医学界新聞

寄稿

2019.03.25



【寄稿】

褥瘡局所管理におけるICTの可能性

渡邊 千登世(神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部看護学科准教授)


 2000年以降,政府はICTの活用を推進してきた。地域活性化や防災,教育・人材育成などの分野でICT活用が計画されている。超高齢社会を見据え,とりわけ医療・介護・健康分野におけるICT活用は重点課題とされる。

 2018年度診療報酬改定でも,働き方改革の推進における医療従事者の負担軽減を掲げ,ICTを活用できるよう要件を緩和した項目が増加した。オンライン診療料の新設の他,感染防止対策加算,入退院支援加算,退院時共同指導料,在宅患者訪問褥瘡管理指導料などのICTを用いたカンファレンスの容認がその一例である。

ICTを活用する3つの意義

 看護においてICTを活用する意義は3つある。①チーム医療を促進する,②提供する看護サービスの品質管理を行う,③蓄積されたデータ分析による看護サービスの改善である。

 「情報通信技術」と訳されるICT(Information and Communication Technology) は,単にパソコンやタブレット端末などを導入したり,情報処理を行ったりするだけではない。「情報通信技術を活用したコミュニケーション」という意味を含む。

 患者の状態に適した医療の提供には,看護師が観察したデータが重要である。看護師が収集したデータを元に医師やその他の医療者とコミュニケーションを図り,患者にとって最適な医療を判断し,提供しなくてはならない。チーム医療の中核を担う看護師は,患者情報においても中心的な役割を果たすべきである。

 看護サービスの品質管理では,標準化を図ることが大切である。標準化は知識の再利用,経験の有効活用,“省思考”に役立つ。優れた知識や経験を繰り返し使用できるツールがあれば,効率よく質を保つことができる。そして質の改善にはSDCA(Standardize, Do, Check, Act)サイクルをまわし,標準そのものの改善をめざすことにより,さらに高水準の品質に変えていくことが可能となる。

 以上を踏まえて,褥瘡局所管理ICTコンテンツの概略と展望を述べよう。

褥瘡局所管理ICTコンテンツの開発経緯

 褥瘡の予防および局所管理は,急性・慢性期の医療施設や在宅ケアにおける重要課題である。複雑な病態を呈する褥瘡の治療には,創状態に応じた局所管理や適切な治療方法の選択など,高度な臨床判断が求められる。

 しかし,褥瘡の深さだけを基準とした従来のパスでは,創状態の変化を詳細に把握し,適切な治療方法を選択することは難しい。『褥瘡予防・管理ガイドライン』(日本褥瘡学会)は適切な判断を支援するものだが,褥瘡管理に精通していない医療者が活用し,適切な処置を選択するには困難が伴う。そこで,同ガイドラインの第3版に示される多数の治療方法から,褥瘡の状態に応じてICTコンテンツで選択肢を絞り込むことで,臨床現場で適切な判断を素早く導くことができると考え開発に取り組んだ。

 褥瘡局所管理ICTコンテンツの開発手順は次の通りである。

①皮膚・排泄ケア認定看護師の褥瘡評価,局所管理介入方法の判断過程を可視化し,知識を再利用するアルゴリズムを作成

 創状態評価にはDESIGN-R®を用い,創の深さ,壊死組織,局所感染徴候,ポケット,肉芽組織,滲出液の項目の重症度判定をアルゴリズム化した。アルゴリズムによって導かれる創状態は34種類あったが,臨床では考えにくい7つの創状態を削除した。アルゴリズムは症例による検証を行った。創状態に即して,ガイドラインで推奨する治療法を対応させるためにマトリックス表を作成し検討した。

②患者状態適応型パスシステム(PCAPS)へ組み込むため,アルゴリズムからプロセスチャートへ変換し(図1),検証

図1 患者状態適応型パスシステム(PCAPS)プロセスチャート(クリックで拡大)

 創状態には急性期と慢性期があり,アルゴリズムから見いだされた27種類の状態は,慢性期の創として,壊死・感染創,壊死創(肉芽形成50%未満),壊死残存肉芽形成創(肉芽形成50%以上),壊死なし感染創,肉芽増殖創,上皮形成創の6つに集約された。これらをユニットとし,創状態推移のルートを考えた。プロセスチャートは,6施設の97症例で後ろ向きに検証した。その結果,ルートのカバー率は84.5%で,これ以外のルートは,評価間違いなどによる症例が含まれていた。

③PCAPSへの組み込み

 PCAPSでは,患者状態の推移により,治療・処置・観察項目や目標状態などが変化する。患者の創状態に適した判断を導くために,ユニットごとに,目標状態,状態移行の条件,具体的な治療や処置を示した。これがユニットシートである(図2,表)。臨床でプロセスチャートとユニットシートを使用する妥当性は,複数の医師と皮膚・排泄ケア認定看護師に確認してもらった。

図2 ユニットシートのインターフェイス(クリックで拡大)

 目標状態・移行ロジック等の例 (慢性期壊死残存肉芽形成創ユニット)(クリックで拡大)

実装に向けた展望と課題

 PCAPSにおいて褥瘡局所管理ICTコンテンツを用いることで,個々の患者の創状態と適した治療が明確になる。臨床現場の現状では,創状態が変化していても,治療が適切に変更されず治癒が促されないことがある。ICTコンテンツの活用は,ガイドラインに基づくエビデンスの高い治療やケアの実施につながり,早期の治癒に結び付くのではないだろうか。特に,訪問看護のように治療変更の必要性を独自に判断しなくてはならない状況では,その判断を導いてくれるICTコンテンツの存在は,看護サービスの質の維持において力強い味方になるだろう。

 また,患者がたどった褥瘡治癒過程や現在の状態がシステム上で可視化されるため,多職種でのカンファレンスなどチーム医療におけるツールとしても活用できる。さらに,患者データの蓄積により,ユニットごとの滞在期間や治癒経過,治療やケアの効果を分析でき,新たなエビデンスの構築やガイドラインのフィードバックにも役立つだろう。

 現在のシステムの課題は,褥瘡の創状態の判断が看護師の観察能力に影響されることだ。DESIGN-R®に基づいて正しく観察を行い,創状態の判断を導く必要がある。ICTコンテンツを導入する際には,観察能力を高める教育が必要になると考える。

 看護領域では,臨床現場や在宅でのICT活用はようやく認識が高まりつつあるように思う。褥瘡局所管理ICTコンテンツはこれから3施設で実運用される予定である。今後,看護が必要とされるあらゆる場において,コミュニケーションや看護サービスの質管理など,さまざまな形でのICTの活用が望まれる。


わたなべ・ちとせ氏
聖路加看護大(当時)卒業後,聖路加国際病院に勤務。同院の電子カルテ構築に携わる。さいたま市立病院副院長・看護部長,田附興風会医学研究所北野病院看護部長を経て,聖路加国際大大学院博士後期課程(看護学)を修了。2018年より現職。皮膚・排泄ケア認定看護師,医療情報技師。

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