認識をもう一歩深められれば,せん妄患者を減らすことができます。

 急性期の病院においてせん妄への介入は必須です。DELTAプログラムを用いてせん妄予防を継続することで,夜勤負担の軽減や転倒・転落の減少など目に見える効果を実感できるでしょう。「やってよかった」と思える日が必ずや訪れます。

(了)

参考文献・URL
1)厚労省.令和2年度診療報酬改定の概要.2020.
2)JAMA Intern Med. 2015[PMID:25643002]
3)Arch Intern Med. 2000[PMID:11025781]
4)Best Pract Res Clin Anaesthesiol. 2012[PMID:23040281]
5)厚労省.診療報酬の算定方法の制定等に伴う実施上の留意事項について――別紙様式7の3.2020.


おがわ・あさお氏
1999年阪大医学部卒業後,同大病院神経科・精神科にて研修。2004年より大阪医療センター神経科,07年に国立がんセンター東病院(当時)精神腫瘍科。その後同院臨床開発センター精神腫瘍学開発部心理社会科学室長を経て,12年より同院精神腫瘍科長。15年より国立がん研究センター先端医療開発センター精神腫瘍開発分野長兼務。専門は精神腫瘍学と認知症。『あなたの患者さん,認知症かもしれません』『DELTAプログラムによるせん妄対策』(いずれも医学書院)など著書多数。

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