医学界新聞

対談・座談会

2018.12.17



【対談】

異分野交流が研究を開く
若手研究者のStep Upをどうサポートするか

西村 ユミ氏(首都大学東京大学院人間健康科学研究科看護科学域学域長・教授)
新福 洋子氏(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻家族看護学講座 准教授)


 看護学における若手研究者の育成は,差し迫った課題となっている。看護系大学・大学院の急増に伴い,継続教育の十分な機会がないまま教育・研究活動を担っている若手研究者が多いためだ。若手研究者の抱える課題は何か,それに対し大学や関連学会はどのようなサポートができるのか。

 日本看護科学学会(JANS)若手研究推進委員会委員長として2014年にJANS「若手の会」を発足させた西村ユミ氏と,日本学術会議若手アカデミーの副代表を務め学際的な立場から若手支援にかかわる新福洋子氏の2人が,若手研究者の課題とニーズを整理し,これからの支援の在り方と幅広いネットワークを持つ意義について議論した。


西村 JANS若手の会発足のきっかけは2011年,当時の日本学術会議若手アカデミー委員会から国内の学協会の若手の会に対し,同アカデミーの活動への参加が呼び掛けられたことです。私は当時から日本学術会議と接点があり,新福先生が2018年に若手アカデミーの副代表に就任した情報も早々に耳にしていました。

新福 そうだったのですね。ありがとうございます。

西村 ところが,看護界から若手アカデミーの幹部が誕生していながら,新福先生と私たちJANS若手の会は今まで直接の交流がありませんでした。そこで今回,若手研究者支援の在り方を検討するとともに,両者の橋渡しの機会にできればと思います。

 初めに,国内の科学者コミュニティの代表である日本学術会議には,どのような経緯で参画することになったのですか。

新福 米国の大学院を修了して母校の聖路加国際大に助教として戻った私は,国内の仲間が少ないため「ネットワークを広げたい!」と若手の集まりに積極的に参加していました。活動を続けていた2016年の夏,日本助産学会理事(当時)の片岡弥恵子先生(聖路加国際大)のもとに日本学術会議から若手アカデミーの会員を募集する連絡が入り,「若手の集まりがあるみたいだから,応募してみて」と私に声が掛かりました。

西村 日本学術会議では今,どのような役割を担っているのでしょう。

新福 若手アカデミーの副代表と国際分科会の委員長を兼任しています。国際分科会委員長は2017年から18年の期が変わる際に選考があり,海外での経験があったことから「やってみたい!」と手を挙げました。さらに18年3月には,当時の若手アカデミー副代表の海外赴任が急きょ決まり,後任を引き受けることになったのです。

西村 新福先生の活躍をお聞きして驚くのは,領域を超えた活動に自ら手を挙げネットワークを広げる努力をされていることです。看護学以外の世界と接点を持つ魅力はどこにありますか?

新福 新しいヒントや助言が得られ,日々の仕事や研究に好影響をもたらしてくれることです。何事も積極的にかかわる人に共通するのは公共心の強さです。社会のために自分は何ができるかを常に考えていますね。専門領域を問わず,そのような方との出会いはモチベーションの向上にもなります。

西村 複数のネットワークに身を置くことで視野はおのずと広がり,自分たちの領域にも新しい提案ができますね。

新福 軸足を看護に置きながらも,他の世界にも少しずつ足を踏み入れれば,自身の研究の幅も将来広がるはずです。

実習指導と研究を両立できる仕組みと評価の視点を

西村 看護学では今,若手研究者の育成が喫緊の課題です。大学の急増に研究者の教育が追いついていないことが要因の一つです。大学院も増える中,充実した,あるいは成熟したトレーニングが十分になされないまま全国各地のポストに若手が就いている状況があるように思います。さまざまな分野の若手研究者が集まる若手アカデミーとの交流から,看護学の研究者との共通点や違いはどう映りますか?

新福 今期の若手アカデミーは主に「科学者と市民が共に創る学術」をめざし,科学研究への市民参加と持続性を議論するシチズンサイエンスのシンポジウムなどを開催しています。こうした地域社会との連携は,看護学で行われている取り組みとの共通点だと思います。

 ただ,看護系と違って大学が増えていない分野では,特に研究者が厳しい雇用環境にあるのは大きく異なる点です。4つある分科会のうち「若手による学術の未来検討分科会」では博士人材の雇用に関する,いわゆる「ポスドク問題」に継続して取り組んでいます。

西村 私が在籍した大阪大学の領域横断部門であるコミュニケーションデザイン・センターも7~8割が人文系の研究者で,多くがポスドク問題に直面していました。雇用先が未整備なまま,博士課程修了者の育成が積極的に進められたためです。その点,看護学は大学増加でポストもあり,国家資格を持つため臨床に戻ることもできます。

新福 そうですね。一方,看護学の若手研究者ならではの課題もあります。それが,実習指導です。

西村 助手・助教に就いた若手が負担に感じる部分ですね。

新福 私も1年のうち半年ほどは実習を担当し,残りの半年間や,実習の隙間時間に研究を進める状況でした。

西村 研究と実習のバランスはどう取ればよいと考えますか?

新福 人員の十分な配置が大前提です。米国では研究と臨床で教員の雇用も分けられていましたが,日本での国立大学の教員の削減状況に鑑みると,米国のような雇用は現状では難しいと思います。そこで,皆が研究時間を確保できるよう,1人が研究を進めるときは別の人が実習を担当し,その逆も成り立つ交代制度を整えなくてはなりません。さらに,実習指導も研究と同等に評価される仕組みが必要です。他の学問領域では研究に評価が偏りがちですが,後進の育成が重視される看護学では教育も評価されないと,若手のモチベーションは下がってしまいます。

西村 それには,評価の視点がオープンになっていることも必要ですね。学内外のさまざまな評価委員を経験していると,多くの大学が研究以外にも多彩な要素を評価の対象としている印象を受けます。それは,各組織の個性にもつながっているようです。学生の身近な存在として学びを支える助手・助教は,看護学教育において重要な役割を担っていると考えます。そうした役割,つまり実習に関する教育力も評価する仕組みは重要でしょう。

明確にしたい,大学・学会の若手支援の役割

新福 自分の研究のために研修を受けたい気持ちがあっても,実習が忙しいと「研修に行きたい」と上司に言い出しにくい若手も多いようです。

西村 JANS若手の会でも学外の活動や研修への行きづらさは議論になりました。地域ごとに若手の活動拠点を作り,その運営を担う「エリア・コーディネーター」を若手対象に公募した際,上司からの了解がハードルだったとの声も聞かれました。

新福 大学院に進学し,教員になるような看護師はもともと向学心が高く,外部とつながりを持つことへの関心も強いはずです。

西村 JANSの学術集会で開催する若手向けのセミナーは,募集から2時間で埋まるものがあります。多くの人が参加する学会だと行きやすいのでしょう。学会会期中以外に開催するJANSセミナーは,実習期間を避けています。

新福 若手の自己研鑽に対し,「それは素晴らしい,どんどん行ってみたら」とエンカレッジする雰囲気が周囲にあると,若手も外に出やすいですよね。

西村 私の反省でもありますが,目の前の仕事に忙殺されるとどうしても視野が狭くなり,若手への情報提供にまで想像が及びにくくなってしまいます。

新福 若手が研鑽を積む場をどう得るかは,若手自身はもちろん,同僚,上司,大学,学会を含めた課題でしょう。

西村 上司の立場にある教員には,若手に広く情報を提供する務めがある一方,若手の皆さんは自らネットワークを作り自分の研究に資する活動を進めてほしい。双方が努力すべきテーマだと思います。

新福 研修を企画する立場からは,研修のテーマやレベル設定に難しさを感じています。以前,日本助産学会のプレコングレス企画を準備する際,自分の経験を踏まえ,国際学会に参加し海外の研究者と議論する力を身につける内容を提案しました。ところが周囲から「その設定では参加しにくくなる」と指摘を受け,「国際学会参加の意義や抄録の書き方」など,参加者の動機付けになる視点に切り替えた経緯があります。

西村 JANS若手の会も以前はレベル設定に苦慮し,ニーズ把握の調査研究も行いました。一言で若手と言っても,大学院に入ったばかりの院生から,博士論文を書き終え次のキャリアを検討する人まで幅があります。テーマも,若手研究者全体の底上げを図るものもあれば,研究の最前線を走る人向けなどさまざまです。そこで考えたいのは,若手研究者の教育は大学の教育システムとして担うのか,各学会の委員会が企画し提供するのか,あるいは若手同士で独自にネットワークを作り研鑽していくのかです。

大学院修了後の研究に生きる交流を作る

西村 大学院教育に関して,新福先生は米国でどのようなトレーニングを受けたか教えてください。

新福 米国の大学院の大きな特徴はコースワークがたくさんあることです。私が学んだ修士と博士課程が一貫したコースは特に取得単位数が多く,統計学や研究の理論・方法はもちろん,米国の総合大学ならではの異文化研究の授業もあり,興味のあった人類学の授業も受けました。それが今の研究の基礎を作ったと実感しています。

西村 研究の基礎は大学院で徹底して学ぶ。その上でさらに,社会とのネットワークを築こうとする思考を養うことが,修了後も研究者として長く研究を続ける素地になると思うのです。

新福 同感です。コースワークが少ない大学院では,自分が関心を持つテーマと方法論を掘り下げて論文は書けても,修了後に就職して,忙しい中でも新たな問いを立て,新たな方法も取り入れながら研究するのは容易ではないかもしれません。

西村 臨床で働きながら大学院で学ぶ社会人学生を見ていて,私も同じような課題を感じます。もちろん,働いているからこそ,モチベーションが維持できる人もいますが,働きながらでは年限もかかり,中には自分の研究テーマに取り組むだけで精一杯になる人もいて,修了後も研究が続くか心配です。

新福 修了後を見据えた教育は心掛けたい点です。

西村 若手のうちにどれだけ多様な試みをし,自分の力を伸ばすチャンスを得ていくか。その素地を築く教育が大学には必要でしょう。

 私のゼミでは,院生たちのネットワーク作りと,自主ゼミなどの活発な活動の2点を重視しています。私が関与する学会の委員会活動や企画の機会は院生にどんどん提供し,在学中から社会とのつながりを持つよう促します。また,院生主体の自主ゼミでは,院生同士がテーマを設け議論を深めています。実はこのゼミは,院生たちが主体的に始めました。大学院時代に社会的活動に関与しながら修士・博士論文を書くことで,修了後に生きるネットワークを獲得し,将来の研究につなげてもらうことが狙いです。

新福 素晴らしい取り組みです。幅広いネットワークが持てれば,修了後に新たな研究テーマを展開させたいと思ったときにも,相談相手がすぐに見つかり研究の助けになってくれます。

西村 新福先生はまさにそれを実践してこられた。

新福 やはり楽しいんです。知らない世界が広がり知的好奇心も満たされる。日本学術会議の若手アカデミーも,若手の今後のキャリアを私たちの世代がどう導くか,どのような方向性で科学・学術を発展させていきたいかなど未来志向でテーマを取り上げています。

 研究力の基礎は大学がしっかり担い,若手対象のキャリアパスや看護・助産学分野における研究の発展などの普遍的テーマは,学会の委員会や若手の会などで共有していきたいですね。

西村 研究の入り口に立った人を対象にすれば,そこを起点に具体的なニーズを拾い上げることもできます。

新福 対象によって企画を分ける必要もあるかと思います。大学院進学を考えている人には大学院の選び方,博士課程を修了する人にはその先のキャリアを考える会を催すなど,ニーズの近い若手同士で小規模に回を重ねていけるとよいでしょう。

西村 研究のステージごとのモチベーションの保ち方や,研究者のライフデザインといった将来の不安や疑問に答えられる場は,学会が提供していけるとよいと思います。

楽しみながら成長できる場を見つけ,モチベーションの向上を

西村 研究も教育も,楽しい瞬間は必ずあるものです。私たちがワクワクしながら何か取り組んでいれば,学生や若手も「面白そう」と思ってくれる。私はどんな立場になっても,自分が専門とするフィールドワークによる研究を続け,その姿を学生に見せ続けることに決めています。

新福 身近なロールモデルは若手にとって大切な存在です。活躍する素敵な先輩の話や姿勢が,若手のモチベーションにダイレクトにつながります。

西村 現在活躍する先生方も,さまざまな場所に投げ込まれるように新しい世界に入り,自分の役割を考え道を切り開いてきたのだと思います。私たちは若手に対し,「支援」と言って何かを押し付けるのではなく,入り口を提案したりネットワークを作る場を提供したりすることが必要なのだと,新福先生とのお話から再確認しました。

新福 「楽しみながら成長できる」,そんな場を見つけ研究のモチベーションを高められるとよいですね。それには,ぜひ若いうちに海外で学ぶ経験もしてほしいと私は思います。

西村 海外留学の情報を求める声は多くあります。本学では,修士課程在籍中に留学できる仕組みを現在検討しています。修士課程進学を希望する学部生のうち,選抜された数人は大学院の授業を前倒しで履修でき,その時間を修士課程在籍中の留学に当てられるようにするものです。

新福 留年せずとも海外留学ができる,新しい試みですね。

西村 教員と学生の個々の努力だけでは若手支援は持続的に機能しません。各大学が既存の仕組みを柔軟に変えていくこともこれからは必要でしょう。

新福 若いうちに海外で学び異文化に触れる経験は,大きな影響を与えてくれるはずです。奨学金制度も活用し,思い切って飛び出してほしいですね。

西村 若手の会の活動は今後,すそ野も広げたいと考えています。JANS若手研究推進委員からの提案で進めつつある活動として,若手の会は各地域のエリア・コーディネーターを中心に若手による若手のための活動を各地域で行っていきます。また,全体会を企画してさまざまな提案を行っていく予定です。うれしいことに,地域ごとの自主的な検討会を始めたいと,若手から提案がありました。若手の成熟に感心しています。

新福 優秀な会ですね。若手アカデミーでもあまり聞いたことがありません。若手の活動の好例として,ぜひ他領域にも紹介してください。

西村 交流を広げ,若手研究者のStep upをサポートしていきましょう。

(了)


にしむら・ゆみ氏
1991年日赤看護大卒。神経内科病棟勤務を経て,97年女子栄養大大学院栄養学研究科(保健学専攻)修士課程修了。2000年日赤看護大大学院看護学研究科博士後期課程修了。同大講師,静岡県立大助教授,阪大コミュニケーションデザイン・センター(当時)准教授を経て,12年より現職。日本看護科学学会「若手の会」の発足に尽力し,現在同学会若手研究推進委員会委員長。同学会理事,日本学術会議連携会員も務める。著書に『現象学的看護研究』(医学書院),『語りかける身体』(ゆみる出版,講談社),『看護実践の語り』(新曜社)など多数。

しんぷく・ようこ氏
2002年聖路加看護大(当時)卒。助産師として勤務後,10年米イリノイ大シカゴ校大学院看護学研究科を修了(博士)。12年聖路加国際大助教。18年より現職。12年第1回「明日の象徴」看護・保健部門受賞,14,15年秋篠宮紀子妃殿下ご進講。17年日本学術会議若手アカデミー特任連携会員,国際分科会委員長,18年から若手アカデミー副代表を務める。日本学術会議科学者委員会男女共同参画分科会委員。世界で200人の若手科学者団体,Global Young Academyメンバー,同執行委員にも選出。共著に『トライ! 看護にTBL』(医学書院)など。

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