医学界新聞


CUPSOUPで考える説明の型

インタビュー 天野 雅之

2020.06.08



【interview】

「あたたかい病状説明」を患者さんに
CUPSOUPで考える説明の型

天野 雅之氏(南奈良総合医療センター総合診療科)に聞く


 「説明がどうしても長くなってしまう」「伝えたはずなのにうまく伝わっていない」「伝え方が悪く患者とトラブルになってしまった」――。効果的な病状説明は,健康問題の全体像を俯瞰的に見た上で,その説明の果たすべき役割を戦略的に位置付けてから実行することが大切とされている。しかし,それは臨床経験の少ない研修医にとって容易ではなく,上述のような困りごとを抱く研修医も多いのではないだろうか。

 総合診療医としての経験に経営学の視点を盛り込んだ病状説明の実践的な教科書『病状説明――ケースで学ぶハートとスキル』(医学書院)を執筆した天野氏は,書籍の中で病状説明の型を身につけることが重要と説く。今回は氏がめざすべきと語る「あたたかい病状説明」について聞いた。


―― 一見,誰もが当たり前のように身につけている病状説明の意義と重要性について,先生はどのようにとらえているのですか。

天野 病状説明とは,相手との話し合いを通じて診療戦略を共に創り上げるプロセスだと考えています。患者さんに限らず「診療プロセスにかかわる全ての人」が病状説明の対象です。医師が練り上げた戦略の原案を患者さんも含めた多職種チームで検討し,現実に沿う形で適用できるようにするための,地味ながらも最高にクリエイティブな過程だと思っています。

――ともすると単なる説明とされかねない病状説明には,診療の根幹ともなる奥深さがあるのですね。先生は研修医時代から病状説明を重視していたのですか。

天野 いえいえ。指導医の後ろに座り,後でカルテに書けるよう説明内容をメモする程度の普通の研修医でした。先輩から「説明方法は見て学べ」と言われていたので,何をどのように伝えているのかを意識的に見ていましたが,当時は「病気のことをわかりやすく丁寧に説明すればよい」という程度の認識でした。

――何か考えが変わるきっかけがあったのでしょうか。

天野 卒後3年目の4月に退院前の説明を任されて入院経過や病態生理を懇切丁寧に説明したのですが,退院日の決定に1時間以上も要し,患者さんにも病院スタッフにも迷惑を掛けてしまったのです。明確な目的を持って説明に臨む大切さを痛感し,病状説明にこだわるようになりました。さらに,家庭医療専門研修やビジネススクールでコミュニケーション,認知科学,マネジメント手法などに出合い,ますます病状説明の重要性を認識するようになったのです。

臨床実習と臨床現場のギャップ

―― 一人前になる上で避けては通れない病状説明の方法は,医学部の臨床実習ではどのように教わるのでしょうか。

天野 臨床実習では病状説明について一通りの知識を学びます。そこでは問診から情報を引き出す方法や,相手が不安を口にした時の返答,インフォームドコンセントの取得の仕方などについて練習を積みます。しかし,現状をわかりやすく伝え,相手の状況を踏まえて方針を決めていくための実地訓練や方法論を知る機会は少ないのが実状です。

――すると,研修医として臨床現場に出た時に,医学部で学んだ病状説明の方法とのギャップを感じてしまうのではないでしょうか。

天野 その通りです。確かに研修医の問診技術やアセスメント能力は以前と比較にならないほど向上しています。しかし,診察結果を説明して方針を決める段階になると,学んできたことと現場で実際にすることのギャップが大きく,戸惑ってしまいます。

――正解がわからない中で病状説明を行えば,研修医自身はうまく説明したつもりでも実は良くない説明だった,ということがありそうです。研修医が陥りやすい失敗例は何でしょう。

天野 多く見られるのが,前述の私のように医学的に正しいことだけを伝えて相手を説得しようとすることです。患者さんを助けたいとの責任感や使命感のために,無意識のうちに上から目線になってしまう。そして患者さんも腑に落ちないまま説明を受けることになり,患者―医師関係がうまくいかず患者満足度も低くなってしまうのです。患者さんが抱く思いや,その背景にある生活や物事のとらえ方に目を向ける必要があります。

説明の型を身につけて「あたたかい病状説明」をめざす

――研修医はどのような病状説明をめざすべきでしょうか。

天野 患者さんもチームの一員として一緒に進んで行こうという気概に溢れる 「あたたかい病状説明」をめざしてほしいです。

――「あたたかい」,ですか。

天野 そうです。不確実性の高い臨床現場では今後の治療の方向性が見えにくく,相手と共にそれを創り上げる姿勢が必要です。そしてそのためには,かかわる全ての人が心理的安全や安心・納得を感じられるような「あたたかさ」が必要だと考えています。

――臨床経験の少ない研修医がいざ身につけるのは簡単ではないと思います。実践に移す上で押さえたいポイントは何ですか。

天野 「事前準備を行う」と「同じ手順で説明する」という基本の繰り返しです。こうした基本を身につける際,ビジネススクールでは「型(フレームワーク)」を使うことが多いので,私はそこに家庭医療学の視点を盛り込んだ「CUPSOUP」モデル()を考案しました。これは病状説明の土台をどのように整え(CUP),進めていくか(SOUP)を示したものです。このような説明の型を身につけることが「あたたかい病状説明」への近道となります。

 CUPSOUPの内容(『病状説明――ケースで学ぶハートとスキル』5頁より作成)

――「CUPSOUP」に基づいて病状説明をする場合,具体的にどのような説明を行うのでしょうか。

天野 次のような入院説明のケースから見てみましょう。

CASE 42歳女性。夫と小さい子どもの3人暮らし。糖尿病でインスリン治療中。高熱と悪寒戦慄でERを1人で受診し,腎盂腎炎と診断された。研修医は安全性を考慮し,入院が必要と判断した。ショック状態ではなく,ERは空いている。

天野 まずは「CUP」で病状説明の土台を整えます。

C:静かな説明部屋を確保しつつ,説明に使える時間を見積もる。
U:血糖管理と抗菌薬が必要な腎盂腎炎に対して通院か入院かという治療場所を決めるための説明を行い,研修医が説明を担当する方針を決める。
P:夫の同席を提案し,また,本人が医学に詳しくない一般的な主婦で子どもの世話を心配していることを把握する。

天野 続く「SOUP」では,以下のように病状説明を進めていきます。

S:夫に自己紹介し,相手の心配事を聞き,腎盂腎炎という見立てを説明する。
O:通院か入院という選択肢があり,安全性など医師の考える評価項目で考えると「入院を推奨する」と伝える。
U:子どもの世話など相手の考える評価項目を引き出し,評価項目の優先順位を対話で決める。チームとして安全性を優先するとなれば入院という方針が決まる。
P:治療概要を改めて説明し,入院手続きを案内する。

天野 このように,説明の型で整理することで,病状説明の一連の流れがわかりやすくなります。

――フレームワーク以外にも病状説明に生かせる分野があれば教えてください。

天野 デザインはとても重要だと考えます。例えば説明中にわかりやすい図や絵を描いたり,読みやすいパンフレットを用いたりすることで伝わりやすくなります。また,デザインを大局的にとらえれば「相手が心地よく過ごせる仕組みづくり」にもなり,その哲学は病状説明にも強く生きてくるのです。

――最後に,研修医に向けてメッセージをお願いします。

天野 医療現場の問題の多くは正解がありません。高い不確実性の下で診療を進めるには相手とよく話し合い,未来を一緒に創り上げる「共創」の姿勢が大切です。またオンライン診療の拡充や働き方改革に伴う他職種へのタスクシフトによって,医師の仕事におけるコミュニケーションの重要性は増しています。この流れを踏まえると,病状説明の重要性は今後もますます高まるでしょう。ぜひ,基本的な説明の型を身につけて「あたたかい病状説明」を実践してください。

(了)


あまの・まさゆき氏
2012年自治医大卒。16年より現職。同院の臨床研修プログラムを立案し,18年より同院教育研修センターおよび19年より野迫川村国民健康保険診療所長兼務。MBA取得をめざして名商大ビジネススクールにも在籍中。日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医・指導医。近著に『病状説明――ケースで学ぶハートとスキル』(医学書院)。20年6月より『総合診療』誌(医学書院)で「“コミュ力”増強! 『医療文書』書きカタログ」連載を開始。

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