睡と眠(福武敏夫)
連載
2019.09.16
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第15回]睡と眠
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
睡眠は神経学の大事なテーマです。前漢の『易林』に「耆蒙睡眠」と書かれているのが,調べた限り中国での睡眠という言葉の初出です。睡は目+垂(花が垂れ下がる形)から成り,まぶたを垂れて眠る様子を表し,どちらかというと「坐して眠る/いねむり」のこと。眠は目+民から成り,民は艮とよく似ていますが,人の片目を針で刺した象形です。これは目をつぶされた奴隷の意味を持ち,同じく眠ることを表します。しかし,眠の本字は瞑と言われ,これは眼をつぶる(→瞑想)とか永眠(→瞑目)とかの意味を持つようです。以上から,睡眠深度では睡<眠のように思います。
明治政府によって編纂された百科事典の『古事類苑』には「睡眠病」の項があり,2つの文献が紹介されています。まず,『中右記』(平安時代後期のある公家の日記)には,「此曉,……藤忠宗薨,……一昨日仁王會検校勤仕,夜前俄不例,暁頓滅也,年來睡眠病也,睡眠病人二人已夭亡,……尤可恐病也」(筆者訳:今朝早く,……藤原忠宗がみまかった。……一昨日仁王会で監督を務めたが,その夜にわかに床に臥し,今早朝に急死した。長年睡眠病を患っていた。睡眠病では既に2人が亡くなっており……恐ろしい病気だ)とあります。もともと「睡眠病」持ちの若い男性が急に床に臥し,翌々朝亡くなったことから,重度の睡眠時無呼吸症候群による致死的不整脈の可能性があります。
次に,1847年に書かれた『異疾草紙』(『病草紙』の写本)には,「なま良家子なるおとこありけり,すこしもしづまれば,ゐながらねぶる,人のいかなることをせむもしるべくもなし,まらう人のとき,まことにみぐるしかりけり,これも病なるべし」とあります。ここの「まらう人」は客人のことで,「ゐながらねぶる」はナルコレプシーなどの過眠症と思われます。
なお,現代中国では睡眠時無呼吸症候群は「睡眠呼吸暂停綜合征」,ナルコレプシーは「发作性睡病」,レム期睡眠行動異常症は「快速动眼期睡眠行动障碍」です。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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