医学界新聞

一歩進んだ臨床判断

連載 谷崎 隆太郎

2020.06.22



一歩進んだ臨床判断

外来・病棟などあらゆる場面で遭遇する機会の多い感染症を中心に,明日からの診療とケアに使える実践的な思考回路とスキルを磨きましょう。

[第12回](最終回)多様な性と性感染症

谷崎 隆太郎(市立伊勢総合病院 内科・総合診療科副部長)


前回よりつづく

こんな時どう考える?

 23歳の男性が原因不明の発熱,皮疹にて入院した。既往歴にB型肝炎治療歴がある。担当医が性感染症を疑い各種検査を行ったところ,梅毒と診断された。カルテには「性交渉の相手は男性で,不特定多数のパートナーがいる」と記載されている。この患者さんのケアで知っておくべきことはなんだろうか?

性的マイノリティと呼ばれる人たち

 皆さんは,性別にもマジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)が存在することをご存じでしょうか? 例えば,レズビアン,ゲイ,バイセクシュアル,トランスジェンダーの頭文字をとったLGBTという言葉が有名ですが,性的マイノリティの中にはLGBT以外の人たちもいて,ここを理解するには一定の知識が必要です。

 性について学ぶ際には,まずは「体の性」「心の性」「好きになる性」に分けて考えることから始めましょう。私たちは一般に,体の性と心の性が一致していて,好きになる性が違う人のことを,「男性」「女性」と呼んでいるかと思います。心の性のことを性自認(gender identity)と呼びますが,体と心の性が一致しない人たちはトランスジェンダーと呼ばれます。そして,心の性と好きになる性が一致している人たちがレズビアン,ゲイであり,バイセクシュアルは,心と体の性に関係なく,好きになる性が男性と女性両方であることを指します。ちなみに,この好きになる性のことを性指向(sexual orientation)と呼びます。

 どうでしょうか? 一言でLGBTと言ってもその実はかなりの多様性があることがわかるかと思います。この3つの分類に加え,性表現(自身の外見や振る舞いを表現する性)を加えることによって,その人の性をより詳しく説明することができます。

 さらに,性自認の中には「男女どちらでもある」「男女どちらでもない」「またはその中間(Xジェンダー)」があり,性指向の中には「好きになる性がない(asexual)」というのもあります。また,そもそも自分の性がわからない人(questioning)もいます。最近では,性とは男か女かの二元論で語られるものではなく,どちらかというと「私は男60%,女40%」のような感じでグラデーションを持つものであり,人間の数だけ性の数があるとも考えられています(性の種類にはグラデーションがあることを示す,文献1の「セクシュアリティーマップ」をぜひ参照してください)。

■備えておきたい思考回路
自分の価値観で相手の性を決めつけずに,まずは「体の性」「心の性」「好きになる性」に分けて考えてみる!

LGBTの人が抱える健康問題について

 ところで,LGBTの人たちは,ごく一部のまれな集団なのでしょうか? 皆さんの周囲でLGBTの人は実際にいるのでしょうか……?

 2018年に行われた電通ダイバーシティ・ラボによる全国調査では,LGBT層は全体の約9%だったとの報告があります1)。日本ではAB型の人や左利きの人がそれぞれ10%程度いますので,もしあなたの知り合いにAB型の人や左利きの人がいるのであれば,きっとLGBTの人もいるはずなのです(ちなみに筆者もAB型かつ左利きというマイノリティです)。しかし,LGBTはまだまだ偏見や差別の対象にされることが多く,自分からなかなか言い出せなかったりと,その存在が隠れがちです。特に,閉鎖的・保守的な地域では,カミングアウトすることで社会的に孤立するのではないか,という不安から余計に言い出せないのかもしれません。

 なお,セクシュアルマイノリティの人たちは自殺企図のリスクが6倍多いとのデータもあり2),医療従事者として見逃せないメンタルヘルスの問題も抱えています。また,性感染症のリスクが高く,特に肛門性交において挿入される側は,性行為のさまざまな形態の中で最も感染リスクが高いとされています3)。肛門性交は主に男性と性交渉する男性(men who have sex with men:MSM)の間で行われる性行為の形態であり(もちろん異性間でもありますが),MSMの方は性感染症のハイリスクグループと考えられています4)

■備えておきたい思考回路
LGBTの人は自分の周りにもきっといる。性感染症やメンタルヘルス,社会からの差別・偏見などさまざまな問題を抱えている。

性感染症の臨床症状と患者に聴取する際のポイント

 性感染症に罹患すると性器に症状が出現すると思いがちですが,中には咽頭痛や皮膚症状など性器外に症状を来す疾患も多いため(5),泌尿器科や婦人科だけでなく,内科や皮膚科を受診することもあります。また,性感染症は感染しても無症状であったり,同時に複数の性感染症を罹患していたりすることもありますので,1つの性感染症を診断したら必ず他の性感染症のスクリーニングも行います。

 主な性感染症の性器外症状(文献5,p.19より一部改変)(クリックで拡大)

 これらの診療の際に重要なのが性交渉歴であり,最後に性交渉をした日やその相手,性行為の方法など細かく聴取する必要があります。先に述べた通り,例えば体の性が男性だからといって性交渉の相手が女性とは限りませんので,性交渉歴を聴取する時に「性交渉の相手は異性のはずだ」とこちらの価値観で決めつけずに,「性交渉のパートナーは男性ですか? 女性ですか? 両方ですか?」と聴取するほうが正確な情報を得られることは覚えておきましょう。

 性交渉歴は,ただでさえプライベートな質問である上に,もし患者がLGBTであり医療者から偏見の目を感じたとしたら,なかなか本当のことを話してくれないかもしれません。一方で,患者さんに性に関する質問をしたら拒否されるのではないか,と私たちが過度に心配する必要はありません。医療者が考えている以上に,LGBTの患者さん自身は尋ねられれば答える方が多いとの報告もあります6)。他の患者さんに接する時と同じように,「診療上必要な情報なので」と淡々と情報収集することに努めましょう。

■備えておきたい思考回路
性器外症状を呈する性感染症もある。性交渉歴を聴取する際には臆せず,必要な情報を細かく聴取する。

LGBTの方に理解を示すALLY

 アライとは,「ALLY=味方,同盟」を意味する言葉で,LGBT当事者たちの存在を認め,不安や迷いに寄り添える人のことを指します。LGBTの人たちの中には,誰がLGBTに理解があって,誰が偏見を持っているのかがわからない状態で日常を過ごしている人も多く,さまざまな場面でストレスにさらされ続けていることと思います。であれば,LGBT当事者を含む周りの理解ある人たちが,さりげなくALLYであることをアピールしていれば良いだけの話ですので,筆者は普段から名札に6色のALLYバッジ(写真)を付け,さりげないアピールを続けています。

写真 ALLYバッジ

 さて,冒頭のMSMの患者さんは,性感染症のリスクが高いこと以外にケアを提供する上で特別なことはないため,他の性感染症の検査やパートナーの検査・治療が必要であることや,性感染症予防のためのコンドームの正しい使用方法などを確認し,いつも通り発熱や皮疹のケアに当たりました。

今日のまとめメモ

 患者さんのケアに,その人がLGBTかどうかはあまり問題ではありません。そこには,病に苦しみケアを必要とする1人の患者さんが存在するだけなのです。LGBTへの差別や偏見は,適切な教育で確実に減らすことができますが,残念ながら医療者の無理解がLGBTの患者さんを苦しめている事実もいまだ散見されます。LGBTに限らず,医療機関にはさまざまなマイノリティの方々が訪れますので,医療者としては「ま,いろんな人がいるよね」と考える寛容さを持ち合わせておきたいところです。

(了)

参考文献・URL
1)電通ダイバーシティ・ラボ.LGBT調査2018.2018.
2)Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol. 2008[PMID:18488128]
3)MMWR Recomm Rep. 2003[PMID:12875251]
4)N Engl J Med. 2020[PMID:32433838]
5)谷崎隆太郎.ジェネラリストのための性感染症入門.文光堂;2018.
6)JAMA Intern Med. 2017[PMID:28437523]

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