予測と不測――ナースコールの進化と看護(井部俊子)
連載
2019.10.28
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部 俊子 長野保健医療大学教授 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
患者が意思や要望を伝えるために「ナースをコール」する手段として,古くから「ナースコール」が使われている。いつ頃からナースコールが登場したのかはよく知らないが,最近は飲食店で注文をするために店員をコールするにも“ナースコール”様のものが設置されている。
進化しているナースコールシステム
最近は,単にナースを「コール」するだけでなく,さまざまな機能を兼備したナースコールに進化している1)。ナースコールの種類によっては,患者が用件を選択して該当ボタンを押す。優先順位をあらかじめ設定しておくことで,ナースコールが優先順位を判断し通知順序や表示の大きさ,あるいは誰に通知するのかを判断することができる。ナースコールの「用件」がわかることにより,優先度別にナースコールの効率的な対応ができる。
ナースコールと電子カルテシステムを連動させることで,院内情報の転記が不要となる。ベッドサイドの患者氏名の表示だけでなく,感染予防,転倒防止対策,安静度,その日のスケジュールなどと連動して表示され活用される。情報の更新にも対応し,伝達の間違いを防ぐことができる。また,ナースコールシステムから収集するデータをカスタマイズすることによって,①病棟別/時間帯ごとのナースコールの発呼回数,②呼び出し部屋・ベッド番号,③呼び出し種別集計(一般呼び出し,排泄コール,点滴コール,離床センサー,トイレ/浴室コール,緊急呼び出し),④応答時間,⑤病室に到達し,ナースコールを復旧するまでの時間(現場復帰時間)を収集することができる。
ナースコールシステムは,患者が意思や要望を伝える手段である一方,看護師の業務量を測るツールの一つにもなっている。ナースコールと電子カルテシステムとの連動によって,個々の患者のナースコール履歴データと患者の「重症度,医療・看護必要度」をひも付けすることが可能となり,詳細な患者の状況や傾向がわかるようになる。さらに「重症度,医療・看護必要度」との関係を分析することで,医療的管理や重症度を示すA項目が高得点の患者よりも,日常生活援助状況を示すB項目が高得点の患者が看護師の業務量に影響しているということを客観的データとして示すことができる。
進化したナースコールシステムから得られるデータを活用している先進的な病院では,ナースコールの内容と「重症度,医療・看護必要度」の分析から,「離床センサーの対応」や「生活援助への対応」は患者の見守りや食事・排泄介助などであり,医療的介入を必要とする行為ではないことがわかった。そこで,離床センサー対応や一部の食事・排泄介助は看護補助者に業務委譲できると考え,ケア方法や介助時の注意点を指導して夜勤帯の一定時間は看護補助者が離床センサーによるナースコールの対応をすることにしたという実例がある。
ナースコールシステムとスマートフォンも結合されている。これによってナースステーション(もしくはスタッフステーション)だけでなく,どの場所にいてもナースコールの内容やモニターアラームの内容や心電図の波形情報,離床センサー使用の有無,画像情報もリアルタイムで確認できるようになる。さらに,先進的なナースコールモニターは,他部門の情報も一覧表示ができる。例えば,手術がどこまで進んでいるか,リハビリはどこで誰が行っているかを共有することで,業務の調整・配分,サポート体制を検討することができる。
ナースコール機能の進化によって得られたさまざまな情報は現場の業務改善を促し,ナースのモチベーションを高める。業務の改善後,ナースコールの頻度が3分の1に減ったという報告もある。ナースのモチベーションの向上は離職率を低下させるとも言われている。
ナースコールの頻度は個々のナースの力量を表す
ところで,先日,ナースコールの機能について興味深い議論をする機会があった。テーマは,ナースコールはナースの「業務中断」をもたらすものなのかどうかということである。ナースステーションでキャッチするナースコールは,ある調査によると4分に1回という頻度であり,ナースの業務中断をもたらす。頻繁な業務中断はナースの労働環境としても不適切ではないかという問題提起である。そのため,単なるコールではなく,コールそのものに付加価値をつけるというアイデアであり,本稿で前述した内容に関連する。
この問題提起に触発されて,私はナースコールから発生する「予測と不測」を考えた。ナースコールを使用する患者があらかじめ画面に表示された要求内容(トイレ,食事,薬,痛い,眠れない等)を選択してナースをコールしてもらうという考えは,患者のニーズの「予測」に基づいている。この段階の予測は一般的であり当該患者に特化したものではない。療養生活支援の専門家であるナースはこれらの一般的な予測を当該患者について瞬時に特定することができる力がある。「○○号室のあのコールは痛み止めを要求しているコール」とか「トイレが終わったというコール」などと判断する。それで病室を訪れる前に必要な物品を準備していくのが優れたナースの予測機能である。
そうであるならば,患者がコールする前に予測して対応しておくことができるのではないかということである。ナースが予測に基づくケアを行っていれば,ナースコールの回数は激減するであろう。そうすると,患者がナースコールを押すのはナースが予測できなかったニーズ,つまり不測のニーズであるということになる。必然的に優先度は高い。私の経験では,デキるナースが受け持つ患者からのナースコールは少なかった印象がある。
看護における予測と不測という見方はなかなか面白い。ナースコールは,業務中断をもたらすやっかいなものではなく,個々のナースの力量を表すということもできる。
(つづく)
参考文献
1)井部俊子,他.看護業務の効率化に関する調査研究.平成30年度厚労省医政局看護課看護職員確保対策特別事業報告書.2019.
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