腱反射(福武敏夫)
連載
2019.10.21
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第16回]腱反射
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
今回は,医師なら誰しもハンマーで叩いたことのある腱反射(tendon reflex)についてです。Google Scholarで昔の日本語文献を検索する限り,1890年に鉛中毒の症例報告の中で,「上下兩肢ノ腱反射ハ著シキ亢進ナク」と使われたのが最初のようです。その後も腱反射という用語は長く用いられています。
しかし,解剖生理学的に最も望ましい表現は筋伸張反射(muscle stretch reflex)です。腱はハンマーで叩く部位にすぎず,腱への刺激により筋の伸長が生じ,筋紡錘が引っ張られることで反射が開始されるのです。同じ意見が2015年の『Muscle&Nerve』誌に掲載されています(PMID:26228437)。神経学辞典の最高峰たる『Companion to Clinical Neurology』でも,tendon reflexは最も行き渡ってしまった誤称(misnomer)の1つとされています。とは言っても,ここまで汎用されてきた用語を変えろとは言いません。
ところで,深部腱反射(deep tendon reflex)もそれなりに用いられている用語です。Google Scholarで検索すると,深部腱反射でヒットする文献は3450件,(深部腱反射を引いた)腱反射は1万2250件であり,PubMedではdeep tendon reflex は5000件,(deep tendon reflexを引いた)tendon reflexは9000件であり,日本語でも英語でも,深部(deep)を付けない方が多く使われてきています。表在腱反射は存在しませんから,「深部(deep)」という言葉を付けることには全く意味がありません。
英語圏の標準的な神経診察学の教科書である『DeJong’s The Neurologic Examination』では,並記はされていますが,deepが残存しています。Deepが付いているのは「多分に英語の語呂(euphony)によるともいう」(平山惠造『神経症候学 改訂第二版』)ことと思われます。深部腱反射という言葉は,バビンスキー徴候などの表在反射(正確には皮膚・粘膜反射)を意識して作られた言葉と思われますが,それなら「腱」が余計でした。中国では,これらの反射は表在反射と深部反射とに大別されており,これはこれで許容されます。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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