医学界新聞

寄稿

2019.02.04



【寄稿】

査読歴も研究者評価の対象に

宮川 剛(藤田医科大学 総合医科学研究所 教授)
小清水 久嗣(藤田医科大学 総合医科学研究所 准教授)


報われない査読と困難な査読者探し

 研究者の研究業績は,査読のある国際誌での論文の質と量によって主に評価される。科学研究費などの申請時の審査や事後評価,人事の際などの研究者の評価では,査読付き論文の占めるウェートが極めて高いのは間違いない。これは研究評価,さらには研究者の評価が,査読という営みに強く依拠していることを意味している。

 しかしながら,ほとんどのジャーナルでは査読は匿名で行われ,その実績が表に出ることは従来,ほぼなかったと言ってよいであろう。履歴書に査読歴を記載する研究者が一部存在していたが,これは自己申告であり,裏付けるエビデンスもないため,実績として十分に評価されることはほぼなかった。査読の作業は金銭的に無報酬であるだけでなく,コミュニティ内での社会的な意味での報酬もゼロに近い状況だったわけである。各種の業務・雑用で忙殺される中,実績にもならず義務でもない負担大の仕事を引き受けるのはある意味で「奇特な人物」であり,ジャーナルの編集者が査読者探しに苦労するのは当然とも言えよう。

 筆者(宮川)は2つの国際誌でチーフエディターを務めているが,論文原稿のハンドリングをする場合,査読者探しに長い時間と労力を費やすことが多い。どちらの雑誌も2人の査読を必須としているが,2人のみに依頼して快諾され完遂されることは稀で,普通は3~6人程度に依頼を送ることにしている。査読者探しに同様な困難を感じているジャーナルエディターはかなり多いのではないだろうか。この困難の主要な要因は,世界的な論文数の増加傾向に加え,「査読は報われない」ということが大きいと推測される。

査読実績を蓄積・公開するPublons

 研究システムの中の「キモ」である査読活動が報われない,という問題が指摘される中,Publonsが登場した。

 Publons は,学術雑誌における査読実績の追跡および証明・掲載を,ウェブ上において無料で行うサイトである。「査読を活用した科学の迅速化」を設立理念としており,査読歴を研究業績とすることによって,研究者は自分の査読歴を学問領域でのプレゼンスや影響力の証左として用いられるようになる,というビジョンを描いている。

 2012年にPublons が立ち上げられ,2017年までに20万人以上の研究者が登録している。2万5千のジャーナルにおける110万件以上の査読情報を収載しており,Publons のサイト上で,査読実績が査読者ごとにオンライン・プロフィールとして表示される。査読実績のデータはダウンロードすることが可能であり,履歴書,研究費獲得や人事評価などに用いることができる。例として筆者自身のPublonsのプロフィール画面を紹介する()。

 Publonsのプロフィール画面(上)と査読メトリクス(下) (クリックで拡大)
プロフィール画面の下方には,査読歴のあるジャーナル名とその回数が一覧できる査読歴の“Summary”がある。左方の“Metrics”をクリックすると,総査読回数,過去12か月の査読回数とそのパーセンタイル,査読した論文と出版された論文の比,これまで提出した査読文の平均語数などの査読関連のサマリー統計がまとめて閲覧できる。
URL=https://publons.com/author/167865/tsuyoshi-miyakawa

 Publons は,Springer Nature社やWiley社などの大手出版社と提携しており,これら提携出版社のジャーナルの査読時において,査読実績のPublonsへの登録申請が可能である(事後の申請による登録も可能)。提携がない場合でも,ジャーナルからの査読完了メールを送付することによって登録することもできる。また,多くのジャーナルが提携するORCID(Open Research and Contributor Identifier)にはPublonsの査読データをフィード可能となっている。

研究力の指標としての査読歴

 査読者の選定・依頼は,その分野を代表するような研究者である編集者やプロの編集者によって行われる。当該の論文原稿の対象とする分野において一定の実績と見識を有すると編集者が考える人物が選ばれるわけであるので,選ばれること自体が専門家によるその人物の第三者評価の結果とも言えるはずである。

 研究者の研究遂行力の数値指標には,論文被引用数(生涯総被引用数や各年の総被引用数など),H-index,研究費の取得額などが用いられることが多い。しかし,これら数値指標には研究力を完璧に示すようなものは存在せず,各指標はそれぞれ固有の問題を有するため,できるだけ多様な指標を参考に多面的な評価がなされることが望ましい。

 査読歴は,匿名の「縁の下の力持ち」として研究者コミュニティを支える貢献活動の履歴であり,その分野の専門家として認知されていることの指標であると考えられる。これらは,論文被引用数や研究費取得額などには必ずしも反映されない評価軸であるため,一般的に使われている指標と相補的な関係にあり,研究遂行力を総合的に評価するためのひとつの指標として有用であると考えられる。

研究者コミュニティを挙げて査読歴を評価

 査読歴が研究者の実績の一種であることについてご同意いただけたであろうか? この種のことは,単に個人がそう思う,というだけでは,世の中が変わらない。研究者コミュニティとしての共通認識として明示的に合意されることが必要である。

 筆者らが編集長(宮川),編集委員(小清水)を務めるNeuropsychopharmacology Reports(NPPR;Wiley社)では,査読を行った事実が,(査読者の同意のもと)自動的にPublonsに登録されるようなシステムを導入した。2018年11月にNPPR誌の母体である日本神経精神薬理学会の執行委員会・理事会が行われた。その場で,「①Publonsの査読歴情報へのURLをResearchmapに掲載すること,②研究費や人事の審査の際の『研究実績』や『研究力』のひとつの参考情報として査読歴を考慮すること,の2点を学会として学会員に推奨する」という案が編集委員会から提案され,これらが承認・決定された。その結果,日本の神経精神薬理学の分野では,査読歴が研究力の指標として公的に認知されることになった。上記2点についての認識が学会という研究者コミュニティで共有されたわけで,査読に関する状況についての改善が期待できる。

 論文の質を左右する最大の要因のひとつは査読である。質の高い査読が迅速に行われるためには,その活動が研究者コミュニティによってリスペクトされ,評価されることが大切である。日本神経精神薬理学会では,査読歴の蓄積・公表とそれを研究費の審査や人事の際に評価することが公に推奨されることとなった。各種の学会において,このような事例が増加していくことが期待される。


みやかわ・つよし氏
1993年東大文学部卒,97年同大大学院人文社会系研究科修了。博士(心理学)。理研脳科学総合研究センター,米国立精神衛生研究所,米ヴァンダービルト大,米マサチューセッツ工科大を経て,2003年京大医学研究科助教授。07年より現職。Molecular Brain誌とNeuropsychopharmacology Reports誌の編集長。

こしみず・ひさつぐ氏
1997年阪大理学部卒,2002年同大大学院理学研究科修了。博士(理学)。産業技術総合研究所,米国立衛生研究所などを経て,18年より現職。Neuropsychopharmacology Reports誌の編集委員。

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