高齢者向け住まいでの看取り(高山義浩,下河原忠道)
対談・座談会
2019.03.18
【対談】
老いと死を受け入れ,支える
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超高齢社会の今,看取りの場の確保が課題となっている。多くの人々が持つ「住み慣れた場所で最期を迎えたい」との希望をかなえるため,自宅だけでなく,有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(以下,サ高住)等の「高齢者向け住まい」も看取りの場のひとつとして注目されている。
高齢者向け住まいを「ついのすみか」にするには,どのような課題があるのか。沖縄県で医療・介護連携に尽力する医師の高山氏と,サ高住の経営者として介護の新たな形を模索する下河原氏が,高齢者向け住まいでの看取りの在り方を議論した。
高山 私は2010年から沖縄県立中部病院で内科医として診療に当たりながら,県職員として地域の医療改革にかかわっています。その間に,厚労省で地域医療構想のガイドラインづくりにも携わりました。臨床と行政の経験を生かして,暮らしの現場と医療提供体制の橋渡しとなるべく,さまざまな課題に取り組んでいます。
中でも「看取りができる地域づくり」は,団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて重要なキーワードです。今日は,自宅や医療施設以外の新たな看取りの場として注目される,高齢者向け住まいについて考えます。
暮らしの中にある死
下河原 私は「銀木犀(ぎんもくせい)」というサ高住を運営しています。高齢者向け住まいに暮らす方々の「住み慣れた場所で自然な最期を迎えたい」とのニーズは高く,銀木犀では看取りの体制を整えています。しかし,看取りができる高齢者向け住まいは少ないのが現状です。いよいよ,という状況になると,本人の希望にかかわらず救急搬送する施設が多いのです。
高山 私は昨日,銀木犀を見学させていただきました。偶然にもその日,亡くなった方がいらっしゃいましたね。
下河原 はい。
高山 ご遺体が安置されている部屋も見せてもらいました。病院では多くの場合,人目につかない霊安室へとすぐに移送します。一方,銀木犀では驚くことに,フロア中央の共有スペースにご遺体を安置しておられました。職員や他の入居者の皆さんは会釈をして,その部屋の前を通り過ぎていきました。
「明日,皆でお別れの会をやるんですよ」と施設長がおっしゃっていました。施設全体で入居者を最期まで,そして亡くなった後も大切にする様子が伝わってくる光景でした。
下河原 看取りをする高齢者向け住まいの中には,亡くなったことが他の入居者たちに知られないよう,ご遺体を夜間に裏口から運び出すところもあると聞きます。
一方,銀木犀では死をタブー視せず,生活の延長にある自然なものと考えています。入居者さんも,この考え方を受け入れてくださっていますね。
「私の時も,よろしくね」。そんな言葉を,銀木犀の入居者さんがよく掛けてくださいます。皆さん高齢だからか,私たちよりも死を身近に感じ,死について普段からよく考えているようです。それなのに死をあまり表に出さないようにするのは,気を使い過ぎだったのかもしれません。
高山 私も訪問診療で高齢者向け住まいでの看取りにかかわっていますが,他の入居者が「あのおばあちゃん,どこに行ったの?」と不安がることがあります。職員は「病院に入院しているんですよ」と言い訳をするけれども,いつまでたっても帰ってくることはありません。死を隠すことで,「亡くなったのかな」「私もそんなふうに消えていくのかな」と入居者の方々が感じているとすれば,それは大変な恐怖だと思います。
下河原 慣れ親しんだ人々に囲まれ,温かく送り出される仲間を見ることで,高齢者向け住まいで人生を全うするイメージができていくのでしょう。そのイメージを持って生きるのと,「最期はどうなってしまうんだろう」と不安を抱えて生きるのとでは,生活の質は全く違うものになるはずです。
高山 病院では比較的短期間で看取りますが,高齢者向け住まいでは仲間との長い暮らしがあります。人生を一緒に過ごしてきた仲間が,互いの老いと死を確認し合いながら暮らしていくのは,当然のことなのかもしれませんね。
リアルな体験と学びで主体的な関与を呼び起こす
下河原 慣れ親しんだ住まいで自然な老衰死を迎えることができる。これが,銀木犀が重きを置く価値のひとつです。しかし一般的には,「看取りは医療の仕事だから」と尻込みする介護職が多いのも事実です。
そこで,2018年度から厚労省の支援を受けて「高齢者向け住まいにおける看取り等の推進のための研修に関する調査研究事業」(以下,研修事業)を始めました。高山さんにもご協力いただき,看取りの意義やケアの具体的な方法について,介護職向けの研修プログラムを開発しています(表)。
表 高齢者向け住まいでの看取り研修プログラム(クリックで拡大) |
高山 すでに沖縄県内の7か所の高齢者向け住まいで研修を実施しました。この研修は現場のニーズに合致した内容で,参加した介護職からは絶賛の声が挙がっています。
下河原 研修の要となるのは,心肺蘇生のVR(バーチャルリアリティ)コンテンツです。骨が折れてしまうほど激しい心臓マッサージや電気ショックのドーンという衝撃など,救急医療の処置を患者目線で体験できます。高山さんの協力で,沖縄県立中部病院の救命救急センターで撮影させていただきました。
高山 VRを体験する介護職の様子を見て,逆に私はびっくりしました。医療現場を知る者なら当たり前だと感じていた光景が,これほどのインパクトを与えるとは思いませんでした。医療と介護の日常には,まだまだ距離があるようです。
下河原 高齢者向け住まいでの看取りを実践するには,ケアの技術や知識の研修はもちろん,介護職が主体的に看取りにかかわる文化の醸成が欠かせません。「看取りは医療に任せればよい」「私には関係ない」と思っていた介護職にも,VRでのリアルな体験をきっかけに,高齢者のために何ができるのかを主体的に考えてほしいのです。
高山 介護職による主体的な関与は重要な視点ですね。看取りのできる施設数を単に増やすためなら,経済的なインセンティブを付ければいいでしょう。しかし,儲かるなら看取りをやってもいいという社会になったら最悪だと私は思います。
下河原さんは,全ての高齢者向け住まいで看取りができるべきと考えていますか。
下河原 全てで行う必要はないと思います。看取りは,普段のケアがきちんとできた上で初めて実践できるものです。看取りの部分だけを切り取って推進するのは,むしろ危険です。
高山 同感です。では,高齢者向け住まいで看取りを実践するには何が必要でしょうか。
下河原 最も重要なのは「やる気」だと感じます。高齢者向け住まいを対象にしたアンケートでも,看取りに積極的なキーパーソンがいる施設ほど看取り率が高いとの結果が出ています1)。
高山 やる気はありながらも実践できていない施設をいかに支援するかがポイントですね。
下河原 はい。さまざまな施設で研修を実施してみると,「本当は看取りを実践したかったんです」「高齢者の願いをかなえたいんです」とおっしゃる介護職にたくさん出会います。介護職に学びの機会をつくることで,看取りケアへの主体的な関与を呼び起こせると考えています。
暮らしの視点から,多様な選択肢を
高山 住み慣れた地域に暮らし続けたいとの希望を持つ人は確かに多いです。しかし実は,「住み慣れた地域の施設には入りたくない」と考える人も少なからずいます。車椅子で介護を受ける姿を昔なじみの人に見られたくないとおっしゃるのです。介護を受けるのは落伍者だというスティグマがあるかもしれません。
誰しも老いて,障害を抱え,やがて死に逝くものですが,その受け止め方は多様であり,時間とともに変化します。住み慣れた地域での暮らしだけでなく,いろいろな選択肢を準備しておく必要があります。
下河原 そうですね。私自身は高齢者向け住まいでの看取りを推進する立場ですが,高齢者向け住まいが誰にとっても最適な場所だと言うつもりはありません。ただ,選択肢が少ない現状は変えていかねばならないと考えています。
高山 高齢者の暮らしの場には,医療療養病床や介護療養病床,介護医療院,介護老人保健施設,特別養護老人ホームなどがあります。施設基準が細かく定められており,医療者からすれば多くの選択肢があるように見えます。しかし高齢者には,医療療養病床も介護療養病床も,あるいは急性期病院も,全て「病院」として見えているでしょうね。
下河原 高齢者向け住まいにも介護付き有料老人ホームや住宅型,グループホーム,サ高住など多くの種類がありますが,利用者はその差をあまり感じないと思います。
高山 高齢者にとっては制度上の分類よりも,そこでどのような暮らしができるかが重要です。下河原さんはどのような考え方でサ高住の運営に取り組んでいますか。
下河原 「サ高住をやっている」というよりも「銀木犀をやっている」という感覚に近いですね。サ高住の固定観念にとらわれず,私たちの医療・介護への向き合い方や価値観を前面に打ち出しています。そして,それに共感した方がお住まいになってくださる。この循環ができつつあるのです。
高山 高齢者の暮らしの視点に立って,どれだけ多様な選択肢を準備できるか。これが,私たちの世代が取り組むべきことですね。
高齢者の本当の願いを多職種で支えるために
高山 高齢者の暮らし方を決める際に,特に日本では注意すべき点があります。それは,本人の意思を優先する決定が,その人にとって最も幸せな選択肢とは限らないということです。
下河原 どういう意味ですか。
高山 個人主義が浸透している欧米などでは,本人の意思を最優先するのは当たり前のことでしょう。しかし,日本の高齢者は「あなたがこうしたいと言ったから,こうします」と言われるのがつらいのです。自分の意向によって家族や介護職を困らせていないかを気にしています。本当の安心とは「後のことはお前たちに任せたよ」と言える環境なのかもしれません。
下河原 なるほど。銀木犀の入居者で「私,ここにいていいのかな?」と言う人は確かに多いです。「いいんですよ。ずっとここにいてくださいね」という職員の言葉で,安心した表情になりますね。
高山 本人の意思はもちろん大切ですが,こうした受動的な文化にもきちんと配慮しながら,暮らし方を一緒に考えていくことが重要ではないでしょうか。
「私はここで最期まで暮らしたい」との明確な意思を本人から引き出そうとするのではなく,「ここにいてほしい。あなたの最期まで,そばにいたい」と周りの人が語り掛け,本人がうなずく。これが日本人にとって理想的な意思決定プロセスではないかと思います。
下河原 日々の暮らしから高齢者の本当の願いを感じ取ることが必要です。そのためには,最も近くでケアする介護職の果たす役割が大きそうです。
高山 ええ。私自身,治療方針を決める際,介護職の意見に助けられたことが何度かあります。足の慢性骨髄炎を患う90代女性がいました。MRSAが起炎菌であり,足を切断するしか完治する見込みはありませんでした。その方針に本人も家族も納得しており,準備を進めていました。
ある日,入所していた施設の介護福祉士さんが病院に来られて,本人と話をされました。そして帰りがけ,私に耳打ちしたんです。「あの方,本当は足を切るのに納得していませんよ」と。
下河原 ファインプレーですね。
高山 医師や看護師には言えなかった本当の気持ちを,一緒に暮らしてきた介護福祉士には打ち明けることができたんですね。結局,ご家族も交えて改めて相談し,切断しない方針として治療を継続しました。その後,完治はしませんでしたが,住み慣れた施設で長く暮らしていただけました。
下河原 高齢者は医療職の意見に合わせてしまうことがあります。日々の暮らしの中でポロッと出る本音や希望を介護職がすくい上げ,多職種で共有できるといいですね。
高山 急性疾患であれば,治すことを優先させれば良く,医学的な根拠に基づいたアプローチで誰しも納得します。しかし,慢性疾患や看取りへのプロセスについては,生活を支えてきた介護職にこそ本人の選択を支援する役割があるのでしょう。
*
下河原 介護職は医療職とは違い,介入によって生存期間を延ばすことは難しいかもしれません。しかし,残された日々に命を吹き込むことはできるはずです。生きる時間の長さではなく,どれだけ質の高い生活を実現できるか。それを目標にこれからも取り組んでいきたいと思います。
高山 病院で看取ることが当たり前の時代から,今,地域での看取りが広がりつつあります。とはいえ,家族だけで看取っていた昔の方法に戻るわけではありません。医療や介護の専門職の支えの中でどのように死を迎えるのか。これが,今の時代の私たちが取り組むべき新しい課題なのです。
(了)
参考文献
1)野村総研.高齢者向け住まいにおける認知症ケアや看取り,医療ニーズ等の重度化対応へのあり方に関する調査研究報告書.2017.
たかやま・よしひろ氏
1995年東大医学部保健学科卒後,フリーライターとして世界の貧困と紛争をテーマに取材。2002年山口大医学部医学科卒後,佐久総合病院総合診療科にて地域医療に従事。08年厚労省健康局結核感染症課。10年沖縄県立中部病院感染症内科,11年に地域ケア科を立ち上げ在宅緩和ケアに取り組む。14年厚労省医政局地域医療計画課,15年より現職。沖縄県地域包括ケアシステム推進会議部会長。『地域医療と暮らしのゆくえ』(医学書院)など著書多数。
しもがわら・ただみち氏
1992年より父親の経営する鉄鋼会社に勤務し,98年に渡米。カリフォルニア州のオレンジ・コースト・カレッジでスチールフレーミング工法を学び,帰国後2000年に株式会社シルバーウッドを設立。11年にサ高住「銀木犀」を開設。地域住民との交流や食へのこだわり,子どもたちも遊びに来る多世代型住まいづくりなど,高齢者住宅のイメージを革新している。16年には社会における認知症のイメージを変えるべく,VR認知症プロジェクトを開始。
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