医学界新聞

患者のそばで最高のパフォーマンスを発揮する

寄稿

2019.09.23 週刊医学界新聞(看護号):第3339号より

 2013年,福岡県にある飯塚病院では看護師の生産性向上を目標に,製造業におけるセル生産方式を応用した「セル看護提供方式®」(以下,セル看護)を全病棟で導入した。日勤看護師全員が患者を均等に受け持ち,看護業務のムダを徹底的に排除した病室内で看護を完結させるのが特徴だ。こうした取り組みは看護師の労務環境の改善,患者の転倒・転落や褥瘡の発生件数減少にも貢献し,全国から注目を集める。セル看護を開発した同院の取り組みを取材した(関連記事)。

 スタッフステーションがガランとしている。十数分ほど待ってみても,出入りするのは医師やクラーク,管理栄養士だけで看護師の姿はない。周りを見回すと,PCを載せたカートを押しながら病室に入っていく看護師を見つけた。後に続いて病室に入ると,もう1人の看護師の姿が。看護師はそれぞれカートを患者のそばに寄せ,笑顔で患者と会話をしながらカートに積んだ処置具を取り出し業務を行っている。この間,患者のそばから看護師が動いたのは,病室内に備え付けられている棚から物品を補充したときだけ。全ての業務が病室内で完結していた。

 製造業の世界にはセル生産方式と呼ばれる生産体制がある。1人,もしくは数人の小集団が製品の組み立てから検査までの全行程を受け持つことで待ち時間を排除し,生産性を上げる方式だ。このセル生産方式を看護分野に応用したのがセル看護である。

 セル看護が従来の看護提供方式と異なるのは,患者―看護師間のやりとりだけに注視するのではなく,業務の「流れ」と患者に与える「結果」にも着目し,勤務時間内に最高のパフォーマンスを上げる点にある。その中で特筆すべき点は,①受け持ち患者の均等割り振り,②看護業務のムダ取りの大きく分けて2つだ。以下に,実際の工夫を見てみよう。

◆受け持ち患者の均等割り振り

 セル看護では,看護師1人当たりの業務量軽減のため,師長を除く日勤看護師全員が日単位に患者を割り振られ,担当患者に対するあらゆる業務を受け持つ。現在,飯塚病院の看護師1人当たりの受け持ちは4人である。しかし,看護師不足と言われ続ける中で,この体制は本当に実現可能なのか。

 セル看護を発案・開発した同院看護部特任顧問の須藤久美子氏が看護部長に就任した2008年当時,チームナーシング制度を採用していた同院では,日勤の看護師1人当たり6~8人,時には10人の患者を担当するような過酷な状況だったという。

 こうした環境を改善しようと須藤氏が看護体制を見直した際,病棟の総患者数を師長も含めた日勤の看護師数で割ったところ,看護師1人当たりの担当患者数は3~4人程度であることが明らかになった。計算上は,業務に余裕ができる人員数であるにもかかわらず,現場との実情になぜこれほどのギャップが生じてしまったのか。そこには「従来の看護体制に対する固定概念の邪魔があった」と須藤氏は振り返る。

 一般的なチームナーシングは,部署の看護師を3チーム程度の小規模集団に分け,リーダー看護師の下で業務を行う。一方で小集団の中にはリーダー看護師をはじめ,早・遅出,フリーなど,担当患者を受け持たない看護師がおり,結果的に患者を受け持てる看護師数だけで業務の分配を考えると,受け持ち患者数が増大してしまうのだ。

 そのため,セル看護では1人にかかる業務量を減らそうと,まずは受け持ち患者の均等割り振りを行った()。「早・遅出で行っていた業務を全員で少しずつ分担することで,この変更はスムーズにできた」と須藤氏は述懐する。また不測の事態への対応を目的に置かれていたフリー看護師の業務も,病棟ごとに物品の位置をそろえ,他フロアからの応援を呼びやすくすることで代用できるようにし,患者対応に専念できる体制を構築した。

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 セル看護提供方式とチームナーシングの比較イメージ
チームナーシングでは,リーダー,早・遅番,フリーなど,受け持ち患者を持たない看護師がいる一方,セル看護では師長以外の全ての看護師が患者を均等に受け持つ。また,1部屋に複数の看護師が出入りするよう人員を配置しているのも特徴だ。

◆看護業務のムダ取り

 セル看護は,従来のスタッフステーションを起点とした情報収集やカンファレンスではなく,ベッドサイドを起点とした業務運用を基本とする。この取り組みを最大限実現するために,①動線のムダ,②記録のムダ,③配置のムダの3点に絞り,それぞれ対策を講じた。具体的にどのような内容か。

 ①動線のムダ取りは,患者のそばに看護師が居続けるための最重要項目である。看護師が戻ることの多いスタッフステーションと病室間を何度も往復しないよう,カートに物品を詰め込んだり,病室周囲に棚を設けたりして,少しでも患者のそばにいる時間を確保できるよう工夫している。

 ②記録のムダ取りは,利活用されないメモや下書き,重複した記録の削減を目的とする。そのため看護ナビコンテンツの活用や叙述記録の廃止,患者サマリーの簡略化など,必要最低限の情報伝達を心掛ける。

 ③配置のムダ取りは,業務量を均等にし,定時退勤を実現するための対策である。注目すべき点は,業務内容に詳細なタイムスケジュールやマニュアルが設けられていることだ。スケジュールに沿って,業務に遅れが無いかを常にチェックすることで,時間軸を意識した生産性の向上が見込める。

午後のスケジュール(抜粋)

13:30~ 患者状態観察,注射,処置,入院・転棟患者受け
14:00~ おむつ交換,ポジショニング
15:00~ 全スタッフの業務終了確認,午後の記録終了確認,アセスメントデータ入力,業務補完
16:00~ おむつ交換,ポジショニング,担当患者へ挨拶,午後の業務確認,新人と業務の振り返り
16:55~ 業務引継ぎ,使用したPCカートの整理整頓
17:00  退勤

 加えて,気を付けたいのは夜間の看護師数の問題である。夜間の業務量に配慮し夜勤者数を増やしたくなるものだが,すると当然ながら日勤の看護師数にも影響を及ぼす。これでは業務改善の元も子もない。少しでも夜間への影響を抑えるには,「日勤の看護の質向上が必須」と須藤氏は強調する。

 夜間に困るのは不穏を呈した患者の対応である場合が多い。このような患者の言動は一見予測不可能かもしれないが,その行動には必ず意味があり,セル看護で患者のそばにいることができれば,患者の行動を理解し,対応可能なケースもある。同院の整形外科病棟では,日勤帯に対象の患者を集め,常に看護師の目が届くようにして患者対応を続けたところ,日勤帯で患者が眠ることが少なくなり,夜間は安眠するようになった好事例がある。アイデア次第で対応可能な患者も増えてくるはずだ。

 看護部全体での業務改善の工夫により,可能な限りベッドサイドで業務を行い,患者の意図をくんだ先取りケアを実践できる環境を整えている。実際,セル看護導入によって褥瘡発生率および転倒・転落患者数は減少した。また,看護師が常に病室にいるためナースコールもほとんど鳴らなくなった。

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写真 ①看護師がカートに載せたPCを用いてベッドサイドで記録を行う様子。カートの中には看護に必要な種々の物品が収めてある。 ②病室内に簡易的な収納棚を設け,スタッフステーションに物品を取りに戻らずにすむような工夫を施す。

 セル看護では,業務補完を大きな理由として1部屋に複数人の看護師が出入りするよう配置の工夫が施されている(図)。複数人の看護師が1部屋にいることで,複眼的な視点で患者にかかわることができ,異常の早期発見・早期介入が可能になる。同室を担当する1人が,たとえ新人看護師であった場合でも,すぐフォローに入れる環境が生まれるのだ。実際,新人教育担当の看護師からは「新人が患者さんと何を話しているのか,患者さんにどのような指導をしているかを近くで確認できる」と好評だという。新人教育を受けた看護師からも「困ったらすぐに質問できる位置に先輩がいるため安心する」との声が上がり,指導担当,新人双方に良い影響を与えている。現に,セル看護の導入以降,新人看護師の離職率が低減したとのデータも出ている。

 業務補完の考え方はさらに,超過勤務対策にも有効だ。同院では,定時である17時に退勤するために,毎日11時と15時に業務の進捗状況を先述のタイムスケジュールに沿って確認する。業務に遅れが出ていれば,業務に余裕ができた看護師が業務補完としてフォローに入るよう師長が指示を出す。他方,スケジュール通りに終わっていないと同室の看護師が確認すれば,互いに補完し合える文化も根付いている。この連携によって,日勤看護師全体の平均退勤時間が30分以上早まったという。

 「ベッドサイドにずっといることで,患者さんから苦情が出ることはないのか?」。学会等でセル看護について発表すると,決まってされる質問だと森山由香氏(同院副院長兼看護部長)は語る。セル看護導入時,この質問は院内の看護師たちからも挙がったと森山氏は振り返る。

 近年,同院はこうした質問に対してエビデンスのある返答をするために,セル看護が患者に対してどのような影響を与えるか調査している。同院が行った患者アンケートによると,「看護師がそばにいると安心する」と感じた患者は全体の87%,「プライバシーが守られていないと感じることがあったか」との質問には81%の患者が「全くない」と回答した。

 患者の大半が好意的な反応を示したのはなぜか。そこには「プライバシーに対する考え方の違いがある」と森山氏は指摘し,こう続けた。「例えば,健康な状態のときに誰かがずっとそばにいるとなれば,監視されていると感じやすいが,仮に自分自身が病気で入院したときを想像すると,健康面などの不安から『そばに誰かいてほしい』と多くの人が感じる。患者さんに対し『自分のことを気に掛けてもらえている』との安心感を与えられれば,看護師への否定的な感情は起きない」。

 さらに,ベッドサイドにおける看護の導入によって何が一番変わったのかを現場で働く看護師に尋ねると,「患者のもとに他職種が集まるようになったため,自然とディスカッションする機会が増えた」との回答があった。特に理学療法士との連携が増えたようで,「今までは運動機能状態を理学療法士から事後報告で聞いていたが,リハビリ風景を自分の目で確かめられるので,患者の回復状態がイメージしやすく,日常看護のケアにも役立つ」と語ってくれた。

 患者状態を細かく把握するベッドサイドでの看護の有用性が,病棟スタッフの不安を軽減し,患者に安心感を与えることが実証されつつある。

 セル看護が開発されてから6年余りが経過し,見学者や研修依頼も増加している。2019年7月現在,70以上の施設が見学に訪れ,社会医療法人敬愛会中頭病院(沖縄県),医療法人博愛会頴田病院(福岡県)がすでに導入した。多数の施設での導入および効果検証により,セル看護のメリット,デメリットをより明らかにしたいと考える同院にとっては朗報だ。

 ただ,こうした見学や研修依頼を歓迎する一方で,見学者に対して必ず尋ねる質問がある。「セル看護を導入して何を実現したいのか」。この問いの背景には「セル看護はめざすものではなく,あくまで身体拘束の低減,転倒・転落の防止や残業対策などの目標を実現するためのツールにすぎない」との森山氏の考えがある。医療の質向上やケアの受け手に与える価値の最大化が最終目的であり,セル看護を導入したら全て完成ではないとの理念があるのだ。各病院の特性に合ったセル看護の形に改善していく必要があるとの思いを持って,導入を検討しに訪れる見学者にセル看護を紹介している。

 働き方改革の一手として,残業時間の短縮にもつながる上,真に患者に寄り添う看護の実践ができるセル看護は多くの施設にとって魅力的に映るのではないか。「一度やってみて,うまくいかなければまた元に戻ればいい」。開発者の須藤氏の言葉を信じ,一度導入を検討してみるのはどうだろうか。

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写真 患者の昼食時の風景(左)。食事および嚥下機能評価のため,言語聴覚士,管理栄養士も患者のベッドサイドに集まり,看護師と共に情報共有を行う。写真右は森山由香看護部長。

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