医学界新聞

連載

2019.12.16



未来の看護を彩る

国際的・学際的な領域で活躍する著者が,日々の出来事の中から看護学の発展に向けたヒントを探ります。

[DAY 6]ドクター・ムクウェゲ

新福 洋子(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻家族看護学講座准教授)


前回よりつづく

 これまでに多くの人に出会ってきましたが,この人ほど背筋を伸ばして,尊敬の念を持って会った人はいないかもしれません。

 ドクター・デニ・ムクウェゲ(Denis Mukwege)は2018年のノーベル平和賞を受賞されたコンゴ民主共和国の産婦人科医で,立命館大学での名誉博士号贈呈,講演や多数の会合のために2019年10月に来日されました。京都大学の代表団(山極壽一総長,重田眞義教授,高橋基樹教授)との面会の機会に,アフリカで女性への出産ケアを改善するために研究をしている私も分野が関連するということで同席させていただきました。

 ご招待いただいてから,ノーベル平和賞受賞者に失礼に当たらないよう,関連の論文や記事,動画で情報収集しました。特に『女を修理する男』(2015年)という映画の関連動画は,コンゴ人の女性がスワヒリ語で話していて,タンザニアで研究をしている私には非常に親近感があり,その中で女性が紛争に巻き込まれてひどい性暴力を繰り返し受けたことを語る描写には,涙が止まりませんでした。

 コンゴ東部の豊富な鉱物資源が狙われ,その住民を追い出すために,性暴力が意図的に使われているのだと,ドクター・ムクウェゲは言います。ひどい怪我をして訪れる女性の命を救うこともそうですが,女性として子宮を取り戻したい,いずれ子どもを持ちたいという希望を叶えるために,何度も繰り返し手術することもあるそうです。子宮から赤ちゃんが生まれてくること,その安全性,いかに女性にとって良い出産をしてもらうかということを突き詰めて考えている助産師にとっては,命を育む子宮を金銭のために破壊する行為が存在するのは,想像を絶することです。ドクター・ムクウェゲは紛争地においてこれまでに何度も命を落としかけているにもかかわらず,継続して女性の治療を行っていることに,感謝と尊敬の念を抱かずにはいられません。

 今回のドクター・ムクウェゲのわれわれへの要望は,研究と人材育成のための連携でした。彼の運営しているパンジー病院は,彼の経験に基づき素晴らしい医療をこれまで提供してきました。さらに研究を取り入れれば,行ってきたことの何に効果があったのか/なかったのかを理解できたり,身体は救われても精神・社会的に救われていない女性にどのようにケアを行ったら良いかを探求していくことができるのではないか,と期待をされていました。

 私はタンザニアでインタビューを行い,女性の出産経験を記述し,その改善のための研究を継続してきたため,私の論文をお渡しして説明し,連携の可能性を話し合いました。お渡しした論文にしっかり目を通して,「ぜひ連携していこう」と力強く言ってくださったドクター・ムクウェゲの言葉は,私の心を大きく揺さぶりました。

 最後に,「ぜひ本を女性であるあなたに」とサイン入りで自伝『すべては救済のために』(あすなろ書房,2019年)をくださいました。家宝にしようと思ったと同時に,これを受け取ったからには,責任のバトンをひとつ受け取ったと感じ,日本でももっとこの問題に関する議論が進められればと思いました。日本から見ると遠い出来事のように思われるかもしれませんが,私たちが生きている地球のどこかに,同じ人間が,考えられないような暴力と苦しみの中で耐え忍んでいることを,無視してはいけないと感じました。

写真左から,山極壽一総長,ドクター・ムクウェゲ,筆者。

つづく

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook