医学界新聞

対談・座談会

2019.03.11



【対談】

「微熱の愛情」を心の内に

広上氏が教鞭を執る東京音楽大(東京都豊島区)にて。大小のホールが併設された開放的なキャンパスに,音楽家を夢見る学生が行き交う。
岩田 充永氏(藤田医科大学救急総合内科学主任教授/同大学病院救命救急センター長)
広上 淳一氏(東京音楽大学指揮科教授/京都市交響楽団常任指揮者)


 患者のために多職種が協働する医療現場における医師の立場は,さまざまな楽器を統率するオーケストラの指揮者と似ている。どちらも,チームをまとめ最高のパフォーマンスを引き出す役割を持つ。この役割を全うできるよう,医学生・研修医を育てる指導者に求められる姿勢は何だろうか。

 指揮者として世界的に高名な広上氏は,オーケストラとの良好な関係作りの哲学を,熱すぎず冷たくもない「微熱の愛情」と語る。指揮者の育成に長年携わる教育のプロフェッショナルでもあり,指導姿勢は高い評価を受けている。医学生時代はオーケストラにのめり込み,現在は救急の最前線を担いながら医学生・研修医を指導する岩田氏が,医師を育てる上での問題意識をもとに,広上氏の考えを聞いた。


岩田 医学生のころ,私は学生オーケストラの団員としてチェロと指揮に熱中しました。オーケストラは多くの器楽奏者が協働して一つの作品を作り上げます。これは,多職種の専門家が連携して成果を出す医療現場と似ているとかねて思っていました。

広上 おっしゃる通りです。医療は人の生命,音楽は人の心と対象は違いますが,どんなに優秀でも,一人でできることは限られるところも同じですね。

岩田 広上先生は国内外で指揮者として活躍しながら,東京音大で指揮者を志す若者を指導されています。先生の組織作りと教育手法の哲学は,熱血でも放任でもない,ほどよい距離感の人間関係を保つ「微熱の愛情」と言われ,音楽界で高く評価されています。

 組織を動かし,医学生・研修医を育てる医師にとって,広上先生の哲学は参考になるのではないでしょうか。

信頼関係の鍵は「熱血」ではなく,「微熱」だった

岩田 広上先生は2008年に京都市交響楽団(以下,京響)の常任指揮者に就任しました。京響は1956年創設の歴史ある楽団です。先生が着任してから演奏の評判が高まり,2015年に京響は広上先生と共にサントリー音楽賞を受賞しました。今は定期演奏会のチケットがすぐに売り切れるほどの人気です。

広上 「微熱の愛情」という哲学は,京響での経験から偶然つかみ取ったものです。「心を持つ人間とどう向き合うか」という教訓です。

岩田 どのような偶然から教訓を得たのか,詳しくお聞かせください。

広上 転機は2008年です。当時,全米屈指のオーケストラになるとの野望を掲げる米コロンバス交響楽団の音楽監督を務めていました。それまで私は,絵に描いたような「熱血指揮者」で,指揮者としての名声を勝ち取ろうと楽団に熱く向き合っていましたね。

 ところが,熱さゆえに楽団と私は,経営者である理事会と対立してしまったのです。私は職を辞す運びとなり,それがとてもショックで,京響への着任時は全身の力が抜けた状態でした。

 でも今振り返ればそれが良かった。評判がいまひとつでくすぶっていた京響の団員に対して,「あなたたちには才能がある」と,ボソッと言った瞬間がありました。その言葉が一部の団員に響き,次第に多くの団員の気持ちに火をつけることになりました。

岩田 本音で,つぶやくように褒めたのが良かったのでしょう。

広上 京響に思い入れがなかったがために,素直な感想が出たのです(笑)。その後の京響の躍進には私も驚きました。熱すぎず冷たくもない「微熱」が持続するような信頼関係が持つ価値と,良い関係を築く鍵を知った出来事でした。

十数種の楽器の調和に指揮者の役割は欠かせない。時に100人以上の器楽奏者をまとめる(京都市交響楽団提供)。

教育者が持つべき「微熱の愛情」

岩田 医療現場はチームで働くことが前提にもかかわらず,医師は,組織作りや後輩の育て方を学ぶ機会が少ないのが現状です。いずれも自己流になってしまう人が多いです。

広上 音大でも音楽の知識・技術ばかりを学ぶので似たような状況です。熱血指揮者だった時代は,教鞭を執っても体ごとぶつかる教育スタイルでした。演奏も教育も,心を持つ人間という厄介なものを相手にする仕事と気付くまでには,失敗を重ねました。

岩田 私も十数年前は「熱血指導医」でした。ともすると熱血指導は良いと思われがちです。しかし,学ぶ側や周囲のスタッフにとって,かえって迷惑になる面もあるのではないでしょうか。

広上 同感です。熱血指導は,教える側が好き嫌いを全面に出す教育手法なのですよ。知らないうちに相手を肯定したり,否定したりしてしまう。相手より私のほうが経験が多いため,「こうすると,君は失敗するぞ」と,相手が行動を起こす前に答えを教えてしまうわけです。これは失敗から学ぶ機会を奪うことにもなります。

岩田 緊急性が高いときは,どうしても私が先に手を出して,若手から仕事を取り上げてしまう場面があります。すると若手は不満に思ったり……。

広上 練習にならないですからね。練習台と言ったら患者は怒るでしょうが,医師が育つには実践を経験させなければいけない。

岩田 教育者としても有名だった軍人,山本五十六元帥の言葉に重なります。「やってみせ,言って聞かせて,させてみせ。褒めてやらねば人は動かじ」。近年,救急の現場であっても,よほど緊急性が高いとき以外は診療を研修医や若手医師に任せ,私はフィードバックに徹する教育方針に変えました。

広上 それは良いです。熱すぎるのは逆効果になる一方で,放任はだめですから。医療は失敗が人命にかかわり,一刻を争う場合もある。失敗させるべきかどうかの折り合いを,教える側が見極めることが大切でしょう。

岩田 まさに,「微熱の愛情」の視点ですね。医師を育てる人が,医学生・研修医と自分の距離感を考え直すことはとても大切です。

学びに効率を求め過ぎるな!

岩田 「失敗から学ぶ」という話がありましたが,今の医学教育,研修医教育は昔と比べ,かなり効率重視です。教える側も学ぶ側も,失敗をなるべく減らそうとし過ぎています。

 昔は自分の気に入った先生の生活にお供し,医学に関係ないことまで聞いて回りながら,「見て盗む」方法が普通でした。今や大学や病院が医学生や研修医に対して教育プログラムを作成し,修了時に身につく医学的能力を示さなければなりません。魅力的な学習環境である反面,指導体制の変化によって,受動的な態度の医学生・研修医が増えたと言われています。

広上 音楽の道でも若者の体質の変化を感じます。自分にとってのメリット,つまり見返りの保障を求めるのです。いわば,目的地に早く着くことを最優先し,“新幹線に乗ること”ばかりを考えています。ローカル列車で行くような昔の修行を軽んじているのではないかと思ってしまいます。

 もちろん,こういった変化を全て否定しようとは言いません。急を要する患者の救命や,急な指揮の代役に応えるために,新幹線のルートは必要です。ただ,「無駄の断捨離」ばかりに走ることで,若者にとって自分の首を絞める結果にならないか心配です。

岩田 教育の改善を続けた努力により,医学ではかつて匠しか持たなかった技術を5~6年目の若手医師が習得できる時代になりました。ただ,効率の追求によって「医師の仕事の面白さ」を伝える場が犠牲になった気がします。30年,40年以上続く医師人生において,最短距離だけをめざし続けられるのでしょうか。

 音楽家を志す人にも,一刻も早くコンクールで結果を残すことだけを近視眼的に考える人はいませんか。

広上 そういった人間もいますよ。本人の将来のために,あえて挫折を味わうよう仕向けることもあります。

岩田 学ぶ側の問題だけでなく,「最短距離で来た者が優れている」と評価する指導者にも責任があります。たまには回り道をしたほうが,楽しく長く,充実した医師人生を送れることも,指導医は教えるべきと思うのです。

広上 岩田先生は今,深い哲学をおっしゃった。もちろん,回り道をした人が必ず優れた音楽家や優れた医師になるわけではない。ただ,効率や名声だけを追い求めて名を上げても,その先にはむなしさが待っていることに,若者は気付いてほしいですね。

学ぶ者にチャンスを与え続ける

岩田 以前,指揮科の学生への広上先生のレッスンを見て,私は感銘を受けました。教育者は,優秀で自発的に学ぼうとする,教えがいのある人に指導が偏る課題があります。広上先生の授業からは,優秀な人ばかりに肩入れせず,指揮者を志す全ての人に応え続ける姿勢を感じました。

広上 学ぶ人の努力はいつ結実するかわかりません。昨年,うれしいニュースがありました。「お前の指揮はだめだ」と言われ続けながらも12年間努力を重ねた44歳の助教が,ハンガリーで開催された国際コンクールで2位と特別賞を受賞したのです。

 遅咲きで決して才能に恵まれたわけでもない。しかし,愚直に音楽に向き合う喜びを知っている。そんな指揮者の渾身の作品が,遠く離れた海外の人々に感動を与えました。

岩田 ひたむきな誠実さに,チャンスが巡ってきたのですね。

広上 そうです。一方で,学生の中には,授業中に教員に向かって脚を組むような態度の人もいます。ただ,指導経験を積むうちに,そういった学生に対しても,教育者として簡単に見切りをつけないほうがよいと思うようになりました。

 もちろん,そんな態度の学生に積極的にかかわるつもりはありません。でも,教室からは追い出さない。何をしてもいいから,とりあえず教室で授業に出ていろ,という教育観です。

岩田 なるほど。授業を聞く気がない学生でも排除しないのですか。話を聞く気がない人に向けて話すのはつらいので,私は「聞く気がないなら,出席確認が終わったら出ていってください」と言ってしまうのですが。

広上 反抗するポーズを取っていても,学生が変わるタイミングはあるかもしれません。話題によっては「おや?」と関心を示す瞬間があるのです。知らん顔しながら聞いているのだな,とわかります。

岩田 その瞬間を待つのも愛情ですね。学生の心の中にある誠実さを引き出すコツは何ですか。

広上 いわゆる劣等生でも,講義の終わり際にポツリと,「お前,才能あるよ」なんて言って教室を去っていくと,それをきっかけに伸びる学生もいます。

岩田 褒めるところを見つけて,大げさではなく,つぶやくように褒める。これぞ,「微熱」の信頼関係を築く広上先生流のやり方ですね。

お互いを認め合う心を持つ強い組織を育てる

岩田 これまでの広上先生のお話からは,相手の心の動きをとらえる大切さを感じます。

 医師免許を取得してプログラムにのっとった研修を行えば皆,一定水準の医療を提供できるようになります。これは素晴らしいことです。だからこそ,医療者としての存在価値を形作る上で,心の果たす役割は大きいと思うのです。

広上 心がもたらす重要性を医学生・研修医や医療スタッフにどう説いて,認識を持ってもらうかが大きな課題ということですね。音楽でも,人の心を打つ演奏と技術の程度は別物です。

岩田 例えば,海外のオーケストラとの共演では,気持ちを一つにする難しさを感じませんか。

広上 それが面白いことに,全く障害はありません。良い音楽を創りたいという思いは国境を越えるようです。

岩田 そうですか。医療者にも治療方針にはさまざまな考え方がありますが,患者に最善の結果をもたらしたいという最終目的は一致しています。ただ,コミュニケーションが途絶えて,診療科や職種の壁を作ってしまう人が多いのが現状です。そこを打開したいのですが,なかなか難しい。ここにマネジメントの困難さがあります。

広上 オーケストラでは,教授や助手,指揮者や器楽奏者といった肩書きや立場に関係なく,「これは良い,それは間違っている」と適度に言える空間が出来上がるとうまくいきます。

 なぜなら良い関係ができると,天才が自分を誇らなくなるからです。すると,天才が普通の人間をリスペクトするようになる。普通の人間は,自分は天才に何ができるのかと考える。チームワークが生まれるのです。そうなると,普通の人間も凡庸ではない何か素晴らしい力を手に入れるのですよ。これ,心がなす技だと思いませんか。

 経験豊かで,検査なしでも診断を見極められる赤ひげ先生みたいな巨匠がいるとしましょう。一方で普通の医師もいます。この医師が巨匠と良い関係を作れれば,素直に巨匠に技術を教えてほしいと言えるかもしれない。

岩田 医師は教えてもらうのが苦手なのですよね。全部自分で解決しようとします。あるいは,自分が解決できない問題は見なかったことにする傾向があるように思います。

広上 悔しさがあるのでしょうね。指揮者も同じです。

岩田 その呪縛を解いて,「この疾患で困ったら,あの医師に助けてもらう」という相互のネットワークを築ければ,医師としての器量も,組織としての実力も大きく伸ばせます。大切なのは素直さとメンタルの柔軟さです。

広上 適度な距離感の関係性の中で,良いものは良い,悪いものは悪いと,お互いを認め合う勇気を持つトレーニングが必要です。あくまで極論ですが,医学でも音楽でも,相手を「クズ」と思ったらお互いに「クズ」と言い合えるくらい素直な風土を育むべきだと私は提案しますよ。

 私自身,指揮だけを極めればよいじゃないか,と考えていた時期もありましたが,音楽という大きな作品は指揮だけでは成り立ちません。歌も楽器も指揮も,人を感動させる,心を豊かにするためにある。そういった気持ちが芽生えたときに,初めて感動的な音楽が出来上がるのです。

岩田 ぜひ,医師を育てる人に知っていただきたい言葉です。医療に置き換えれば,専門科を超えた大きな枠組みで考え,ジェネラルな視点を持ち,診療科間,多職種間で患者のための医療を共有する心が求められていると感じます。適度な距離感をもって医学生・研修医と接する「微熱の愛情」を心の内に,明日からの臨床と教育に臨みたいと思います。

(了)


いわた・みつなが氏
1998年名市大医学部卒。内科,麻酔科,老年医学を研修後,名古屋掖済会病院救命救急センター勤務。2012年より藤田保衛大(現・藤田医大),14年から現職。医学生時代はオーケストラに熱中し,チェロと指揮に没頭した。近著に『ERのクリニカルパール――160の箴言集』(医学書院)。

ひろかみ・じゅんいち氏
1983年東京音大指揮科卒。84年に第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールで優勝。スウェーデンノールショピング交響楽団首席指揮者,英ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者,蘭リンブルク交響楽団首席指揮者,米コロンバス交響楽団音楽監督などを歴任。2008年より京都市交響楽団常任指揮者を務める。国内外での指揮活動と並行して,母校・東京音大にて後進の育成に力を注ぐ。

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