医学界新聞

寄稿

2019.04.22



【仮想対談】

ファシリティドッグの力で病院に笑顔を

森田 優子(神奈川県立こども医療センター/NPO法人シャイン・オン・キッズ/看護師)


 日本初のファシリティドッグ(以下,FD,)として活躍したベイリーが昨年,引退した。9年間ベイリーと共に患者とかかわってきたハンドラーである看護師の森田氏に,その功績を仮想対談によって振り返ってもらった。

(本紙編集室)


森田 もう9年以上一緒にいるけど,あなたと対談するのは初めてだね。よろしく,ベイリー。まずは,9年間お仕事お疲れさま。引退セレモニーでは,本当にたくさんの人にお祝いしてもらったね。一緒にこれまでを振り返ってみよう。

ファシリティドッグの導入で子どもに笑顔が

森田 初めて会ったのは,ハワイにある使役犬育成施設「Assistance Dogs of Hawaii(ADH)」だったよね。真っ白に輝いていて「なんて奇麗で,のんびりした子なんだろう」って思った。それから一緒にコマンド(指示)の練習したね。

ベイリー ボクにはもう完璧にできるコマンドなのに母ちゃん(森田氏)が下手だから,困っちゃったよ。

森田 私はゼロからだったから,何もわからなかったんだ。初めてハワイの病院で実習した時のこと,覚えてる? ADHの中ではうまくいっていたのに,病院に入った途端,あなたは何も指示を聞いてくれなくなるし,出口に向かって突進していっちゃうし。

ベイリー だって,ボクは子犬の頃からあの病院に慣れていて楽しい気持ちで行ったのに,母ちゃんが緊張してるのが伝わって。嫌になっちゃったんだ。

森田 「自信を持って,リラックスして」というADHの教えが身に染みた瞬間だった……。あの時は困って涙が出ちゃったけど,あなたは私に大事な教えを思い出させてくれたんだよね。おかげで,日本初のFD導入病院となる静岡県立こども病院に1週間のトライアルで行った時には,リラックスして指示出しできたよ。

ベイリー ボクもあの日のこと,よく覚えてる。大きな手術をして動けなかった子が,ボク見たさに起き上がって,主治医の先生と看護師さんをビックリさせてたよね。

森田 FD導入に対して,トライアル前は反対意見が多かったらしいけど,実際にあなたが訪問した後から流れが変わったって聞いたよ。

ベイリー でも,正式な導入が決まってからもしばらくはお仕事,少なかったね。

森田 平日は常勤するのがFDなのに,週3日しかお仕事に行けなかったし,入れてもらえる病棟は1つしかなかったよね。でも,いつも採血の時に泣き叫んでいた子が,あなたがそばで応援していると泣かずにできたり,手術室に行くのもあなたが一緒だと笑顔で歩いて行けたり。そういう話が他の病棟にも伝わって,ICUや手術室を含め,どんどん入れる場所が増えていったよね。

ベイリー 前例がないことをやるのって,大変だよね。あの頃日本にはセラピー犬はいたけど,FDはいなかったし。何が違うのか,理解してもらうのは簡単ではなかったよね()。

 ファシリティドッグの特徴

 ボクらFDは常勤しているから,急な処置や検査にも付き添うことができる。平日はいつでも病院にいるから,子どもたちと何度も何度も会って絆が生まれるんだ。ただの「ワンちゃん」ではなく,「ベイリー」になること,それが大切!

森田 今では「『ベイリーに会いたいから,早くまた入院したい』と言ってます」て,ご家族からお手紙をもらうほど!

ベイリー それも困っちゃうけどね。でもそれくらい,ボクがいることが当たり前になったね。

医療従事者として,ハンドラーと共に意図的に患者にかかわる

ベイリー 母ちゃんは,なんでこの仕事をやろうって思ったの?

森田 病棟看護師をしていた時,ある子のお母さんに「ここは牢獄みたい」って言われたの。確かに,病棟の外に散歩にも行けない・食べ物の持ち込みもダメ・兄弟面会もダメ,楽しみはご飯とおやつだけの環境で子どもたちは入院してたの。そんな時,「シャイン・オン! キッズ」っていうNPO法人がFDを日本に導入しようとしていて,ハンドラーになる看護師を探しているって聞いたの。もし病棟の中にイヌがいたら,子どもたちの入院生活はどんなに楽しくなるだろうと思って,「絶対やりたい!」って思ったんだ。

ベイリー 海外の病院で働くFDのハンドラーも医療関係者だね。

森田 看護師やチャイルド・ライフ・スペシャリスト,作業療法士,臨床心理士がハンドラーをやっている病院が多いよね。FDは,イヌを通じて癒やしを与える動物介在活動に加え,患者さんの治療上のゴールに向けて計画的に介入していく動物介在療法も行うでしょ。動物介在療法は,医療従事者の主導で行うと定義されているの。その他にも,感染管理などFD活動上の安全管理ができるから,看護師などの医療従事者がハンドラーを務めているんだよね。カルテを読み,記載するハンドラーと共に,FDは意図的に子どもたちにかかわっているの。

患者・家族を癒やすファシリティドッグを日本中の病院に

森田 今まであなたが介入したのは延べ2万人! 介入事項は,採血,ルート確保,看取り,リハビリ同行,骨髄穿刺,オペ出し……40種類以上! いろいろな介入をしてきたね。

ベイリー 骨髄穿刺っていう痛い検査も「ベイリーと一緒ならあと100回やりたい!」って言った子がいたよね。検査の後,ベッドでボクに添い寝してもらうのが楽しみだって言って。歩くリハビリも,ボクが一緒だと楽しそうでいつもの倍歩けていて,先生を驚かせることもあった。みんなが,ボクと一緒だと,自分から頑張ろうって思ってくれたり,笑顔を向けてくれたりすることがうれしいんだ。だからこれまで,お仕事に行くのを嫌だと思ったことはないよ。

写真 ベイリーと添い寝する子ども

森田 それどころか,お仕事が終わっても「まだ帰らない!」って踏ん張っちゃって,困ったよ。

ベイリー こども病院は,入院している子どものご家族も大変な思いをしているでしょ。患児のお母さんが廊下でボクにぎゅって抱きついて「治療がうまくいかなくてね……」って涙を流して。でも,その後はすっきりした顔で子どものところに戻ったり,ボクに会って笑った子を見て「入院してから初めて笑った」ってすごく安心した顔見せてくれたり。ご家族の笑顔もうれしい。

森田 あなたは日本で前例のないことをやり,たくさんの子どもたちとその家族に笑顔を届けてきたんだよ。これって,すごいことだね。

 でもまだ,日本でFDがいる病院は2か所しかない……。

ベイリー 米国では,こども病院だけじゃなくて大人の病院にもいっぱいFDがいるね。

森田 闘病中だからって笑顔がなくていいわけではないし,楽しいことがなくていいわけでもない。入院中でも普段と同じように笑ったり楽しんだりして,そしてちょっと勇気が必要な時,その勇気を引き出してくれるFDという心強い存在が,日本にももっと増えるといいね。

 

:ファシリティドッグは病院などに常勤し,入院中の患者・家族とのスキンシップによって安らぎを与えるよう専門的なトレーニングを受けたイヌ。日本では2010年に静岡県立こども病院に初めて導入され,現在は同院と神奈川県立こども医療センターの2施設で活躍している。ファシリティドッグやハンドラーに関するお問い合わせはfd_sok@sokids.orgまで。

(メールを送る際,@は半角にしてご記入ください)


もりた・ゆうこ氏
2004年静岡県立大看護学部卒業後,国立成育医療研究センター入職。入院中の患児・家族とのかかわりをきっかけに,09年タイラー基金(現・NPO法人シャイン・オン・キッズ)へ入職し,ファシリティドッグのハンドラーをめざす。10年からベイリーと静岡県立こども病院での活動を開始。12年に神奈川県立こども医療センターへ異動。現在はベイリーの後任犬・アニーとともに活動中。

ベイリー
2007年オーストラリア生まれのゴールデンレトリバーの男の子。米国ハワイ州・マウイ島にある使役犬育成施設(Assistance Dogs of Hawaii)でファシリティドッグとしての専門的なトレーニングを受ける。その後,日本初のファシリティドッグとして18年10月までハンドラーの森田氏と共に活動し,多くの子どもを癒やしてきた。現在は現役を引退し,のんびりと生活している。

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