医学界新聞

十分な直腸肛門診療を実践できていますか?

対談・座談会 稲次 直樹,野中 康一

2020.01.20



【対談】

十分な直腸肛門診療を実践できていますか?
内科医が知らないおしりのヒミツ

稲次 直樹氏(社会医療法人健生会名誉理事長/健生会土庫病院奈良大腸肛門病センター 顧問)
野中 康一氏(埼玉医科大学国際医療センター消化器内科 准教授)


 厚労省が2019年12月に発表した「平成30年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」によれば,肛門外科医は日本の医療施設に従事する医師31万1963人中428人にとどまる。また同調査で発表される医師の平均年齢では,医師全体が49.9歳であるにもかかわらず,肛門外科医の平均年齢は60.0歳と報告された。他科と比較しても圧倒的に高齢化が進んでおり,直腸肛門診療の専門的な担い手が少ないのが実情である。

 しかしながら,大腸癌や炎症性腸疾患,加齢の影響による排便障害など,直腸肛門領域に疾患を持つ患者は増加傾向を示し,需要と供給のミスマッチが起きつつある。痔や血便など,身近な直腸肛門疾患を主訴に,地域のかかりつけ医を受診する患者も少なくないことから,近い将来,消化器領域を専門としない一般内科医も積極的に直腸肛門診療に携わらなければならなくなるのは明らかだ。

 肛門外科医として半世紀にわたり診療してきた知見を『「おしりの病気」アトラス』(医学書院)にまとめた稲次氏と,消化器内科医の野中氏の2人が,内科医が知っておきたい直腸肛門診療のエッセンスを紹介する。


野中 多くの内科医は,直腸肛門領域に関して専門的な知識を持たないために,内痔核,外痔核,ポリープ,skin tagなど,直腸肛門領域のさまざまな疾患を総括して「痔」だと表現している印象です。内視鏡医であっても,内視鏡像やCT,MRI像から診断することを中心に学んできていますので,必要十分な直腸肛門診察の知識を体系的には学習できていません。患者さんも「おしりにできたもの=痔」だと思って来院されることが多いですね。

稲次 ええ。そもそも直腸肛門疾患を正確に教えられる医師が極めて少ないことが問題です。社会的影響もあり,教育目的であっても診察風景を見せながら教えることが難しくなりました。

野中 そうですね。そのため患者さんから「おしりのこれは何ですか?」と聞かれても,内科医は「(とりあえず)痔です」と答えるしかありません。こうした診療に対する漠然とした不安は,多くの内科医が抱えているはずです。

 今日は,内科医が直腸肛門診療に前向きになれるよう,半世紀にわたり直腸肛門診療に従事されてきた稲次先生に,診療のコツを伺いたいと思います。

便潜血反応陽性時の対応は

野中 直腸肛門診療における大きなトピックとして,便潜血陽性で受診する患者さんへの対応の仕方が課題に挙げられます。便潜血の出血源はほとんどが不明とされているものの,大腸内視鏡検査後に原因不明であった場合には「陽性反応が出たのに,異常なしとはどういうことですか?」と患者さんから質問されます。ですので,ほとんどのケースで内科医は「(出血の原因はわからないけれども)痔があります」と言って済ませてしまう。私自身もそうでした。安易にこう答えてしまうのは,何らかの原因を伝えなければ,患者さんとトラブルになる可能性を孕んでいるからです。このようなケースでの適切な対応策はあるのでしょうか。

稲次 「排便時に鮮出血があれば裂肛あるいは内痔核の可能性が高いです。がんやポリープが認められなくても便潜血が陽性になる人が数%は存在する検査なので安心してください」と伝え,裂肛や痔核に関する説明をすると,納得されることが多いです。よく遭遇する疾患については,最低限の説明ができる知識は持つべきですね。

野中 確かに根拠のある説明ならば患者さんも納得しやすいでしょう。では,念頭に置いておきたい疾患パターンを教えてください。

稲次 まずは図1を参考に考えてみるといいでしょう1)

図1 肛門視診で診断し得る疾患の一例(「おしりの病気」アトラスより転載)(クリックで拡大)
①肛門ポリープ,②直腸ポリープ,③肛門癌,④肛門周囲瘙痒症,⑤裂肛,⑥痔瘻,⑦肛門周囲膿瘍,⑧直腸癌,⑨血栓性外痔核,⑩内痔核,⑪skin tag

野中 これはイメージしやすいですね。覚えておきたいと思います。

 一方で,こうした疾患と併せて考えたいのは,症状が類似する直腸癌などの癌です。大腸内視鏡検査後であれば基本的に癌の可能性は否定されますが,それでも見逃さないためにはどのように対策を立てるべきですか。

稲次 まずは腹部を観察する。そして次に肛門を視ること,指診をすること,可能ならば肛門鏡検査を施行することです。その上で,ポリープや癌の好発部位である肛門縁より40~50 cmまでのS状結腸を中心に観察するshort colonoscopyを施行できれば十分な対応と言えるでしょう。当院では,顕出血を訴えて肛門科を受診した方に,必ずその日のうちにグリセリン浣腸を実施後,short colonoscopyを施行して癌の有無を判定します。

野中 なるほど。short colonoscopyまで施行できれば,「とりあえず顕出血を来す直腸や肛門の癌はなかった」と,患者さんに安心してもらえますね。

稲次 ええ。全大腸を観察するtotal colonoscopyを実施するとなれば,どの病院であっても検査までに数週間~1か月程度待たされることが多いです。初診の際に直腸肛門診もせず,検査まで長期間待ってもらうのは,リスクが高い上,患者さんも不安な日々が続きます。

野中 ですが,現在の内視鏡医は全大腸を観察するtotal colonoscopyの施行を前提に教育されており,short colonoscopyを実施する発想になりにくいと思います。近年,short colonoscopyを施行する施設も大幅に減りました。

稲次 時代の流れは仕方がありません。しかし,患者さんの不安を拭うためにも可能ならばshort colonoscopyを施行してもらいたい。直腸肛門診は癌の早期発見に直結するので,一般内科医であっても,視診や指診を最低限実施してほしいと考えています。

野中 とは言え,多くの内科医は視診・指診を経験したことすらない状況です。稲次先生の施設ではどのように教育を行っているのでしょう。

稲次 研修医にはまず,正常な直腸の感覚を覚えてもらうよう指導しています。ただ,この指導が年々難しくなっているのが実情です。というのも,デリケートな部分ですので,患者さんは指導する私と研修医に代わる代わる指診や肛門鏡検査をされるのを当然嫌がります。そのため,研修医には週1回,1か月にわたって私の外来診察に同席して,技術を習得してもらいます。初回は私の手技の観察,2回目以降は私が監督をしながら,研修医に指診・肛門鏡検査を実施させています。

野中 おっしゃるように,いくら教育目的だとしても,肛門を複数人に何度も観察されるのは患者さんの抵抗感が強いはずです。指導方法も今の時代に合わせた配慮が必要ですね。

稲次 そうなのです。患者さんの不安を取り除くためにも,図2に示したイメージを参照しながら,多くの医師にチャレンジしてもらいたいですね。

図2 肛門指診・触診のイメージ(「おしりの病気」アトラスより転載)(クリックで拡大)
a:肛門縁を触診しながらゆっくり指を挿入する。b:肛門括約筋の上部まで挿入し,痛みの有無を問いながら指診する。c:最も深部まで指を挿入して指診し子宮・前立腺も指診する。抜去時は肛門括約筋部で「肛門を締めてみてください」と声掛けして括約機能を検索する。抜去したら指尖を観察し,便の色調,出血の有無を観察する。

痔や便秘診療で考えたい適切な薬剤選択

野中 では,実際に痔として診断された場合には,どのような治療が行われるのでしょうか。軟膏による治療が多数を占めると思いますが,内服薬も数多く存在します。薬剤を用いた治療におけるポイントを教えてください。

稲次 痔疾患の治療において大切なことは排便のコントロールです。排便状態が改善されると治癒する症例もありますので,排便習慣の聴取を意識した問診を行うことが重要です。また,内痔核,裂肛には坐薬が有効です2)。新患であれば治療して1か月後ぐらいに再診を促すと適切なフォローになるでしょう。

野中 高齢者では坐薬を長期間使用される方もいますよね。

稲次 ええ。ステロイド配合薬であった場合,長期間の使用はステロイド性皮膚炎や肛門周囲白癬症などの合併症が生じることがあるので,なるべく避けたいです。治療方針としては,初期治療でステロイド配合薬を投与し,軽快傾向を示せば非ステロイド性の坐薬へと切り替えるのが望ましいでしょう。

野中 便秘薬の進歩も目まぐるしいです。2017年の「慢性便秘症診療ガイドライン」発行で,便秘薬の処方割合が上昇したとも言われています。患者さんが「便秘だと思います」と訴えれば,気軽に便秘薬が処方され,本来必要である専門的な原因検索が行われない現状がありますよね。

稲次 その通りです。患者さん自身も便秘を軽く考えているために,こうした診療が成り立ってしまうのです。

野中 これまで私は,便秘に対して昔からある酸化マグネシウムを処方してきましたが,症例に応じて薬剤の使い分けを行うべきなのでしょうか。

稲次 基本的にはどの薬剤を使用しても問題ないと考えていますが,下痢を誘発するような薬剤や腹痛を来す薬剤の使用は控えます。酸化マグネシウムでコントロールしにくい患者さんには薬剤の変更を検討します。

野中 つまり酸化マグネシウムの有用性は,今も変わりないということですね。

稲次 はい。酸化マグネシウムは刺激性があまりないので,便秘薬の中では一番扱いやすい薬剤だと認識しています。ただし,服薬量が増えていくと高マグネシウム血症を引き起こす可能性がありますので,その点だけは注意すべきです。当院では,腎障害を持つ患者さんに投与する際は,マグネシウム値を投与前に測り,対策を講じています。いずれの薬剤にしても,症状が消失すれば一度中止し,経過観察をしてもいいと考えます。

トイレが原因で発症する肛門疾患があるって本当?

野中 肛門疾患の中には,トイレが原因で発症する疾患もあると聞きました。詳しく教えてもらえますか。

稲次 まず,温水洗浄便座症候群と呼ばれる疾患があります。温水洗浄便座で肛門を洗浄する際,肛門周辺の皮脂が便とともに流れ落ちてしまうことで,痒みが発生するものです3)。接触皮膚炎との鑑別が難しいものの,患者さんに問診をしてみると,「最大水圧で20~30分間洗浄している」と話されることがあり,診断の決め手になります。

野中 洗浄による便の飛び散りによって,細菌感染などが起きる可能性もあり得るのでしょうか。

稲次 膀胱炎,膣炎の原因となる場合があります3)。温水洗浄便座が原因の場合は,使用を中止すると症状が治まることが多いです。

 他にも,性感染症(STD)の感染経路と考えられています。性交渉による感染が考えにくい若年者や高齢者に,尖圭コンジローマなどのSTDが感染する症例を当院では経験しており,温水洗浄便座の関与を疑っています。

野中 そうすると,不特定多数の人が使用する公衆トイレなどでは温水洗浄便座の使用は気を付けたほうがいいということですか。

稲次 免疫力が低下した方や,裂肛などの傷がある方,妊娠中や産後の方は使用を控えたほうが無難ですね。

野中 排便のためにどうしても温水洗浄便座を使用したい方もいるはずです。使用時に気を付けるべきポイントを教えてください。

稲次 洗浄を行う場合は,備え付けのペーパーで軽く便を拭き取った上で,①使用時間を短くする,②水圧を弱めにする,③温度は体温と同じくらいのぬるめにする,④洗浄後は水を拭き取る程度にする,の4つを守れば十分な効果が得られると考えています。長時間洗浄し続けると,肛門括約筋の反射機能にも影響を及ぼし,便失禁のリスクも高めます。基本的には自宅での使用を推奨しますが,屋外で使用したい場合には,携帯型の簡単な洗浄器が販売されていますので持ち歩くのがいいでしょう。

何気ない声掛けが直腸肛門診療への第一歩

野中 今回の対談を通じて最も伝えたいのは,とにもかくにも直腸肛門診療に関心を持って,チャレンジしてほしいということです。稲次先生が上梓された『「おしりの病気」アトラス』(医学書院)は,そうしたチャレンジの背中を押す大きな役割を担うでしょう。最後に内科医が直腸肛門診療に当たる際の心構えを教えてください。

稲次 地域のかかりつけ医として慢性疾患の患者さんを定期的に経過観察・加療していれば,診療を行う中で「便はしっかり出ていますか?」「おしりは痛くないですか?」と,年に数回聞いてみることをお勧めしたいです。

野中 それはなぜでしょう。

稲次 患者さんの中に心当たりがあれば,「ちょっとおしりに違和感が……」と切り出してくれるからです。センシティブな話題であるからこそ,質問をしなければこの手の話は引き出せません。患者さんから話し出してもらえれば,その後の専門的な検索にもつながります。自分の手に負えないようであればすぐに専門医へ相談すればいいのです。

野中 もし診療に自信がなくても,本書の「特徴別疾患画像一覧」を絵合わせとして使用するのもいいですね。直腸肛門診療自体は高齢化の影響で社会のニーズが高まっていますし,早期発見,早期治療にも貢献すると思います。

稲次 私もそう期待しています。患者さんのことを考えるなら,直腸肛門診療に有用な視診や指診にぜひチャレンジしてほしいと思っています。痔だと診断できれば治療し,必ず経過を観察する。軽快していなければ専門医への紹介を考慮するのが適切です。

野中 実施に至らずとも,血便や細い便が続いているなど,問診からいくつかの状況証拠を引き出せれば,専門医への受診勧奨もしやすくなります。本書に掲載されている「おしり問診表」も大変参考になります。

稲次 さらに言えば,医師だけでなく,病院看護師や訪問看護師,老人保健施設のスタッフなど,患者さんのそばでケアをする方が活用してくれることも期待しています。介助中に異常に気付いたときなど,本書を参照してもらえるとうれしいです。一人でも多くの患者さんに適切な医療が届くことを願っています。

(了)

参考文献
1)稲次直樹.「おしりの病気」アトラス.医学書院;2019.
2)日本大腸肛門病学会(編).肛門疾患(痔核・痔瘻・裂肛)診療ガイドライン2014年版.南江堂;2014.
3)黒川彰夫,他.温水洗浄便座の習慣的使用の問題点――肛門科専門医の立場から「温水洗浄便座症候群」について.臨床肛門病学.2017;9(1):1-8.

消化器にかかわる医療関係者のためのウェブサイト「gastropedia」にて,本対談記事のこぼれ話を掲載しています。ぜひこちらをご覧ください。


いなつぎ・なおき氏
1970年奈良医大卒後,同大第一外科入局。86年奈良県救命救急センター医長を経て,88年健生会土庫病院副院長。同年に大腸肛門病センターを院内に開設し所長となる。2002年に健生会理事長に就任し,13年より名誉理事長。現在も大腸肛門病センターの顧問として外来診療および肛門手術を手掛ける。近著に『「おしりの病気」アトラス』(医学書院)。

のなか・こういち氏
2002年島根医大(当時)卒後,熊本大病院第一内科入局 。埼玉医大国際医療センター消化器内科,NTT東日本関東病院消化器内科などを経て,16年より現職。著書に『上部消化管内視鏡診断マル秘ノート』『上部・下部消化管内視鏡診断マル秘ノート2』(いずれも医学書院)がある。

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