医学界新聞


「さようなら」の前から,それぞれのかたちで寄り添う

対談・座談会 大西 秀樹,村上 典子,坂口 幸弘

2020.03.30



【座談会】

多死社会のグリーフケア
「さようなら」の前から,それぞれのかたちで寄り添う

大西 秀樹氏(埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授)
村上 典子氏(神戸赤十字病院心療内科部長)
坂口 幸弘氏(関西学院大学人間福祉学部人間科学科教授)=司会


 患者の家族は,がん領域において時に「第2の患者」と呼ばれます。患者の治療への葛藤や,ケアと仕事の両立,そして大切な人に迫る死。治療中から襲ってくるそれらの苦しみは患者が亡くなった後も続きます。『がん患者白書2016(遺族調査編)』では遺族に対するケアの必要性が指摘されました。多死社会を迎える日本で,愛する人を亡くした方々に接する機会の多い医療者ができるケアは何でしょうか。

 心理学の視点からグリーフケアを研究・実践する坂口氏を司会に,遺族ケアを先駆的に行ってきた大西氏,村上氏を迎え,医療者ならではのグリーフケアを検討します。


坂口 生者必滅会者定離。生ある者は必ず滅び,出会った人とは必ず別れる定めにあるという仏教の教えです。人との別れ,特に死別は避けられない苦難です。喪失の苦を少しでも緩和するために,緩和ケア病棟やホスピスをはじめとする医療機関でも,残された人へのケアがさまざま行われています。

大西 私が遺族を診るようになった2000年ごろは,患者さんやマスコミからの遺族ケアやグリーフケアへの要請に医療者の関心が追いついていませんでした。近年は医療者の関心が高まってきた実感があります。

村上 私が携わる日本DMORT(Disaster Mortuary Operational Response Team:災害死亡者家族支援チーム)の活動では,災害医療の中心的役割を担う救急医療関係者が,翻って日常の救急医療での遺族ケアの大切さに関心を寄せるようになりました。災害医療における「平常時に準備していないことはできない」の発想かなと思います。

坂口 グリーフケアの必要性は指摘されるものの国による指針や診療報酬制度は整備されておらず,施設や個人の裁量でケアが提供されているのが現状です。そこで本日は,遺族外来を日本で初めてスタートした精神科医の大西先生と,被災遺族のケアを牽引する心療内科医の村上先生の臨床経験を伺いながら,多死社会に突入しつつある中で,医療者だからこそできるグリーフケアを考えていきたいと思います。

死別のストレスは自然なものではあるけれど……

坂口 大切な人との死別は人生で最もストレスフルな出来事の一つです。死別に伴う身体的・精神的な反応の総称がグリーフです。グリーフ自体は自然なストレス応答の一方,種々の健康リスクを高めることが知られています。例えば「後を追うように亡くなる」と表現されるように,過去1年以内に死別経験を有すると,配偶者が健在の人に比べて男性で1.22倍,女性で1.03倍死亡率が上がります1)。配偶者と死別後1か月の時点で,約半数にうつ病が見られるとの調査報告2)もあります。

大西 精神疾患以外にも,食事が取れずビタミンB1欠乏症になるなどの身体症状が現れる人がいます。

村上 そうですね。心療内科を訪れる患者さんの中には,死別を契機に身体症状が現れるようになった人がいます。ストレス要因が簡単に取り除けるものでなく,ある種永続的に続くもののため,死別のストレスはその他のストレスとは異なると感じています。

坂口 グリーフ自体が病的になる場合もあり複雑性悲嘆(MEMO)と呼ばれます。国際疾病分類第11版(ICD-11)ではprolonged grief disorderの名で精神疾患として掲載されました。研究報告や臨床経験で,複雑性悲嘆のリスクが高い遺族に何か特徴はありますか。

大西 周囲のサポートが少ない人です3)。例えば配偶者を亡くした方で,子どもがいなくて親戚も少ない環境にいる場合,孤立しやすいため支援が必要です。

村上 当院の患者には交通事故や自死の遺族が多く,がんで大切な人を亡くした方は少ないです。がんではサポート体制が比較的充実しているためだと推測します。例えば,故人を診ていた在宅ホスピスの先生が,死別後も受診する遺族に対してグリーフケアを行っていると聞きます。

大西 とはいえがん患者の中でも,診断から死別までの期間が短い場合はリスクが高まる印象です。余命が1年以上あればアドバンス・ケア・プランニングの時間を十分確保できるものの,1~2か月では難しいでしょう。緩和ケア病棟入院期間が3日以内の遺族では,6~8か月後にうつ病発症のリスクが高いという論文もあります4)

村上 リスクになりかねない要因に愛着もあると感じます。例えばずっと同居していた未婚の子と親の関係や,依存にも近い形の夫婦関係はリスクになり得ます。ただ,愛着を診断基準にはできません。主観的な上,複雑性悲嘆にならない人が故人への愛着を欠くわけではないですから。

大西 私たちは来院した遺族のみを診ているので,詳細な要因がわからないのが正直なところです。それを把握するためにも,統計家の力を借りながら今後研究を進めるべきです。

医療者が行えるグリーフケアのさまざまなかたち

坂口 グリーフを抱える遺族に対して,医療職はどんなケアを行うべきでしょうか。医療の範疇である複雑性悲嘆に対してのみでよいのか,それとも自然な反応のグリーフを持つ遺族にもケアを提供すべきなのでしょうか。

大西 複雑性悲嘆に対する専門医の支援はもちろん必要です。ただ,複雑性悲嘆の診断は難しい。持続期間や強度の異常をどう判断するか。診断基準のひとつである持続期間は,DSM-5とICD-11で異なります。

坂口 複雑性悲嘆の治療法が国内で未整備であることも課題です。心理学・社会学領域では「悲嘆の医学化」と呼び,病態や治療法の理解が広がらないまま病名になることへの懸念もあります。

村上 一方でグリーフに対する医療者の理解が深まるきっかけにもなると考えます。「グリーフは病気ではないから受診しないで大丈夫」と,受診した精神科で言われたと話す遺族をしばしば診ます。それは正しい反面,その人は医療者による援助を求めていたのにサポートを得られなかったのです。死別による医療的なリスクの周知が進むことで,こうした遺族に適切なケアが届くようになると期待したいです。

坂口 疾患としてのグリーフへの支援が進む一方で,通常のグリーフへの支援が縮小することも憂慮されています。自然な反応の範疇にあるグリーフでも,遺族は心身症状や故人亡き後の生活の課題に苦しむことがあります。医療者を含め,多方面からの支援が求められる理由です。しかしながら診療報酬加算がなく,医療における位置付けが曖昧なままグリーフケアを強いては,医療者の負担感・不全感につながりかねません。「グリーフケアは必要だと思うけれど,できていない」と自責する医療者を多く見てきました。

大西 専門的なグリーフケアをすべきと身構えてしまうのですよね。ですが無意識にグリーフケアを行っている医療者は多いです。例えばプライマリ・ケア医として1世帯全員を診る医師であれば,診察時に故人の話を聞くことがあるでしょう。こうした傾聴もグリーフケアです。精神科受診者の約5割が解決できない悲嘆を抱えているという報告5)もあるので,精神科医は潜在的にグリーフを診ていると言えます。

村上 「グリーフを持ったうつ病患者さん」などのケースですね。うつ病治療だけで必ずしもグリーフが和らぐわけでないことに注意すべきですが,こうしたグリーフケアもあり得ます。

坂口 グリーフケアと一口に言ってもさまざまな形があります。極論,遺族の適応過程にとってプラスになることは全てグリーフケアととらえてもいいと私は思っています。専門的な治療やカウンセリングだけでなく,遺族のセルフヘルプグループや地域包括支援センターなど各地域で利用できる社会資源も活用してもらいたいです。

グリーフケアは死別前から始まっている

坂口 グリーフケアに取り組むセルフヘルプグループや葬儀社の場合,遺族との関係は死別後に始まります。医療者による遺族ケアは,生前の患者・家族ケアの延長線上にあり,医療者は遺族にとって信頼し安心できる存在となり得ます。

村上 ただ,生前からのかかわりがマイナスに働くこともあります。故人を看病した病院にはつらくて行けないと話す遺族が多いのです。当院で診る遺族のほとんどが他院で死別を経験しています。

大西 私の外来も同様です。死別後の家族を気に掛ける医療者はいるものの,そうした理由で疎遠になりがちです。遺族側も,看取った時点で病院とのつながりが切れたと感じやすい。これらのケースに対応できるよう,遺族ケアの情報を生前から提供することを医療者に勧めたいです。死別後も医療者によるサポートが受けられると知っておくだけで遺族の安心感は高まるでしょう。

村上 遺族を傷つけないという予防的な介入も医療機関に求めたいです。救急搬送先で夫が亡くなった際,病院で医療職からサポートを得られず傷つけられたと話す女性を診ています。

大西 「モルヒネを使ったから死んでしまった」のように遺族が故人の死に誤解を抱き,自身の選択を悔いて悲嘆を強めるケースもありますね。結果として死につながるため,周囲の人から責められることもしばしばです。でも医療者の目線で話を聞くと,ほとんどがベストの選択をしている。誤解を解き,「あなたの選んだ医療は間違ってなかった」と伝えるのが医療者によるグリーフケアの大事な側面だと思います。誤解が生じないよう,最期のケアについて十分話し合うことも予防的介入と言えるかもしれません。

坂口 恩師の柏木哲夫先生(淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)が「死別後に支えになったこと」を遺族に尋ねた調査6)では,1位は故人が安らかに亡くなったこと,2位が周囲の支え,3位は十分にお世話ができたことでした。その後私が行った遺族への訪問調査で死別後に望むケアを尋ねたときも,「亡くなる前によくしてくれたので,それで十分。そのことが支えになっています」との回答が複数ありました。

大西 生前のことが挙がるんですね。

坂口 死別後に必要なケアを明らかにしたかったのですが,すでに十分だとおっしゃる。拍子抜けしたような気分でした。グリーフケアは死別後のケアと考えがちですが,死別前から始まっているのです。看取りや最期の過ごし方は遺族にとって大きな意味を持ちます。

大西 確かに,よい医療の提供は遺族のグリーフを減らしますね。私の恩師は「死に顔をきれいにするのも医師の仕事」だと言いました。そのためにも,医療者と患者家族がじっくり話し合って,疾患を理解し,これから訪れる死に向かってどんな人生を歩むか考える機会を作るべきです。医学知識だけでは対応できないため,医療者には死生観の涵養が求められます。

坂口 患者・家族にとっての望ましいケアを提供し,よい死につなげる。医療者としての本務の遂行が,医療者による,医療者にしかできないグリーフケアの根幹ではないでしょうか。

遺族の成長の歩みに寄り添い,見守る

坂口 遺族の深い悲しみに接する中で,援助者が精神的に疲弊し,バーンアウトにつながる可能性も考えられます。予防のための心構えがあれば教えてください。

村上 グリーフは故人への愛情の現れでもあります。悲しみに共感しながらも,故人と遺族の間にある素晴らしい関係性への共鳴が援助者の救いになることもあります。

大西 ネガティブ・ケイパビリティと心的外傷後成長という言葉を知り,私自身の気持ちが楽になりました。ネガティブ・ケイパビリティとは答えの出ない問いに耐える力です。

村上 グリーフケアのひとつの目標である「故人がいない現実に向き合えるようになること」ができない状況が年単位で続く遺族は多数います。

大西 はい。そのため医療者には年単位で症状が改善しない状況に耐える力が求められます。

坂口 遺族にはさまざまな向き合い方があることを心に留めておきたいですね。阪神・淡路大震災から20年後の調査7)では,震災による家族の死を納得できている人が4割に対し,できていない人は6割。納得していない人のおよそ3人に1人は今も死の意味を探しているものの,残りはもう探していないと答えました。納得はしていないけれど,探し求めるのを棚上げし,あえて答えを求めないという選択です。向き合い方に唯一の正解があるわけではなく,それぞれの遺族の思いや生き方が尊重されることが大切です。

大西 そうですね。急がずじっくり診続ければ,心身ともにボロボロだった遺族が素晴らしい成長を遂げる場面を目撃できるのです。全体的に活力が出て,故人とのつながりを確信した,大丈夫だ,と話しますね。

村上 「私は先生のところを卒業する。私を診ていた時間を他の遺族に使ってほしい」と他者を気遣う言葉を残して遺族外来を終える人もいます。

大西 こうした成長の場面に立ち会えるのが遺族外来をしていて良かった瞬間です。成長の可能性を秘めた存在を見守る気持ちでいることで,援助者がつらくならずにいられると思います。

大西 医療者や宗教者,研究者などさまざまな専門職とグリーフに関する学術的な交流をする日本グリーフ&ビリーブメント学会を2018年に設立しました。グリーフケアのエビデンス確立やケアの体系化,評価体制構築の旗手として学会を運営していく心積もりです。

村上 グリーフケアに関心を寄せる医療者は,がん領域の人がまだ多い印象です。救急をはじめ,種々の領域の医療者によるグリーフケアが発展することで,医療界全体のグリーフケアの発展につながったらいいですね。

坂口 病院や介護施設,在宅など,死を迎える人の傍らで,その死を悼む人がいます。死の状況や場所は違っても,遺族のリスクやニーズに応じたグリーフケアが提供されることが望ましいです。時には専門医や地域の社会資源との連携も必要でしょう。将来的には医療者向けのガイドラインを整え,医療現場にグリーフケアを導入しやすくしたいと考えています。医療の場でどのようにグリーフケアを根付かせるか,ぜひ多くの医療者の皆さんと議論していきたいです。

(了)

MEMO 複雑性悲嘆

 死別に伴うグリーフの持続期間や強度が文化的に「通常」と見なされる範囲を超えて現れ,生活に支障を来す状態。診断学的な位置付けとして,国際疾病分類第11版(ICD-11)ではprolonged grief disorder(仮訳:遷延性悲嘆障害),DSM-5では今後研究が推奨される病態としてpersistent complex bereavement disorder(持続性複雑死別障害)の名称で掲載されている。DSM-5によれば有病率は2.4~4.8%で,女性が多い。治療法は,米コロンビア大・Katherine Shear氏らによって開発された,認知行動療法を基盤とするcomplicated grief treatmentの有効性が認められている(JAMA. 2005[PMID:15928281])のみで,日本版プログラムは現時点では一部の限られた施設でのみ行われているのが現状。臨床上の取り組みには傾聴を中心とした支持的精神療法や,うつ病・PTSDなどを併発している際の薬物療法などがある。

*『訪問看護と介護』誌25巻5号(4月下旬発行予定)では,特集「『喪失』に直面する人へのケア」を予定しています。こちらもご覧ください。

参考文献
1)PLoS One. 2011[PMID:21858130]
2)Chochinov HM,他(編).内富庸介(監訳).緩和医療における精神医学ハンドブック.星和書店.2001:566-70.
3)Death Stud. 2015[PMID:25651502]
4)Am J Psychiatry. 2004[PMID:15569897]
5)Psychiatr Serv. 2001[PMID:11474053]
6)柏木哲夫.ターミナルケアと人間理解その8 死別後の悲嘆.Mol Med. 1995;32(5):566-70.
7)朝日新聞大阪本社夕刊.家族の死「なぜ」問い続け――阪神大震災20年遺族調査.2015年1月19日.


おおにし・ひでき氏
1986年横市大医学部卒。神奈川県立がんセンター精神科部長などを経て,2007年より現職。神奈川県立がんセンター勤務時に患者家族の不調に気付いたことから患者家族の診察を始め,患者家族・遺族の心のケアに着目するようになる。現職において国内初の遺族外来を設置し,専門的な遺族ケアを開始。以来,精神医学・心理学の視点で遺族・家族ケアを続ける。日本グリーフ&ビリーブメント学会代表理事。著書に『遺族外来――大切な人を失っても』(河出書房新社)など。

むらかみ・のりこ氏
1987年関西医大卒。内科・心療内科の臨床経験を経て,2003年より現職。阪神・淡路大震災の1年後に神戸赤十字病院に設立された心療内科で開設当初から被災者の心と体のケアに当たる。2005年に起きたJR福知山線脱線事故で黒タグのトリアージを受けた被害者遺族の症例に関する学会発表をきっかけに,災害・大事故遺族を支援する日本DMORT研究会(現・日本DMORT)を06年に救急医らと設立し,副理事長を務める。現在も災害被災者とその遺族のグリーフケアに尽力する。

さかぐち・ゆきひろ氏
1996年阪大人間科学部卒。2001年同大大学院修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員などを経て,12年より現職。淀川キリスト教病院での調査経験等から遺族へのケアの必要性を強く感じ,同院ホスピスにおける遺族の会「すずらんの会」の発足にかかわる。以降,病院や葬儀社,行政と連携してグリーフケアを実践し続ける一方,主に心理学の視点から研究・教育に携わる。著書に『死別の悲しみに向き合う─グリーフケアとは何か』(講談社)など。

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