医学界新聞

寄稿 石川 源太,山口 典宏

2020.04.20



【寄稿】

新型コロナウイルス感染症
ニューヨークにおける対応と現在,希望の兆し

石川 源太(Mount Sinai Hospital呼吸器集中治療クリニカルフェロー)
山口 典宏(The Rockefeller Universityシステムがん生物学講師,同大学病院指導医)


 米国でも新型コロナウイルス感染が拡大しています。本稿執筆の4月3日現在,ニューヨーク(以下NY)州で11万3704人の感染が確認され,入院が必要な患者が1万5905人(うち4126人が集中治療室入室),3565人が亡くなられました。アンドリュー・クオモNY州知事は「我々は炭鉱のカナリアだ。今日のNYは明日の米国だ」と他州・世界に警鐘を鳴らしています。NY州とその医療システムのこの深刻な感染拡大への対応を理解することは,今後日本で起こりうる非常事態に冷静に対応する一助になると思われます。

 新型コロナウイルスは,2003年に中国で確認されたSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)ウイルスと近縁であり,気管・肺胞上皮細胞が持つACE2を機能的受容体として,SARSウイルス同様,主に下気道感染を引き起こします。致死率はSARS(9~12%)のそれに比べて低く,主に基礎疾患を持つ高齢者を中心に死亡例が増えています。「集団免疫」の概念から,今後多くの人が感染し免疫を獲得すれば自然終息が見込まれます。

 しかし,対策を講じなければ世界中で多くの人が亡くなる可能性が高く,ワクチンや特効薬がいまだに研究段階である中,致死率を下げるための重要な戦略は,「増加していく医療需要を満たす医療供給を行うこと」です。具体的には,①症例増加速度を鈍化させピーク時の医療需要を減らす,②医療供給を質量ともに増加させピーク時に備える,の2点に絞られます(ここまで文責=石川/山口)。

正確な状況把握と情報提供でピーク時の医療需要を減らす

 まずは,出来事の流れと行政や組織の長がとった対応の概略を理解していただくために,主な出来事を時系列で,NY州の症例数および死亡例数と併せてご紹介します(図1)。

図1 NY州での主な出来事(左)と症例数および死亡例数(クリックで拡大)
*1 本例は弁護士。NY最大のターミナル駅グランドセントラルを通勤で利用し,職場はマンハッタンの中心地ミッドタウン。職業柄,人と多く会い国内外の出張も多かった。また敬虔に信仰しており教会での人との密接なつながりも想定されたため,市民は“封じ込め”がもはや不可能に近いと悟り,買い占めに走る者が出たと考えられている。
*2 従来は筆者(山口)を含めた医師免許保持者にボランティアを依頼していたが,今回は一定の強制力を持った要請(これをビル・デブラシオNY市長はdraft:徴兵制と表現した)を軍人医師に行い,不足ならば文民医師にも行う可能性を示唆した。

 NY州ではRT-PCR検査数を増やし,正確な感染状況把握に努め,そしてピーク時の医療需要を統計モデルで予測し,日々アップデートしています。感染者数が他州に比べ著明に多いのも,これまでに28万3621件もの検査(4月3日現在)を行ってきたことに由来します。

 また,クオモ州知事が「悪いニュース」も含め連日市民に向けて報告していることも,州全体が来たるピークに向けて一致団結して準備を進める原動力になっています。市民は外出禁止令下でも比較的落ち着いて行動しており,許されている生活必需品の買い物や散歩でストレスを解消しています。Social distancingもよく受け入れられています。ただし,social distancingによる物理的距離拡大は心理的距離の拡大とも表裏一体で,私が歩いているとあからさまに2 m以上の距離をとられたり,「アジア人はもう少し離れてくれる?」と声を掛けられたりする事態も生じています(ここまで文責=山口)。

医療資源の確保とその最適化でピーク時の医療需要に備える

 NY州にはおよそ5万3000床の入院病床,3000床の集中治療室,7000台の人工呼吸器があります。これに対して新型コロナウイルス感染症のピーク時には,14万床の入院病床,4万床の集中治療室,3万台の人工呼吸器が必要になると統計モデルで推定されています。州は病院船や臨時病院建設に加え,各病院に50~100%の病床数の拡充を求めています。

 当院でもロビーや隣接するセントラルパーク内にも病床拡充を図っています(写真)。既存の集中治療室を新型コロナウイルス感染患者用に使用し,予定手術キャンセルに伴い使用されなくなった手術室や術後観察室を一般患者用集中治療室として代用しています。救急部以外ほとんど全ての外来診療をキャンセルし,特に新しくできた病棟や集中治療室には若手医師を配分し,病床増加に伴う人員確保を行っています。循環器内科医を集中治療チームに組み込み,外科医や放射線科医に中心静脈ライン挿入などを担当してもらう分担も始まりました。

写真 病床が拡充されたMount Sinai Hospitalのロビー

 症例が多く集まるのに対しマンパワーが少ない関連の市中病院群(これらが主にNY州の医療崩壊現場として世界に発信された)に対しては,比較的余裕のある大学病院本院から人員を派遣し,市中病院で溢れた患者を大学病院に転院させています。また,医療資源の地域差を少なくする目的で,NY市で診断された患者を200 km以上も北に離れた街に送る医療分担も始まりました。医療物資は州や連邦政府を通じて確保に乗り出すと同時に,1つの人工呼吸器を2人の患者さんに使用するsplitting-ventilatorsや,睡眠時無呼吸症候群用の在宅呼吸器を人工呼吸器として代用する試みも行われています。使用後N95マスクやフェースシールドなども,消毒して再利用が試みられています。

 医療従事者の安全管理と負担軽減も非常に重要視されています。新型コロナウイルス感染症患者に接する前にN95マスクのフィッティング(),安全管理講習(マスクやガウンの着脱方法など),人工呼吸器の取り扱いを含む集中治療領域の基礎コース受講が義務付けられています。また,週最低1~2日の休日が与えられ,医療従事者の疲弊,それに伴う感染リスクを極力防ぐスケジュールが組まれています。これも特定の専門科医師(集中治療医や呼吸器科医)だけに負担がかかるのを防ぐ目的があります。シフトには常にバックアップ医師が2人以上おり,体調不良時には気兼ねなく自宅療養できるシステムも構築されています。

 患者家族に対する電話などでの病状アップデートを担当医師の代わりに行う医師集団を構築し,第一線の負担軽減を積極的に図っているのも特筆すべき点でしょう。長期外出規制で精神的ストレスに苦しむ州民や過酷な条件下で働く医療従事者が,精神科医への電話診察を無料で受けられるシステム構築も進められています(ここまで文責=石川)。

NYにおける希望の兆し,日本の医療者へのメッセージ

 4月1日付でマサチューセッツ工科大から出たpre-print1)では既に増加速度の鈍化(flattening curve)が認められ,social distancingなどの対策の効果と解釈できます(図2)。これは,長い間良いニュースのなかったこの問題に関わる全ての人にとって,一筋の光明となり得ます。

図2 NY市における新型コロナウイルス感染症の推移(文献1より)
トランプ大統領が国家非常事態宣言を出して1週間後程度から増加速度の鈍化がみられ,指数関数的増加から一次関数的増加に転じた。この傾向は本稿執筆時点の4月3日でも続いている。ただし,本報告は査読前なので内容の完全なる正確性に関しては留保が必要。

 以上,到来が予想される医療需要のピークに対して,NY州や病院がどのように対応しているかを報告させていただきました。日本でも今後感染の爆発的拡大が起こる可能性は十分考えられます。しかし,正確な状況把握のもとに冷静に対策を講じていけば,必ずや乗り越えられる壁であると確信しています(ここまで文責=石川/山口)。

:Respiratory fit testing。米労働省はN95マスクを職務上使用する者に簡易的人工呼吸器のリークチェック機能を用いたfit testを義務付けている。詳細は下記URLを参照。
https://www.osha.gov/video/respiratory_protection/fittesting_transcript.html

参考文献・URL
1)Harris, Jeffrey E., The Coronavirus Epidemic Curve Is Already Flattening in New York City (April 1, 2020). Forthcoming, National Bureau of Economic Research, Working Paper Series Electronic. Available at SSRN:https://ssrn.com/abstract=3563985


いしかわ・げんた氏
2007年北大医学部卒。順天堂大順天堂医院初期研修医,聖路加国際病院呼吸器内科専門研修修了後,13年に渡米。17年5月米エモリー大公衆衛生大学院にて修士課程修了。同年6月Mount Sinai Beth Israel病院にて内科レジデンシー修了。同年7月より現職。日本呼吸器学会専門医,米国総合内科専門医,米国呼吸器内科専門医,NY州医師。

やまぐち・のりひろ氏
2005年大阪市立大医学部卒。天理よろづ相談所病院初期研修医,聖路加国際病院内科チーフレジデントを経て血液内科,腫瘍内科勤務。12年米ハーバード大公衆衛生大学院にて修士課程修了。BIDMCにてResearch Fellowを経てMount Sinai Beth Israel病院内科レジデント。16年7月より現職。日本血液内科専門医,米国内科専門医,NY州医師。

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