医学界新聞

連載

2019.09.16



ケースでわかる診断エラー学

「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。

[第9回]診断エラーの予防:教育のカイゼン

綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)


前回よりつづく

ある日の診療

 診断エラー改善のために,私は院内勉強会を始めようとした。ところが,「診断なんて,患者さんと向かい合った医師が考えるものでしょう?」「多職種がかかわることが大事って,私たちリハ職に何ができるんですか?」と言われるなど,診断エラー予防に多職種がかかわることの重要性をうまく伝えられないでいた。どうしたらよいかわからなくなったところに,指導医Aがやってきて声を掛けた。


診断エラーにおける多職種コンセンサスカリキュラム

 診断エラーにおける重要な報告書『Improving Diagnosis in Healthcare』1)にも,診断改善のための推奨に,全ての医療専門職に対する教育内容の改善が含まれている。医療専門職は診断推論の基礎を学ぶ一方でほとんどの卒前教育では診断過程や診断エラーの回避策について教育が行われていないという大きな問題がある。

 そのため,Society to Improve Diagnosis in Medicineが主体となって「診断と診断エラーにおける多職種コンセンサスカリキュラムプロジェクト」が形成され,患者,臨床医,臨床教育部門,看護師,薬剤師などの診断に寄与するステークホルダーが幅広く集められ,合意形成のための委員会が形成された。診断と患者安全に対する教育の見直しが行われ,後述する2つのプロダクトが現在までに形成されている。

 1つはNew Driver Diagram(2)である。委員会でデルファイ法を用いて,教育を通じて診断の改善につながる5つの鍵となる促進因子が選出された。5つの鍵を促すことで,change ideasとして示される次のような考えを持ってもらいたい。

・教育とトレーニングは多職種が連携して行われるべきだ
・教育は認知科学と学習科学における最新の知見を組み入れるべきだ
・人的要因の重要性について徹底して強調されるべきだ
・鑑別診断想起への熟達が重要だ
・診断には情報科学の使用についての熟達が必要になる
・よく機能するチームは個人を上回る

 診断の質向上につながる因子を示したNew Driver Diagram(文献2をもとに作成)(クリックで拡大)

診断に関する教育のための12個のコンピテンシー

 質の高い診断過程構築のためには,幅広く包括的な知識が必要である。そのため,多職種間での12個のコンピテンシーが,診断の質と安全の根底を成すものとして示された(3)。コンピテンシーは,個人,チーム,システムの3つのレベルに分けられており,職種を問わず適応可能とされている。教育の改善によってコンピテンシーを身につけることで診断の改善をめざしたい。

 診断の質と患者安全を担保するためのコンピテンシー(文献3をもとに作成)
個人レベル:健康に関連した状況を適切に説明する診断に至るために臨床推論を行い,診断仮説構築のために必要で重要な臨床所見を正確かつ効果的に集められる。

1)診断プロセスの中で適切かつ効果的に次のものを活用できる:効果的な対人コミュニケーション技術,病歴聴取,身体所見,診療記録の再評価,診断のための検査,電子カルテ記録,ヘルスITの資源

2)健康問題を,必要不可欠な疫学,臨床,心理学的情報を含む正確な病歴要約で明確に表現,もしくはその過程に貢献できる。

3)価値ある鑑別診断(正確に優先順位付けされ,見逃してはいけない診断を含む)を生成する過程に寄与できる。

4)疾患の典型的な症状に関する正確な知識を有する。これをもとに,病態生理,検査における疾患の尤度比,自分の臨床経験を考慮しながら患者の所見や検査結果を踏まえて,鑑別診断の優先順位付けを行える。

5)診断の精度と適時性改善のために,現場でのケアリソース,チェックリスト,コンサルテーション,セカンドオピニオンなどの臨床判断サポートツールを活用できる。

6)振り返り,臨床研究の結果,クリティカル・シンキングを活用して診断パフォーマンスを改善し,診断過程において有害な認知バイアスを軽減できる。認知の強みや弱み,診断における文脈の影響,不確実性への対応についてディスカッションし,振り返りを行う。これにより非典型症状,見逃されている情報,暫定診断と“合致しない”鍵となる所見についての気付きを示すことができる。
チームレベル:複数の専門職で構成される診断チームでは,効果的な協力関係を築く必要がある。効果的にコミュニケーションを取り,(患者と家族を含む)チームの全てのメンバーから情報を求め,患者に対する解釈モデルを共有し,診断を詰めるための計画を作成できる。

7)診断を詰める計画を作成する段階で患者の価値観や嗜好を尊重し,患者・家族と協働・協力できる。能動的に病歴を聴取し,患者に質問を促し,新たな,もしくは判断を変える情報について注意を払える。診断プロセスを説明し,可能性が最も高い診断を認識するための患者と家族の役割についても伝える。診断の不確実性の存在を,適切に共有できる。

8)その他の医療専門職(看護師,医師,診療放射線技師,臨床検査技師,薬剤師,ソーシャルワーカー,理学療法士,医学図書館司書など)と協力し,診断プロセスにおいて効果的にコミュニケーションを取れる。特に患者・家族と医師の間に存在する権威勾配について積極的に認識し,解消に励むことができる。

9)ケア移行に関して効果的な戦略を適応できる。診断に関する正確で十分な情報の移行を促進するために,結果が出ていない検査と不確実性のある領域も合わせて伝えられる。検査結果のみについてのやりとりを収束させ,今後のフォローアップについて期待できることを明らかにする。
システムレベル:適時で正確な診断と診断エラーの回避に寄与し,それを促進するシステム要因を認識し理解できる。

10)労働環境がパフォーマンスに与える影響を認識し,どのように人的要因が診断の安全とエラーに関与するのかディスカッションできる。診断精度や安全性に影響を与えるシステム要因を減少させるための一手を打てる。施設の資源(人,チーム,技術,特に電子カルテ記録)を効果的に利用し,患者のケア,診断検査サービス,コンサルテーション先へのアクセスを最適化できる。

11)診断の安全文化を発展させられる。オープン・ダイアローグを促し,素晴らしい診断パフォーマンス,ニアミス,エラーに関する分析とディスカッションによる継続的な学習を促す。個人とチームのレベルでフィードバックを互いに行い,後の診断パフォーマンスの改善につなげることができる。

12)診断エラーと診断機会の喪失について,患者,家族,チームメンバー,監督者,患者安全・質改善のスタッフに対して透明性を高く,タイムリーに開示できる。

診療その後

 指導医Aは,診断エラーの学習目標とすべき多職種向けのコンピテンシーの存在を伝えた。また,New Driver Diagramの中に含まれる,“change ideas(考えを改めるべきこと)”の内容をうまく強調していくことを勧めた。その後,病院で「診断の遅れがあったケース」が発生したタイミングで,多職種の代表を集めてグループディスカッションの小さな場を設定した。多様な背景因子を元にして発生する診断エラーケースの改善のために,チーム・システムレベルでのコンピテンシーの内容を共有した。参加したメンバーの理解と納得を得て,今後の診断カイゼン活動を行うチームを院内に創ることができた。

今回の学び

・ほとんどの職種の卒前教育で診断エラーについて学ばないため,教育の機会を作ることが必要である。
・診断の質と患者安全を担保するためのコンピテンシーが定められており,個人,チーム,システム,それぞれのレベルで達成することが求められる。

つづく

参考文献・URL
1)Balogh EP, et al. Improving Diagnosis in Health Care. National Academies Press;2015.
2)Society to Improve Diagnosis in Medicine.A New Driver Diagram.
3)Society to Improve Diagnosis in Medicine.Competency Summary List.

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