医学界新聞

2020.01.13



Medical Library 書評・新刊案内


これでわかる!
抗菌薬選択トレーニング
感受性検査を読み解けば処方が変わる

藤田 直久 編

《評者》青木 眞(感染症コンサルタント)

「菌トレ」本で,今こそ感受性結果の見かたを鍛えよう

 2016年5月に開催された先進国首脳会議,通称「伊勢志摩サミット」で薬剤耐性(AMR)の問題が取り上げられ,当時の塩崎恭久厚労大臣のイニシアチブの下さまざまな企画が立ち上げられた。国立国際医療研究センターにある国際感染症センターの活動も周知の通りである。

 にもかかわらず,広域抗菌薬の代表とも言えるカルバペネム系抗菌薬の消費が,日本だけで世界の7割を占めるという状況から,(一部の意識の高い施設を除いて)大きく変わった印象が現場に少ない。もちろん,最大の原因は「感染症診療の原則とその文化」の広がりが均一でないことによる。しかし,さらに突き詰めると,実は「抗菌薬感受性検査の読み方」が十分に教育できていないことも大きな理由の一つである。感受性検査の結果をS,I,Rに分類して単純に「Sを選ぶ」ことに疑問を抱かない問題と言ってもよい。一つひとつの症例で,ある抗菌薬が選ばれる背景には,感受性が「S」であること以外にも,微生物学的・臨床的・疫学的など多くの理由がある。その理解なしに,適切な抗菌薬の選択は不可能あるいは危険なのである。評者も,群馬大におられた佐竹幸子先生らとともにNPO法人EBIC研究会でのセミナーの一環として「抗菌薬感受性検査の読み方」シリーズを10年以上にわたり講義してきた。その講義は現在,日本感染症教育研究会(通称IDATEN)に引き継がれている。しかし,そのエッセンスを伝える書物は本書の発行まで皆無であった。

 以下に,本書よりポイントの一部を紹介しよう。

 ①経口薬での狭域化の際には,腸管吸収率を勘案した上で,抗菌スペクトラムの狭い抗菌薬を選択する(主な経口セファロスポリン系,ペニシリン系抗菌薬の薬物動態の表なども有用)。〔pp.57-58〕

 ②同じグラム陰性桿菌(Klebsiella pneumoniae)による感染症で,かつ同じ感受性検査結果であっても,「尿路感染症」「肝膿瘍」などのように病態が異なれば,選択すべき抗菌薬も変わる(本書は一見,単なる症例集に見えるが,かなり丁寧に作り込まれている。例えば,ある「ツボ」の部分の設定のみを変更した全く同一の2症例を意図的に並べ,その「ツボ」の理解の重要性を際立たせる工夫もされている)。〔pp.65-68〕

 ③感受性検査結果で全ての抗菌薬が「S」であっても,菌種によっては耐性化が予想されるため,選択すべき抗菌薬が決まっていることもある(特に染色体性にAmpC型βラクタマーゼ産生遺伝子を有する細菌Enterobacter spp., Serratia spp., Citrobacter spp.の場合)。〔pp.75-76〕

 ④患者の状態は改善傾向だが,培養で現在使用中の抗菌薬に耐性の菌が検出された症例(抗菌薬使用中に培養で検出された菌が原因微生物とは限らない。非常によくある臨床の風景)。〔pp.91-92〕

 本書の愛称は「菌トレ」だそうだ。「ベテランの自分に,今さら“キントレ”など必要ない」と思われる方も,ぜひお手に取って症例問題に挑戦いただきたい。思いの外正解できず慌てるに違いない。「菌トレ」本が,多くの読者を得ることを願うばかりである。

 評者が,藤田直久先生のおられる京都府立医大に年数回伺い,感染症の勉強をさせていただくようになって早いもので15年ほどになる。抗菌薬適正使用の文化を育てることが困難な「大学」という施設で,忍耐強く教育・啓発活動を行い,耐性菌対策を続けてこられた本書執筆陣の藤田先生,中西雅樹先生,小阪直史先生らのご尽力に,あらためて敬意を表する次第である。

B5・頁192 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03891-1


漢方処方ハンドブック

花輪 壽彦 編

《評者》松田 隆秀(聖マリアンナ医大教授・総合診療内科学)

いかなる診療科の専門医にも薦める座右の解説書

 西洋医学の知恵では十分に対応できない患者さんに対し,漢方の知恵を加えることができればどれだけ素晴らしいことだろうか――私が日常診療で感じていることの一つである。これまで漢方の解説書を手にする時には,これから漢方の世界に入ることに対しての気持ちの切り換えが必要であった。このような現象は私だけであろうか? 電車の中で本書を手にしてパラパラと数ページを眺めてみたが,本書に吸い込まれるように自然体で全ページを速読することとなった。漢方専門医ではない私にとって,心構えなしで目を通せる漢方解説書との初めての出合いであった。

 本書を薦める理由として,以下の点を挙げてみたい。

①北里大東洋医学総合研究所のスタッフおよび同門会メンバーが執筆しているため,漢方の概念と用語が一貫して統一されている。

②編者の花輪壽彦氏が執筆されている「漢方の基本知識」の章はコンパクトな解説文でありながら,漢方の概念が自然に身につくような工夫がなされている。

③非漢方専門医である読み手でも違和感なく漢方の世界に入っていくことができるように熟考された,熱意のこもった力作である。

④症状や疾患の項では,まず西洋医学に基づいたそれぞれの病態や疾患概念,治療が示され,その後に東西両医学の長所を生かした漢方処方が解説されている。いきなり漢方を全面に押しつけない構成がお見事である。

⑤本文に加えてcolumn,memo,Advanced Courseの項目があり,漢方のさまざまな豆知識,うんちくが紹介されている。ここでは漢方専門医である執筆者の日常診療での工夫に触れることができる。

⑥付録として医療用漢方148方剤の処方解説が掲載され,日常診療で手軽に処方の再確認ができる。

 以上,本書は「西洋医学に漢方の知恵を加えること」を願う医師,薬剤師に向けた実用書である。ポケットサイズであり個人での携帯はもちろん,総合病院においては各診療科ブースにも常備されることをお薦めする。いかなる診療科の専門医からも重宝される座右の漢方解説書になるであろう。

B6変型・頁488 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03914-7


誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた
感染症診療12の戦略 第2版

岸田 直樹 著

《評者》倉原 優(国立病院機構近畿中央呼吸器センター呼吸器内科)

日本が直面する高齢者の風邪診療に

 今だから言えるが,一昔前は,風邪というのはエビデンスがあってなきような診療が当たり前だった。主たる切り口は,抗菌薬が必要か否かだった。私は,感染症に強い病院で初期研修を受けたため,どちらかといえば珍しい疾患を診ることが多く,風邪診療にわずかな不安を抱えていた。

 この本の初版が出版された2012年,風邪の医学書なんて目にしたことがなかった私は,即座に通読した。驚いた。知らないことが山のようにあった。そして,自らの不勉強を恥じた。風邪とはかくも深い感染症だったのかと痛感した。

 優れた感染症医には,優れた総合診療医が多い。この理由は,感染症であることを診断するためには,それに擬態する他疾患を見抜かなければならないからだ。最もコモンな感染症は,間違いなく風邪である。世界一のスピードで高齢化が進んでいる日本では,高齢者の風邪をどう診るかが重要になるのだが,この本の真骨頂は実はそこにある。最も患者数が多く,かつ最も書くのが難しいと思われるテーマを,岸田直樹先生は今回の第2版で大きく取り上げたのだ。高齢者の風邪について,100ページも割いている。

 高齢者の風邪に対して,何でもかんでも「抗菌薬は不要」と切り捨てるべきでないこと。無用な抗菌薬を処方する医師に対して,エビデンスベースドな医師はそれを叩きがちであるが,行き過ぎると,慎重に鑑別を要する高齢者に対して「抗菌薬が不要な風邪」という誤断を下してしまうリスクがある。また,感染症の世界ではde-escalationが美的とされる風潮があるが,決して全てがそうではないことをロジカルに説明している。

 ぜひ手に取ってもらいたい。芸術的とも思えるほど,極めて高い完成度である。

A5・頁338 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03963-5


サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 第2版

Jane M. Orient 原著
須藤 博,藤田 芳郎,徳田 安春,岩田 健太郎 監訳

《評者》市原 真(札幌厚生病院病理診断科)

スマホビュッフェに飽きたら満漢全席へ

 発売直後に購入し,8割方読んだ感想。安い。なぜこの内容をこの値段で? 医学書院は本でもうけることをやめてしまったのか?

 医学生や研修医の皆さまは,診察の教科書と聞くとまずマックバーニー圧痛点とかロンベルク徴候といった,「名前のついた手技」が載っているのかなとイメージするかもしれない。でもそれよりずっと奥深い。甲状腺を触診するときのコツは? 小脳優位の症状をざっと述べるならば? 患者が診察室から去り際に付け加えがちなセリフとは? 今日もどこかの診察室で必ず行われている医療面接や診察手技の,意義と手順,エビデンスとナラティブが,圧倒的な分量で詰めこまれている。

 でも,若き医師たちはこう答えるかもしれない。

 「成書が大事なのは知ってますよ。臨床をローテーションすると,上級医たちが,それぞれ自分の得意な領域でだけ豊富な語彙で,経験を振りかざしてマウントをとってきますからね。診察の奥義が一冊にまとめてあるってなら,いい本だろうなあ。全部読めたらいい。でもそんな暇はないです。診察手法は今時YouTubeで検索したほうがきちんと理解できるし,紙の本を買う意義なんてないですね」。

 気持ちはわかる。でも,私たちはやっぱり,サパイラを読むべきだ。

 SNS全盛時代,ネットワークにとろけて暮らしている私たちは,毎日違う用語を検索し,スマートフォンの向こうに浮かび上がる情報を,ランチビュッフェみたいにつまみぐいしている。抗菌薬のことは医師Aに,心音については動画Bに,スコアリングはC病院のウェブサイトに。一期一会の日替わり師匠たち。頼る相手は多いが,「いざというときに帰ってきて話を聞いてくれる師匠」はいない。

 だからこそ,「単一著者によって編まれた,エビデンスのセレクトショップみたいな本」の読みやすさに気付く。

 サパイラ先生という名医の仕事を,オリエント先生というこれまた名医が引き継いで,それぞれ単著で仕上げた本書は,徒弟制度なき時代に頼るべき大きな師匠そのものである。

 翻訳者たちがいちいち原文に苦笑したり脱帽したりしている様子が伝わってくるのも面白い。表現はアイロニカルで,哲学に溢れていて,無味乾燥な学術書を読むのとは違った情熱がエビデンスの傍らに見え隠れする。眼底所見なんて読んでもよくわからないなーと思っているとすかさず,「ある病棟医がこの眼底をうまく見られなかった理由は何だと思う?」みたいなエピソードが挿入される。まるで「師匠」が眠そうにしているぼくの肩を叩いているかのようだ。

 あなたがもし本書を手に取る機会があるならば,ぱっと真ん中あたりを開いてみるのがいいだろう。皮膚,頸静脈,あるいは陰茎……診察ってこんなに奥深かったっけ,と驚くに違いない。本書を購入して家に帰ったら,1章「序論」と27章「臨床推論」から読むのがいいだろう。師匠がそこに待っている。

 スマホビュッフェに飽きたら,賞味期限のない満漢全席へ。本は今なお偉大だ。

B5・頁998 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03934-5


眼内腫瘍アトラス

後藤 浩 著

《評者》小幡 博人(埼玉医大総合医療センター教授・眼科学)

稀有な症例の集大成,世界に類を見ない驚愕の名著誕生

 著者の後藤浩先生は,眼腫瘍,ぶどう膜疾患がご専門であり,ぶどう膜悪性黒色腫をはじめとする眼内腫瘍をわが国で最も診ている眼科医である。本書は,虹彩腫瘍,毛様体腫瘍,脈絡膜腫瘍,網膜腫瘍,視神経乳頭腫瘍,眼内リンパ腫,白血病の各章からなり,多数のきれいかつ貴重なカラー写真がこれでもかというほど掲載されている。通常,眼内腫瘍といえば,網膜芽細胞腫,脈絡膜悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍,悪性リンパ腫を思い浮かべることと思う。しかし本書は,それらはもちろんのこと,虹彩の嚢胞・母斑,虹彩・毛様体の黒色細胞腫(メラノサイトーマ)・悪性黒色腫,脈絡膜の血管腫・骨腫・母斑,網膜の血管腫・星状膠細胞腫・過誤腫・網膜色素上皮過形成(肥大),視神経乳頭の黒色細胞腫(メラノサイトーマ)・毛細血管腫などの症例写真も多数掲載されており驚愕する。

 眼内腫瘍は患者数が少ないため,遭遇したときに診断や対処に困ることが多い。本書は,同じ疾患でもバリエーションの異なる写真が多数掲載されているため,各疾患の特徴がよくわかり,学習効果が高い。見たことのない臨床像も多く,「なぜこんなことが眼内で起こるのか?」と自然界の不思議に思いをはせることもしばしばである。

 本書は,臨床写真のみならず,超音波断層検査,蛍光眼底造影検査,光干渉断層計(OCT),CT・MRI,症例によっては,視野検査(!)などの検査所見も豊富に収載しており大変参考になる。後藤先生は病理学にも造詣が深く,病理組織写真も掲載されている点も素晴らしい。本文も,臨床像・画像所見・治療という項目で簡潔に記載されているため読みやすいのだが,何といっても本書は画像が多いので,写真集のように一気に見入ってしまう。また,本文とは別に「ひとり言」というコラムがあり,こちらは著者の深い含蓄と愛情溢れる人間性に満ちており,思わず読み入ってしまう。

 後藤先生による前作,『眼瞼・結膜腫瘍アトラス』とともに,眼科医ならば手元に置くべき名著である。本書は世界に類を見ない貴重な写真のオンパレードであり,ぜひ,英文での出版をお願いしたい。

A4・頁226 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03892-8

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