医学界新聞

対談・座談会

2019.08.05



【座談会】

職能の壁を超えたケアの連携を
医療福祉職による症状アセスメントのすすめ

前野 哲博氏(筑波大学医学医療系/同附属病院総合診療科 教授・副病院長)=司会
佐々木 淳氏(医療法人社団悠翔会 理事長)
木澤 晃代氏(日本大学病院 看護部長)


 タスクシフトと聞いて,どう感じるだろうか。国を挙げてタスクシフトが推進される現在,新たな業務を任せられる医療福祉職たちの中には不安に駆られる人もいるだろう。では,この不安は何が原因なのか。要因の一つに「すぐに受診させるべきか,様子見でよいのか」という,医師が経験上獲得してきた無意識の中で行う臨床推論を医療福祉職は学習してきていないことが挙げられる。

 こうしたタスクシフトによる不安を拭い去るために前野氏がたどり着いた答えは,臨床推論の過程の言語化である。近著『医療職のための症状聞き方ガイド――“すぐに対応すべき患者”の見極め方』(医学書院)では,臨床推論の過程が可視化され,症状アセスメントの正しい順序と判断の根拠が示されている。本紙では,タスクシフトが必要とされる現状を踏まえながら,次代を担う医療福祉職に求められるスキルとは何かを座談会を通して明らかにする。


前野 近年,さまざまな理由から医療福祉職の方が職能の垣根を超えて協働しなければならない場面が増えました。その際「ここは私の仕事の範囲ではありません」と,シャッターを下ろしたくなる気持ちはよくわかります。多くの医療福祉職は,自身の専門領域しか勉強してきていないわけですから逃げ出したくなるのは当然です。

 しかしながら,働き方改革や在宅医療の推進などを背景に,複雑化した医療へ対応するためにはタスクシフトが避けられないとの実情もあります。そのような背景の中で,職能の壁を超えた多職種連携をどう実現させていけばよいのでしょうか。

 今回は,在宅医療の現場を知る佐々木先生と,日本における特定看護師の先駆けであり,タスクシフトが進む救急看護の現状を知る木澤さんと共に,今後の課題を明らかにしていきたいと思います。

医療現場で何が起きているのか

佐々木 私が連携する医療福祉職は,介護を専門とする方が多くを占めます。介護職の大半は,医療に対し潜在的な苦手意識や,医療に従う感覚を持っており,何かあれば医師や看護師に確認しなければならないとの思考回路になっているのが現状です。

前野 介護職のそうした意識によって,在宅医療の現場ではどのような問題が起きているのでしょう。

佐々木 ほんの一例ではありますが,老人ホームで在宅酸素療法を導入するときに「酸素濃度の状況を見て調節してください」と施設にお願いしたところ,「介護職は一切タッチしません。それでもよければ在宅酸素療法を導入してください」と言われた経験があります。

 在宅医療の現場はこれまで,比較的容態が安定した患者さんが多く,ケアの内容も限定的でしたので,職能で明確に線引きされても成り立ちました。しかし,国を挙げて在宅への移行を推進する最近の流れから,複数疾患を抱えていたり,急性期疾患からの回復期であったりと,リスクの高い在宅療養の患者さんが増えました。

 つまり,医療福祉職の方には以前よりも高いレベルの医療知識が求められるようになっているということです。

前野 在宅医療の現場も大きく変わってきているのですね。看護の現場はいかがですか。

木澤 患者さんをアセスメントする際,今すぐに医師の指示を仰ぐべきなのか,もしくはこのまま様子を見るべきなのかと,判断に迷うケースは多々あります。一方で,「様子を見ている間に何かあったらどうしよう……」という不安から,報告内容の焦点が定まらないままに医師へ連絡してしまうことも少なくありません。

 現場スタッフの中には,アセスメントに苦手意識を持つ方もいるはずです。

前野 医師の立場からすると,手当たり次第にドクターコールをされるのは困りますが,異常の報告がなく,知らぬ間に重篤化してしまうのも困ります。

 「お腹が痛いです」と患者さんに言われたとき,看護師はどのような思考回路になるのでしょう。

木澤 診断の付いた患者さんの場合,重点的に見る項目が決まっているので,ある程度パターン化した対応を念頭に置きます。しかし,診断が付いていない患者さん,もしくはチェック項目に入っていない症候や症状を正確に聴取してほしいと頼まれた場合,経験知にもよりますが,苦手とする方が多いですね。

 看護師の思考の根底には「それは医師の指示だから」と,責任を持ちたくないとの考えもあると思います。

前野 もちろん,最終的な診断・治療の責任は医師が負いますが,不確実性が避けられない医療の中で決断を下す重みを看護師にもぜひ理解してもらいたいですね。

木澤 この問題の解決には医師と看護師双方の歩み寄りが必要だと考えています。現状,医師から「何でこうしたのか?」と問われたときに,「ここが気になったからです」と客観的な評価が言えず,萎縮する看護師がほとんどではないでしょうか。まずは,お互いに率直な意見を伝えられるような関係づくりが重要です。

医師への連絡の判断基準とは

前野 ではもう少し踏み込んで,医療福祉職が患者さんの異変に気付いたときの医師への連絡基準について考えてみましょう。

 例えば,夜間に患者さんが不調を訴えたとき,看護師は当直医へ連絡するか迷うことがあると思います。迷った末に電話をかけたら,「何でもっと早く言わなかったんだ」あるいは逆に「こんなことで電話をするな」と怒られてしまった経験がある方も多いのではないでしょうか。一般的に,看護師が医師へ連絡するタイミングはどう判断するのでしょう。

木澤 医師からの指示に該当すればドクターコールをしますが,その条件以外でも状況が悪化する可能性があると思えばドクターコールをします。それに,看護師は時間帯も気にしますね。朝方の場合,「あと1時間で日勤の医師が来るから様子を見よう」など,本当は呼ぶべき状況でもためらってしまうことがあります。勤務交代時はいわば,魔の時間帯です。

前野 最終的な判断基準は看護師個人のアセスメント力にかかっているわけですね。では,その判断指標を学ぶトレーニングはあるのでしょうか。

木澤 各施設で研修等を実施していますが,実践的なトレーニングをする施設は限定的だと思います。

前野 医師への連絡基準について佐々木先生はどうお考えですか。

佐々木 私の場合,連絡が来る相手は,患者家族か医療福祉職の大きく2パターンです。

 家族からの場合,患者の生活スタイルをすでに知っているため,普段と様子が少しでも異なると電話をかけてきます。それも頻繁に。しかしそれでは診療効率が明らかに悪い。

 そこで私たちは,介入開始から3か月程度の間,患者と家族への教育を手厚く行っています。多くの場合,患者特有の症状がこの期間内に表れるからです。特有の症状さえ知ることができれば,何が起こるか医師はある程度予測可能ですので,対応方法を家族に伝えられます。すると,家族内で対応してもらえるようになるため,やがて医師が過度に介入しなくてもよくなります。もちろん,終末期になれば再び手厚くサポートすることが前提です。

前野 医療福祉職から連絡が来るケースはいかがでしょうか。

佐々木 独居で在宅療養をしている場合,介護職や訪問看護師,あるいはケアマネジャーが家族の代わりとなるため,彼らが所属する訪問看護ステーションや介護事業所などの施設の特性によって,医師の対応は大きく変化します。極端なケース,この施設には対応を任せられると思ったら,お願いしてしまうこともありますね。

前野 対応を任せられるかはどう判断するのですか。

佐々木 共に仕事をする中で,医師が往診に行ってもこの施設と同じ見立てをするだろうという基準で判断します。

前野 共通のビジョンが見える施設はいいですね。そうではない場合,どのようなかかわりをするのでしょう。

佐々木 まずは医療福祉職が自信を持ってマネジメントできるようなきっかけづくりをします。例えば,対応に迷ったケースがあれば,申し送りの時間を使ってどう考えればよかったかを皆で話し合ってもらいます。その中で「この方は今後○○が起こりそうだから,××が起こったら連絡してほしい」という話をすると,看護師から「実はこの方,前回の肺炎の時に熱が出ませんでした」といった新たな情報がもたらされることがあります。こうした発言を取り上げることで主体性を高めるきっかけにします。

 ささいなことでも電話をかけてくる施設は,「医学的に合理的ではない」と伝えても,「家族が希望していますから」と,家族の主張を盾に不要な検査などを正当化してしまいます。医師に対する過度な依存を解くためにも,まずは成功体験を積んでもらうことが大切です。

前野 発言を引き出すような配慮も医師側には必要になるということですね。

佐々木 ええ。ここで叱責してしまうと,医師の判断への依存を助長しかねません。医療福祉職がある程度医療的な要素まで自信を持ってマネジメントできるようになれば,多職種連携がよりフラットな形になります。

木澤 確かに医師から自分のアセスメントが認められれば「次も頑張ってみよう」と自信につながります。そのときに何がよかったかを具体的に教えてもらえると,より手応えを感じられますね。

前野 おっしゃる通りです。医師は,臨床推論の考え方を当然の知識として理解しているので,わざわざ言語化する必要がありません。よく「名選手,名監督にあらず」と言われますが,「今の感じで」と感覚的に教えられるよりも,「ここがよかった」と言語化して具体的に伝えてもらうほうが,アセスメント能力が身につきます。

佐々木 医師よりも身近で接する医療福祉職のほうが,患者の変化は敏感に気付けるはずです。ただし,全員が完璧にアセスメントできるわけではないことは念頭に置くべきです。

前野 もちろん,能力は人によって異なりますし,全員が100点を取る必要はありません。それでも,医師と他職種が患者の状態をフラットに議論するための最低限のところまで,全体を引き上げることは可能だと思っています。そのためにも医師の思考回路,つまり臨床推論の考え方をできるだけわかりやすく言語化して医療福祉職にお伝えできればと考えています。

振り返りから学ぶ臨床推論

前野 今後,日本の医療現場ではタスクシフトが加速度的に進んでいくことは間違いありません。しかしながらタスクシフトに不可欠な臨床推論の力は,各職種が資格を取る際の基礎的な教育にあまり組み込まれていません。卒後教育の中で臨床に即したスキルをどう身につけるかが課題だと思っています。

 在宅医療の現場では,臨床推論を学ぶためのシステムはありますか。

佐々木 臨床推論の考え方自体,介護・福祉の世界ではまだあまり浸透しておらず,現状あらゆる行為が医師の指示なしではできません。ですが,臨床推論を学ぶことで自身の判断に根拠が持てるようになるため,医療福祉職の方たちは今よりも不安なく日々の業務に取り組めるはずです。

前野 私もそう思います。ただ,臨床推論の基本的な考え方は,テキストを読めば理解できるものではなく,実践的な臨床推論を経験したほうがよいと感じています。比較的容態の安定した方が多いとされる在宅の現場では,急変対応のような即時的な臨床判断が求められる場面はあるのでしょうか。

佐々木 例えば,60人が入居する高齢者住宅であれば,月に何回か急変事案が起こり得ます。その中で判断が難しかったケースを題材に,施設で共有するのはよさそうです。

前野 それはいいですね。患者さんの突然の変調に対しては,まず命にかかわるかどうかの判断が大切です。しかし,このトリアージが医療福祉職の方にはなかなかとらえにくい。判断に迷う症例は,医師もなかなか言語化が難しいですね。

 病院の看護師は急変時の対応をどうとらえていますか。

木澤 病院は,在宅の現場に比べて人的資源が豊富なので,急変時対応が迅速にできるかのように見えるかもしれません。しかし,大勢いることで人任せにしてしまい,適切に対応できない側面もあるのが現状です。病院では,むしろ急変する前に察知することが求められています。

 一方で,急変を察知するために看護師はバイタルサインを測るものの,その結果を一時点だけで評価してしまうために,経時的な評価の視点が抜け落ちている場合が多々あります。

前野 「自分のシフトの時間には何も起きなかった」という考え方ですね。

木澤 はい。そのようなときは「バイタルサインは数値の推移を追えることが大切なので,次のシフトの人のために測定しましょう」と伝えるようにしています。

 医療安全の振り返りをすると,「この時点で何かしておけばよかった」という反省がよくあります。ですが,「何をどうしておけばよかったか」を話し合わないと意味がありません。この振り返り(省察)が臨床推論を学ぶ小さなステップにもなりますし,次に変調を見逃さないための注目ポイントをシェアすることにつながります。

これからの医療福祉職には何が求められるのか

前野 臨床推論を平易に,かつ実践的な内容で,さまざまな職種の方に使えるよう編集した『医療職のための症状聞き方ガイド』では,医師の思考回路をどこまで言語化できるかにこだわり,4段階にレベル分けした緊急度判断チェックリストを作成しました()。

 緊急度判断チェックリスト【胸痛の場合】

 よく遭遇する症候をできるだけ取り上げましたので,患者さんからの的確な情報収集や,とっさの対応に役立てていただけるのではと思っています。

木澤 表のように指標が言語化されていると,医師との共通言語になるので意思疎通も図りやすいと思います。まずは主要症候を押さえておけば,ドキドキしながら電話をかけることもなくなるでしょうね。

前野 ええ。この本を活用していただくことで,他職種が医師と同じ目線で患者状態を議論できるきっかけになればと願っています。

佐々木 同感です。患者を観察するという基本的な力は,医療福祉職全員が持ち合わせているはずだと私は思っています。彼らが知らないのは,観察もしくは聴取した情報をどう評価するかという部分です。現場でよくみる症候に対してある程度基礎的な知識を持つことは,今後,多職種で連携するためには必須であり,そのベースラインとしての知識を何とかして得なければなりません。

 現状は,医療福祉職自身や施設のリスクヘッジが患者さんよりも優先されることが多いと感じます。いま一度,ケアをする上で一番大切なことは何かを考えてもらいたいです。

木澤 私は教育体制にも変革が必要だと考えています。現在,医療福祉職への教育体制はバラバラですが,どの職種であっても基盤となる医学知識は同じです。ですので,将来の多職種連携を見越し,多職種混合で一定期間学習できるような融合教育が必要になると思っています。

前野 医師も医療福祉職から学ぶことはたくさんありますので,将来的に融合教育を考える必要があるのかもしれませんね。

前野 これからの医療を支えていくためには,一段高いレベルでの多職種連携が必要になります。それを実現するためには医療界全体の底上げが不可欠であり,全ての医療福祉職の協力が必要です。よりよいケアを提供するために,まずは一歩踏み出してみましょう。

(了)


まえの・てつひろ氏
1991年筑波大卒。河北総合病院で初期研修後,筑波大病院総合医コース修了。川崎医大総合診療部,筑波メディカルセンター病院総合診療科などを経て,2000年筑波大講師,09年より現職,18年4月に同大病院副病院長に就任。日本プライマリ・ケア連合学会副理事長。編著書に『医療職のための症状聞き方ガイド』『帰してはいけない外来患者』(ともに医学書院)など。

ささき・じゅん氏
1998年筑波大卒。三井記念病院に入局。2003年東大大学院医学系研究科博士課程入学。東大病院消化器内科,医療法人社団哲仁会井口病院副院長,金町中央病院透析センター長などを経て,06年MRCビルクリニックを設立。08年東大大学院を中退し,医療法人社団悠翔会理事長に就任。24時間対応の在宅総合診療を展開している。著書に『在宅医療カレッジ』(医学書院)。

きざわ・あきよ氏
1993年河北総合病院看護専門学校卒。河北総合病院,筑波メディカルセンター病院に勤務。2008年東京女子医大大学院看護学研究科クリティカルケア看護学修了。16年富山大大学院医学薬学教育部博士課程修了。15年日看協看護研修学校への出向を経て,18年より現職。救急看護認定看護師。急性・重症患者看護専門看護師。著書に『ナビトレ 新人ナース とり子と学ぶ 緊急度判定に活かすアセスメント“力”超入門』(メディカ出版)。

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