医学界新聞

連載

2018.12.24



漢字から見る神経学

普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。

[第6回]身体的・精神的痛み

福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)


前回よりつづく

 痛(いたみ)は日本最古の歴史書であり漢字で書かれた和文である『古事記』に出てきます。大国主神が白兎に出会って「故痛苦泣伏者(かれ痛みて泣き伏せれば)」という場面で身体的痛みを表しています。「いたみ」は『万葉集』では「いとのきて痛伎(いたき)瘡(きず)には鹹塩(からしお)をそそく……」(897番,山上憶良)とか「秋といへば心そ伊多伎(いたき)うたて異(け)に……」(4307番,大伴家持)のように精神的痛みとして出てきます。

 「痛」という字は疒(ヤマイダレ,第4回・3293号参照)+甬からなり,甬は用(筒形の柄の付いた鐘)の上に人がいるさまで,土を固めて突き通す意味を示しており,結局「痛」は体を突き抜けるような痛みのことです。「甬」は「通る」や「踊り」にも使われています。「痛み」は和語なので,学術的には「疼痛」が好まれます。この「疼」はヤマイダレ+冬からなり,冬はここでは季節のことでなく,「鼕(つづみ)」をトントンとたたく意味で,結局「疼」はズキズキするうずきを表現しています。ちなみに英語のpainはpenalty(罰)から来ており,だいぶ違います。

 日本現存最古の医学書『醫心方』では,「胸痛」や「腹痛」に加えて「耳卒痛」や「眼腫痛,目赤痛,目痒痛」,「鼻痛」,「口中爛痛」(burning mouth syndrome?),「風齒痛,齲齒痛」,「喉痺痛」など顔面に関するものが多く挙げられています。頭痛は10世紀頃には頭風として表現され(『和名類聚鈔』),18世紀のオランダの内科学書の和訳では,頭痛の項があり,cephalaeaには頭風の語が当てられ,hemicraniaには偏頭痛(片頭痛との差異は後に論じます)が当てられています。

つづく

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