医学界新聞

寄稿

2019.12.02



【寄稿】

生き残るための病院広報戦略:アナログ広報編

松本 卓(小倉記念病院経営企画部企画広報課)


 前回(3347号)に引き続き,病院広報戦略についてお伝えします。今回は,広報誌や市民公開講座の運営などの「アナログ広報戦略」です。

広報誌はどうせ捨てられる

 当院では「広報誌なんてどうせ読まれずに捨てられるし,目に入ったとしても時間を割いてくれる人は少ない」と思っています。これはなぜか。捨てられることを前提にすれば,「じゃあ,捨てられないためにどうしたらいいのか」との発想が生まれるからです。そうした発想の転換から広報誌の刷新に着手しました。

 あらためて全国の病院広報誌を見てみると,ネタがカブり過ぎていることに気付きました。例えば,管理栄養士のレシピ紹介,理学療法士が勧める運動方法,連携医療機関の紹介,院内スタッフのピースサインの集合写真……。他院と差別化するための広報ツールなのに,それをしないのは本末転倒です。

 そのため当院の広報誌は高度医療の特集のみ。読者ターゲットは医療機関を狙い撃ちです。在庫が余れば院内にも設置するものの,患者さんのための広報誌は作っていません。

◆読んでもらうための仕掛け作りを

 広報誌の制作ルールは,①1テーマの特集,②文字量はA4用紙3枚以内(4000~5000字程度),写真メインのビジュアルブックを想定,③上質な紙の使用,の大きく3つです。

 表紙は「何これ!?」と思わせるようなデザインを意識し,内容がわかるような「〇〇特集」などの文字は記載しません(写真1)。まずは開いてみたくなる気持ちにさせることが重要です。そして短時間で情報を伝えるため,1テーマの特集で文字数を制限し,インパクトある誌面構成を行って流し読みを防いでいます。紙質にもこだわり上質な紙を使用します。この理由は何となく捨てづらくさせるためです。

写真1 小倉記念病院が発行する季刊広報誌『HANDS』(クリックで拡大)
表紙に特集名などは記載せず,開いてみたいという読者の衝動をかき立てる。内容は,心臓血管外科の医師が心臓手術で行う手技MICSを用いて鶴を折るというもの。表紙のインパクトに加え,技術力の高さをPRできる。

◆届けるところまでをイメージする

 医療機関の誰宛に送るのか。ここも非常に大切です。以前は「連携室様宛」や「病院長様宛」にしていました。でも考えてみてください。自分の病院の院長が「A病院から広報誌が届いたぞ。今回は循環器内科の特集かぁ。じゃあ循環器内科の部長に渡しておこう」なんてすると思いますか? 届けたい相手に届くようにするためには,ターゲットに直接送ればいいのです。ですので,当院では特集した内容によって宛名を変えています(クリニックは院長様宛です)。例えば,脳神経外科特集であれば「脳卒中ご担当医様」などです。一方で,循環器内科特集であっても,テーマによっては別の診療科の医師に送ることもあります。郵送前に,特集した診療科の紹介患者分析を行うと,より効果は高まるはずです。

◆新規ファンの獲得のために

 ここまで来ると,よりファンとなる医療機関を増やしたいとの欲が出てきます。新規ファンを増やすには,新設や移転,親から子への代替わりのタイミングが大きなチャンスです。その時期に営業をすることで,「自院のことを見てくれている」と思ってもらえる可能性が高いでしょう。では,どのようにこうした施設を見つけるのか。当院では毎月,厚生局が公開する保険医療機関の登録情報をチェックしています。「保険医療機関・保険薬局の新規指定一覧」と検索するとすぐに出ますので,ぜひ活用してみてください。

市民公開講座は開演までの時間を有効活用すべし

 患者を紹介していただける医療機関へのアプローチも重要ですが,生活者へのPRも重要です。取り組みの1つとして,当院では年12回市民公開講座を開催しています。毎回9時に開場し,10時開始です。ですが,8時に私が病院に着くと,すでに参加者が数人待っています。私の両親もそうですが家で待ちきれないんですね(笑)。となると,9時の開場直後から早めに客席が埋まっていきます。数年前までは「皆さん,早くからお集まりいただきありがとうございます。10時開始ですので,しばらくお待ちください」と言っていたのですが,その時間がもったいなく感じていました。

 そこで時間を有効活用するために,当院で可能な最新治療紹介動画を作成し,待ち時間に流すようにしました。具体的には,「皆さん,遅い不整脈に対する新しい治療が誕生したのを知っていますか?  『○○』という医療機器が登場しました。この治療法は……」と循環器内科の主任部長自らが病気や治療内容を説明する動画を流しています。さらに,単調な動画にならないよう,医療機器メーカーが制作するアニメーション動画に医師がアフレコして,よりわかりやすい動画に加工しています。この手法であれば当日に講演する医師以外も紹介できるので,病院の総合力もPRできます。

◆公開講座はプチインフルエンサー養成所

 市民公開講座のディレクションを担当した当初は「参加者が病気で困った時に当院を頼ってくれたらいいな」と思っていました。でも,ふと「そもそも参加者をファンにするためだけの市民公開講座でいいのか」と考えるようになりました。つまり,参加者をプチインフルエンサーに育て上げ,「口コミ」という名の当院のメディアとして地域で情報を拡散してもらえれば,参加者の何倍も当院の情報に触れる人が増えるはずだと考えたのです。

 そこで,市民公開講座のアンケートで「講座の内容を家族・友人へ伝えたことがありますか?」と聞くと,94%が家族や友人に伝えていることがわかりました。しかしこの数字はどこの病院も同程度のはずです。では,どう差別化するか。当院の情報を月1回の市民公開講座だけで終わらせるのではなく,複数回触れてもらおうと考えました。市民公開講座に足を運ばせるわけでもなく,ウェブサイトのように検索してもらわないと伝えられない方法でもなく,半強制的に情報に触れさせることができるツール。それが前回紹介したLINEの活用につながったわけです。

地元企業とのコラボ商品開発

 当院は2017年に創立100周年を迎えました。自動車メーカー「SUBARU」,乳製品メーカー「森永乳業」,タイヤメーカー「横浜ゴム」。これらの企業も2017年に100周年を迎えた企業です。「へぇ~」と思われた方,それこそが生活者の反応です。基本的に自分に関係のない組織の100周年に興味はないのです。しかし,当院の100周年イヤーをタッチポイント(生活者との接点)にするのが私の仕事です。どうやって地域の人に認知してもらうか。

 取り組んだのが北九州市内にある老舗「ごとう醤油」との調味料開発でした。なぜ地元の老舗醤油屋とのコラボ商品が100周年イヤーの認知につながるのか。それはメディア露出を狙ったからです。メディアに取り上げられれば何万人にも認知してもらうことが可能です。そうして完成したのが,当院の強みの領域である心臓・脳・腎臓に優しい調味料「100年ごはん」でした(写真2)。当院の管理栄養士が監修し,素材はもちろん,味にもこだわりました。「ずっと健康でいてほしい」。そんな願いを込めて作った調味料です。

写真2 地元企業とのコラボ商品(左から「健腎菜」「100年ごはん」「ECOトイレットペーパー」「無添加ハンドソープ」「無添加石けん」)

 メディア露出の結果は,地元テレビ局や新聞社,NHK,Yahoo!ニュースなど,テレビ放映が5回,新聞掲載1回,ウェブメディアへの掲載が40以上と,広告換算費で5300万円,リーチ数は1750万人となりました。「100年ごはん」の販売数は半年間で3000セット。ごとう醤油のラインナップの中でもかなり好評だったようです。

 当院ではその他にも,北九州市内に本社を置く「シャボン玉石けん」とのコラボ石けん,トイレットペーパーの生産量で国内トップクラスの「大分製紙」と当院から出た古紙を一部再利用して作った「ECOトイレットペーパー」,地元焼き肉店「龍園」との減塩焼き肉のたれ,水耕栽培に力を入れる「エスジーグリーンハウス」が栽培するカリウムが87%カットされたレタス「健腎菜」の有効性調査に協力するなど,地元企業とのコラボ企画を実施してきました(写真2)。

 記事を読んでいただいた読者の皆さま。選ばれるための競争が病院業界にも必要です。その競争によって生活者の医療リテラシーは向上します。医療リテラシーが向上すれば生活者自身が真っ当な医療を選別できるようにもなります。そのため,生活者への貢献度のより高い病院が生き残るはずです。一緒に日本の医療コミュニケーションの変革に取り組んでいただければ幸いです。


まつもと・すぐる氏
2006年より小倉記念病院勤務。医事・人事・管理業務を経て,現職のマーケティング業務に従事。Web,SNS,メディアリレーション,イベント,動画マーケティング,クリエイティブなど,コミュニケーションデザイン全般を統括する。病院マーケティングサミットJAPAN理事。

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