医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 角甲 純

2020.04.27



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
がん患者のせん妄対策,看護師の役割は

【今回の回答者】角甲 純(広島大学大学院医系科学研究科 老年・がん看護開発学 助教)


 せん妄は,身体的な要因によって生じる意識障害です。せん妄有病率はがん患者に高く,高齢進行がん患者の40%1),死亡前には88%2)に認めたという報告があります。

 認知機能の低下や入院の長期化,死亡率の上昇など大きな影響をもたらすせん妄への対応には,予防的介入と治療的介入の大きく2つがあります。それぞれのアプローチとして,ケアを中心とした非薬物療法と薬物療法の取り組みがあります。

 せん妄予防のケアの基本は発症予防,早期発見・対応による重症化予防であり,日々患者の近くでケアをする看護師にできることがたくさんあります。そこで今回は,がん患者のせん妄対策として看護師が果たす役割について,最近のエビデンスと共に考えたいと思います。


■FAQ1

 非薬物療法にはさまざまな介入方法があります。せん妄に対する複合的非薬物療法には,どのような効果が認められますか?

 せん妄は単一の要因によって発症することはまれで,むしろ多因子の相互作用によって発症すると言われています。こうした背景から,せん妄の危険因子を減らすことがせん妄の発症予防には重要と考えられています。

 複合的非薬物療法は,Inouyeらが開発したHELP(The Hospital Elder Life Program)が有名です3)。総合病院に入院した高齢者852人を対象とした本研究において,せん妄の危険因子を減らすことを目的とした介入群(n=426)では,①認知機能,②睡眠,③運動・離床,④視覚,⑤聴覚,⑥脱水に対する支援が行われ,コントロール群(n=426)は通常ケアが提供されました。その結果,介入群のせん妄発症率は9.9%,コントロール群のせん妄発症率は15.0%と,せん妄予防に対するHELPの有効性が示されました。

 その後,多くのせん妄予防に対する複合的非薬物療法が開発されてきました。無作為化比較試験を中心とした質の高い研究4件を統合し,2015年に報告されたメタアナリシスによると,せん妄発症率が44%減少したとの報告がなされています4)

 また,最近のレビュー論文5)によると,複合的非薬物療法のケア提供者の多くは看護師であったと報告されており,せん妄対策における看護師の果たす役割の重要性が読み取れます。その一方で,せん妄に対する複合的非薬物療法の普及に関しては十分でないことを,Inouyeは指摘しています6)。今後は,医療現場での普及をめざした,複合的非薬物療法のプログラムの見直しが必要になってくると考えられます。

Answer…複合的非薬物療法はせん妄の発症予防に効果が期待でき,看護師はそのケア提供者として中心的な役割を担います。一方で,普及・実装については,今後の課題と言えるでしょう。

■FAQ2

 適切なケアによってせん妄予防が期待できるものの,せん妄に気付いた際の対応方法に同じチーム内でもばらつきが生じることがあります。看護師の果たす役割の大きいせん妄対策を院内で効果的に広げていくために,どのような教育が必要でしょうか?

 病院内外ではせん妄対策にかかわらず,症状緩和など看護師を対象とした教育研修会が行われていると思います。研修会で得た学びを臨床実践で活用することで,研修会の参加による教育の意義を実感する場面も多いのではないでしょうか。

 せん妄対策のスタッフ教育を含むプログラムについて,国内ではDELTA(DELirium Team Approach)プログラムが注目され,多くの医療機関で実施されています。DELTAプログラムは,国立がん研究センターが主導するせん妄の予防・治療を含めた対応プログラムで,90分の教育セッションを基本とした教育プログラムと運用プログラムから構成されています。詳細は『DELTAプログラムによるせん妄対策』(医学書院,2019年)をご参照ください。このDELTAプログラムについて小川らは,運用開始前6か月間のデータ(n=4180)と,運用開始後6か月間のデータ(n=3797)を比較する前後比較試験を行いました7)。その結果,せん妄の発症率が運用前7.1%であったのに対し,運用後4.3%に有意に減少したと報告しています。また,現在,DELTAプログラムの臨床試験(UMIN000030062)が行われており,今後の普及・実装に期待がかかります。

 DELTAプログラムが作られた背景として,①せん妄に気付くこと,②せん妄のケアがわかること,③多職種でコミュニケーションをとりやすくすること,が目標に挙げられました。自信を持ってせん妄と判断できること,その対応についてチームの動きがわかることは,看護師として求められる役割の認知につながり,結果的にその役割を果たす行動につながることが期待できると考えられます。この他にも,看護師教育によってせん妄に対する看護師の認識が変わり,せん妄の状況がより記録に反映されるようになったとの報告もあります8)。看護師の役割認知に働き掛けるような教育は,せん妄ケアの重要なポイントになると言えます。

Answer…看護師へのせん妄教育は,せん妄の発症率を下げることが期待できます。教育方法については,①せん妄に気付くこと,②せん妄のケアがわかること,③多職種でコミュニケーションをとりやすくすることを目標に,各職種の役割が認知できるような内容であることが求められるでしょう。

■FAQ3

 せん妄予防には患者さん家族の協力も考慮に入れてよいものでしょうか。また,せん妄発症リスクの高い患者さんに対する,ご家族の面会で気を付けたい点はありますか?

 せん妄リスクの高い患者さんや,せん妄状態の患者さんへの対応は,ときに家族が重要な役割を果たすことがあります。家族が側にいることで,実際に患者さんの表情が和らぐことを,看護師の皆さんは臨床で多く経験されているのではないでしょうか。家族は,患者さんの普段の状態を把握しているため,些細な変化に気付ける場合もあります。では,家族の役割はどの程度期待してよいものでしょうか。家族付き添いの有効性について,最近,次のような論文が報告されました。

 Rosaらは,36施設のICUにて,柔軟な家族面会時間に設定した群(最大12時間/日)と,通常の家族面会時間で設定した群(4.5時間未満/日)を,施設ごとに無作為に分けて比較する,クラスタークロスオーバー無作為化比較試験を行いました9)。クロスオーバーで行われていますので,柔軟な家族面会時間で設定した群と,通常の家族面会時間で対応した群は,試験の途中で入れ替わっています。

 結果として,一日の平均面会時間は,柔軟な家族面会時間で設定した群で有意に高かったにもかかわらず(4.8時間 vs. 1.4時間),ICU滞在中のせん妄発症率には有意差は見られませんでした。一方で,家族の不安や抑うつ,満足度については,柔軟な家族面会時間で設定した群のほうが,有意に良い結果となりました。

 家族が患者さんの側に長時間付き添ったとしても,せん妄の発症率は下がらないという結果は,臨床的感覚とあまり一致しない人もいるかもしれません。一方で,面会時間を柔軟に対応することで家族の精神的安寧を得ることは期待できそうです。しかし,長時間の面会は,負担となる場合があるかもしれません。実際,最大12時間の面会時間が許容されていたにもかかわらず,一日の平均面会時間は5時間程度でした。臨床では,ご家族の面会や付き添いに対する思いを聞きつつ対応するのがよいかもしれません。また,一般病棟や緩和ケア病棟では,異なる結果となる可能性があるので,解釈には注意が必要です。

Answer…ICUにおける柔軟な面会時間の設定は,せん妄発症率を下げることはないようです。しかし,家族の精神的安寧という側面では,良い効果が期待できるかもしれません。患者さんの家族にせん妄の知識をあらかじめ共有しておくことも,看護師のせん妄ケアに求められる役割と言えそうです。

■もう一言

 看護師はせん妄対策の中心的な役割を担っています。「いつもと違って何か変だな」という臨床での感覚を大切にすること,その感覚を他者と共有することは,せん妄の早期発見・早期対応につながります。また,意識として,せん妄の可能性を常に念頭に置くことは,せん妄を見逃さないために重要です。

 なお,近年のせん妄対策の進展を背景に,せん妄の認識を高め均てん化された適切なケアを提供するため,国内外で初めてとなるがん患者のせん妄ガイドラインが2019年に,日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の編集のもと出版されました。日本サイコオンコロジー学会ウェブサイト(https://jpos-society.org/guideline/delirium/)から閲覧可能ですので,ぜひご覧ください。

参考文献
1)Uchida M, et al. Jpn J Clin Oncol. 2015[PMID:26185141]
2)Lawlor PG, et al. Arch Intern Med. 2000[PMID:10737278]
3)Inouye SK, et al. N Engl J Med. 1999[PMID:10053175]
4)Hshieh TT, et al. JAMA Intern Med. 2015[PMID:25643002]
5)Hosie A, et al. Palliat Med. 2019[PMID:31250725]
6)Inouye SK. N Engl J Med. 2020[PMID:32023371]
7)Ogawa A, et al. Support Care Cancer. 2019[PMID:30014193]
8)Tabet N, et al. Age Ageing. 2005[PMID:15713859]
9)Rosa RG, et al. JAMA. 2019[PMID:31310297]


かこう・じゅん氏
2006年広島大医学部保健学科看護学専攻卒。12年東大大学院医学系研究科修士課程(がん看護専門看護師コース)修了,20年東京医歯大大学院医歯学総合研究科博士課程修了。13年にがん看護専門看護師資格を取得。国立がん研究センターなどの勤務を経て,18年より現職。

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