医学界新聞

寄稿

2019.12.23



【寄稿】

抗菌薬適正使用のための
感受性検査結果の読み解き方

藤田 直久(京都府立医科大学感染制御・検査医学教室 病院教授)


 2050年に薬剤耐性菌による死亡者数が世界全体で1000万人となり,がんによる死亡者数を超えるとの予測データ1)をご存じだろうか?

 この衝撃的な予測データをもとに,2015年のWHO総会において薬剤耐性(AMR)に対する行動計画が宣言され,世界中で抗菌薬適正使用支援プログラム(ASP)が取り組まれるようになった。日本でも,2020年までの薬剤耐性菌率や抗菌薬使用削減などの具体的な数値目標を盛り込んだ「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が2016年に策定されている。この動きを加速化させる目的で,2018年度の診療報酬改定では「抗菌薬適正使用支援加算」も新設された。こうした背景もあり,薬剤師と医師,看護師,臨床検査技師で構成される抗菌薬適正使用支援チーム(AST)を立ち上げる施設が全国で増えつつある。

 ASPやAMRに取り組む上で,医師として感染症や抗菌薬の知識が重要であることは言うまでもない。しかし,その知識を有効活用するために忘れてならないのは感染症検査の知識と的確な解釈である。これらの理解が十分でないと,適切な治療につながらないばかりか,耐性菌を新たに生み出す恐れすらある。

 本稿では,抗菌薬の適正使用に際し,特に盲点となりがちな薬剤感受性検査の読み解き方について述べたい。

薬剤感受性検査結果を見る前に

 感染症診療では,①感染巣の発見,②検体の採取,③検査の実施・報告,④治療,⑤効果判定の全ての項目が適切に行われることが重要である。上記プロセスのうち,特に③④の連結部分,すなわち「菌種同定と薬剤感受性検査結果」を正しく評価し,「治療薬を選択」する部分は意外に難しい。

 一番の基本は,検体の種類とグラム染色により,採取部位と検体の適切性(感染巣を反映した所見か否か)を確認することである。その上で菌種と薬剤感受性検査結果を見ることが大切だ。検体が適切に採取されていなければ,グラム染色,同定菌種,薬剤感受性の検査結果は全く役に立たないものとなる。また,抗菌薬選択の段階では,感染巣およびその部位に移行しやすい薬剤を用いる考慮なども必要だ。薬剤感受性の検査結果を正しく読み解かなければ,適切な治療は期待できないのである。

薬剤感受性検査結果の見方・考え方の実際

 では,症例を用いて薬剤感受性検査結果の見方と考え方の一例を紹介する。本症例で現在投与中のCTRX(セフトリアキソン)から他の抗菌薬に変更する場合,どの薬剤への変更が適切かを読者の皆さんに考えていただきたい。

【症例】

患者:50歳,男性。滲出性中耳炎の既往あり。

現病歴:2日前より発熱,頭痛が出現。経過観察を行っていたが症状が改善しないために来院した。身体所見上特記すべき異常は認めず,来院時には項部硬直も認めなかった。Fever work-up〔血液培養2セット,尿検査(定性・沈渣・培養),胸部X線〕を実施するも,原因不明のまま入院となった。CTRX投与にて全身状態はやや改善傾向にあるものの,依然として頭痛が持続。入院時に採取した血液培養2セットは全て陽性だった(表1)。薬剤感受性検査結果は表2の通り。

診断:菌血症

表1 血液培養検査結果

表2 薬剤感受性結果

◆入院時検査結果から考える

 原発巣不明のS. pneumoniae感染症の症例である。入院時の検査では感染症のfocusを特定できていないが,その後の血液培養でグラム陽性双球菌が確認されている。この時点では,肺炎球菌を念頭においた感染巣の検索を実施するとともに,全身状態の悪化がないことから,CTRXを継続し慎重に同定結果を待つことも可能と考えられる。

 培養結果で同定されたS. pneumoniaeは,市中肺炎の主な起炎菌だが上気道にも常在しており,髄膜炎の起炎菌の場合もある。本例では滲出性中耳炎の既往もあることから髄膜炎の可能性を考慮し,腰椎穿刺を実施すべきと考えられる。

◆薬剤感受性検査結果から考える

 では,薬剤感受性検査結果を踏まえると,どの薬剤の選択が可能となるのか。ここで注意すべき点はS. pneumoniaeの薬剤感受性検査の報告方法である。日本の多くの施設で用いられる米国臨床検査標準委員会(CLSI)の判定基準では,PCG・CTX(またはCTRX)・CFPMは髄膜炎と非髄膜炎で薬剤感受性基準が異なっている。特にPCGでは,肺炎球菌に対する感性(S)の基準が,髄膜炎の場合はMIC≦0.06(μg/mL)であるのに対し,非髄膜炎の場合はMIC≦2(μg/mL)と大幅に異なるため,治療上注意が必要である。皆さんのご施設でのS. pneumoniae感受性報告においても,髄膜炎または髄膜炎が疑われる無菌検体のケースにおいて,判定基準を併記しているかの確認が必要である。

 本例では髄膜炎も否定できないことから,血液培養の薬剤感受性結果では髄膜炎および非髄膜炎両方のMICと薬剤感受性結果を併記する必要があり,本症例では表3の形が適切となる。

表3 髄膜炎が疑われる場合の薬剤感受性結果報告

 以上より,本例ではPCGは使用できず,CTRXの継続投与が妥当となる。

 本稿では薬剤感受性検査結果の的確な解釈を取り上げたが,これは抗菌薬適正使用に向けて個人レベルで行える取り組みの一部にすぎない。患者の予後改善に向け,「予防」と「感染症診療」にかかわるさまざまな対策を構築する必要がある。そのためには,ASTのような多職種の緊密な連携など,施設レベルでの取り組みも不可欠である。

 冒頭に紹介した30年先の未来をどう迎えるかは,今を生きるわれわれ医療者の姿勢と行動に懸かっている。日頃,抗菌薬処方に携わる皆さんには,他人事でなく自身の問題としてとらえ,多角的に抗菌薬適正使用の対策を検討・実施いただくことを切に願う。

参考文献
1)Tackling drug-resistant infections globally:final report and recommendations. The review on antimicrobial resistance chaired by O’Neill J. 2016.

執筆協力:京都府立医科大学附属病院・感染対策部 中西雅樹・児玉真衣・小阪直史


ふじた・なおひさ氏
1981年京府医大を卒業後,同大第二内科で研修。88年より同大臨床検査医学教室助手,講師,助教授などを経て,2006年より現職。研究領域は院内感染防止対策および薬剤耐性菌。近著に『これでわかる! 抗菌薬選択トレーニング』(医学書院)。

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