医学界新聞

寄稿

2019.02.11



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
臨床医・研修医が臨床研究を育てるには?

【今回の回答者】近藤 克則(千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門教授)


 拙著『研究の育て方――ゴールとプロセスの「見える化」』(医学書院)が,出版後わずか2か月で増刷が決まるほど好評だという。研究のゴールと着想から発表までのプロセスを21章に分けて,それぞれの段階でやるべきこと,やってはいけないことを書いたからかもしれない。

 その思いを強くしたのは,心理学者のA.エリクソンらの『超一流になるのは才能か努力か?』(文藝春秋)の中に,「目的のある練習で一番大切なのは,長期的な目標を達成するためにたくさんの小さなステップを積み重ねていくこと」という一文を見つけたからである。「第五章 なぜ経験は役に立たないのか?」には,systematic review1)をもとに,20年の経験がある医者は,改善に向けた意識的努力を怠っていると,5年しか経験がない人よりも技能が劣っている可能性が高いと書いてある。

 同書によると,「壁を乗り越える方法は『もっと頑張る』ことではなく,『別の方法を試す』こと」だそうだ。多くの臨床医・研修医にお勧めしたい「別の方法」の1つが臨床研究である。


■FAQ1

臨床医・研修医が臨床研究に取り組む意義は何ですか?

 基礎研究は,臨床・実践・政策の現場に応用が難しいことがよくある。現場での意思決定に役立つエビデンスは決して十分とはいえない。例えば,約3000の治療法の効果をまとめたBMJ“Clinical Evidence”によると,「有益である」「有益らしい」治療法は合わせて35%にとどまる。つまり,科学的な知見に基づかない「経験と勘」や「勘と度胸」に基づく意思決定に頼っている場面は多いのだ。それまで正しいとされてきた知識を覚えるだけでは臨床の質は高まらない。研究マインドと方法を身につけた専門職と臨床研究が求められている。

 また,臨床研究を始めると患者をより丁寧に診察するようになるのに加え,最新の先行研究にも目を配るようになるだろう。この面でも臨床の質が高まる。研究論文を数本書けば,学会のシンポジウムや教育講演などに呼ばれるようになり,「改善に向けた意識的努力」を重ねるようになる。

 研究は勉強とは異なる。「勉強」はすでにわかっていることを学ぶにとどまる。座学の効果は小さい2)。「研究」と呼べるのは「新しい知見」(表1)を生み出すものである。先行研究でわかっていない事実を明らかにすること,それまでに認識されていたことを一歩深めて分類したり,関連要因を明らかにしたり,予測・応用可能にしたりすること,さらには,今まで信じられてきた常識を覆すものも含まれる。

表1 新規性(オリジナリティ)の7類型(図表はいずれも『研究の育て方――ゴールとプロセスの「見える化」』(医学書院)より作成)

Answer…エビデンスの創出による臨床の質の向上の他,自分の診療の質を向上させるきっかけにもなる。

■FAQ2

研究テーマがなかなか見つかりません。良い研究の条件と,研究テーマの選び方を教えてください。

 研究のプロセスは「総論(研究着手前)」「構想・デザイン・計画立案」「研究の実施・論文執筆・投稿・学会発表」の3段階に大きく分けられる。それを細分化すると表2となる。

表2 研究のプロセス

 良い研究には,意図的にデザインされ,計画され,実行に移されたものが多い。一番大切なのは良い問いを発することである。研究の質は2つの視点で見ることができる。1つは研究の有用性(有益性)である。これは問いによって決まる。もう1つは方法論上の問題である。研究の有用性(有益性)と方法の質の両方を満たした場合にだけ,良質で「有益」な研究になる。一方だけしか満たしていなければ「有害」か「無益」,両方とも伴っていなければ「有害無益」。「ないほうがマシ」な研究もあり得る。

 研究の設計(デザイン)段階で考慮すべき3条件は,意義・新規性・実現可能性である。悩ましいことに,この3条件を同時に満たすのは難しい()。

 良い研究の3条件――意義・新規性・実現可能性 (クリックで拡大)
良い研究テーマはa~cのそれぞれで「1」に該当する。組み合わせたdでは,緑色部分を占める。

◆意義と新規性(図のa)

 意義と新規性の2つを満たすだけでも簡単ではない。誰もやっていない研究の中には,意義が小さいから誰も手を出していないものが多い。構想し着手すべきは,意義があるのに,まだやられていない研究だけである。

◆新規性と実現可能性(図のb)

 次に,新規性の大きな研究を着想しても気を付けたほうがよい。やろうと思っても実現できないから手付かず,あるいは何人も挑戦したが失敗したために,日の目を見ていない研究課題がある。一方で,実現可能性の高い,やりやすい研究は,誰かがすでにやっている可能性が高い。

◆実現可能性と意義(図のc)

 研究で問われる新規性が大きいアイデアにも4領域ある。新規性が高い領域は,意義が小さいか,実現可能性が低いことが多い。

 以上の意義・新規性・実現可能性の3条件を,縦・横・奥行きの3方向に並べると,8つの空間になる(図のd)。思いついた研究のアイデアは,この8つのどこかに位置付けられることになる。もしランダムにアイデアが出たとすると,3条件を全て満たす研究構想は8分の1しかない。研究構想の段階でよく考えて,この3条件を全て満たしていると確信が持てるテーマに出合う,あるいはテーマを育ててから,実行に移さないと良い研究にならない危険性が大きい。だから,「研究の種」は,数十は欲しい。そして,それにかかわりそうな先行研究を集めて読む。その上で,意義は大きいか,すでにやられていないか,実現可能性はあるのかと,批判的に検討する。全てをクリアできそうなものに絞り込み,研究構想を育てていくことになる。

Answer…良い研究は有用性と方法の質の両方を満たす。テーマ選びの3条件は意義・新規性・実現可能性。

■FAQ3

研究方法を体系的に学ぶには,どうしたらよいでしょうか。

 冒頭で紹介したエリクソンらが勧めているのは,「目的のある練習」である。その特徴は,自分のコンフォートゾーンから出ること,集中力,明確な目標,それを達成するための計画,上達具合のモニタリング,フィードバックを受けられ,やる気を維持できる環境である。「コンフォートゾーンから出る」とは,それまでできなかったことに挑戦するという意味である。

 これらの条件を満たすのが,大学院である。最近は就業しながらでも,週末と夜間,有給休暇を組み合わせれば修了できる大学院が,私の所属する千葉大大学院先進予防医学共同専攻をはじめ増えている。拙書には「フィードバック」の目的でチェックリストを加えた。合わせてぜひ,利用して欲しい。

Answer…研究しやすい条件のそろった大学院への挑戦は有力な選択肢。

■もう一言

 エリクソンらによれば,山に登ろうとするとき,2つの方法がある。1つは,良さそうな道を行き当たりばったりで選択し良い結果につながることを祈る方法である。もう1つは,すでに頂上に行ったことがあり,最適な道を知っているガイドに頼ることだ。彼らは「エキスパートと凡人を隔てる最大の要素は……心的イメージが形成されていること」とも言う。ロッククライマーが,クライミングを始める前に壁全体を見渡し,どんなルートを取るか心の中でイメージする。それが心的イメージである。多くの医師・医療職にとって,本書『研究の育て方』が研究のゴールとプロセスについての心的イメージを提供し,良きガイドとなることを願っている。

参考文献
1)Ann Intern Med. 2005[PMID:15710959]
2)JAMA. 1999[PMID:10478694]


こんどう・かつのり
1983年千葉大医学部卒。船橋二和病院リハビリテーション科長などを経て,97年日本福祉大助教授,2000年英ケント大カンタベリー校客員研究員。03年日本福祉大教授,14年より現職。16年より国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター老年学評価研究部長を併任。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook