診断エラーの予防:システムへの介入(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.05.20
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第5回]診断エラーの予防:システムへの介入
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
(前回よりつづく)
ある日の診療
昨日も当直で忙しい夜を過ごし,申し送りをして自宅に帰ろうと考えていたところに電話が鳴った。救急外来の同僚からである。「1週間前の当直の時に先生が診療して帰宅した患者さん,2日後に近隣医療機関を経由して当院に紹介受診され,同日入院となったみたいです。このこと,知っていますか?」
当直明けで疲れていた私はこの電話を受けて,「どど,どうしよう……」と頭も働かず,身動きが取れなくなってしまった。
第3回(第3314号)で主な介入策として3つ,認知バイアスへの介入,システムへの介入,患者との協同関係の構築を紹介した。今回はシステムへの介入策について紹介する。職場でのシステム介入策としては以下のようなものがある1)。
●エラーについてオープンに語れる雰囲気づくり
●エラーの分析を行う ・原因結果分析 ・合併症・死亡症例検討会(M&Mカンファレンス)でシステムが思考に与える影響と,システムの欠点を考える |
認知的剖検で診断エラーの要因を洗い出す
原因結果分析の1つの手順として「Cognitive Autopsy(認知的剖検)」を紹介したい。これは診断エラーが発生したと思われる段階で,まず個人レベルで振り返りを行い,意味ある現実的なフィードバックを得るための方略である。オーストラリアのCEC(Clinical Excellence Commission)によるCognitive Autopsy Guideline2)では,表の内容が提案されている。
表 認知的剖検を行うためのステップ(文献2より改変)(クリックで拡大) |
このような振り返りを,邪魔が入らず一人になれる環境で行うか,信頼できる少数の仲間と共に事象の教訓化を行った上で,次に述べるようなM&Mカンファレンスにつなげることが望まれる。
個人の振り返りを集団の教訓に引き上げる
認知的剖検の次のアクションとして,M&Mカンファレンスでのディスカッションが推奨される。M&Mカンファレンスとは,死亡症例や重大な合併症を来した症例を題材として,悪い転帰に至った原因を医療システムや環境・組織レベルであぶり出し,次の失敗を回避することで医療の質向上をめざすカンファレンスである3)。
もともとは外科研修の中での手術手技における死亡症例,合併症を取り上げるカンファレンスとして始まったと言われる。1983年には米国の医師卒後臨床研修プログラムを評価・認証する米国卒後医学教育認定評議会(Accreditation Council for Graduate Medical Education)において,M&Mカンファレンスを定期的に開催することが全米のレジデンシーに義務付けられるようになった4)。
M&Mカンファレンスは個人レベルでの振り返りを集団レベルでの教訓に引き上げ,システム改善を行うための重要な作業である。注意すべき点には,ディスカッションが促進されるような構造で,思考プロセスを批評的でない形で振り返る必要がある。このようなカンファレンスの開催に慣れない病院,特に大きな組織内での運営には困難が生じる可能性がある。そうした病院では下記のような工夫を考えたい。
・最初は“甘口”の症例から開始する3)
・他施設の運営形態を見学・調査し,参考にする ・小さな集団で始めて成功体験を得て,ステップアップしていく ・施設ごとの最適な運営形態・開催形式を模索する ・「No blame」というグラウンドルールを明示し,繰り返し伝える ・権限があり,場を統率できる司会と共に,継続的な運営部門を設定する |
加えて,M&Mカンファレンスのような新しい概念を組織に定着させるまでは,運営側・参加者側のレジリエンスを高めつつ,地道に継続する努力が必要である。日本におけるM&Mカンファレンスの導入・運営方法については,既刊の書籍5, 6)を参照されたい。
次回は,患者との協同関係の構築について紹介する。
診療その後
身動きが取れなくなっていた私に,救急外来の責任者が「どうしたの?」と声を掛けてきた。「ミスで帰宅させた患者さんが,再度来院して入院したみたいで……」と言葉が溢れた。責任者は,「君は当直明けだし,幸いその患者さんは治療が始まって状況は良くなっているみたいだ。まずは一旦帰ってゆっくり休むのがいい。その上で,明日の午前中に振り返りの時間を取ろう」。
翌日,午前中にこの患者さんの診療への振り返りが行われた。当直帯での私の診療過程には問題がないことがわかった。その上で,今回の診断エラーを教訓化して共有するために,救急外来全体として今回の来院経過について,診療科内で共有するためのカンファレンスを開催することにした。
今回の学び
・診療過程に問題があるかもしれない事例が発生したときには,できるだけ早期に認知的剖検を邪魔が入らず一人になれる環境で行う。 ・認知的剖検を行う前には十分な休息を取り,状態を整える。 ・認知的剖検を行った後に,信頼できる仲間と共に症例経過についての学習内容の結晶化を行い,M&Mカンファレンスの施行などにつなげることが望まれる。 |
(つづく)
参考文献
1)BMJ Qual Saf. 2013[PMID:23996094]
2)Clinical Excellence Commision. Cognitive Autopsy Guidelines.
3)週刊医学界新聞第2993号.対談 M&Mカンファレンスで医療の質“カイゼン”を始めよう!!.2012年.
4)J Gen Intern Med. 2006[PMID:17026729]
5)長谷川耕平,他.内科救急 見逃し症例カンファレンス――M&Mでエラーを防ぐ.医学書院;2012.
6)讃井將満,他編著.エラーを防ごう! 救急M&Mカンファレンス――成功するM&M導入のためのStep by Step.学研メディカル秀潤社;2013.
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